◆7月の課題◆マシュー・サイド『失敗の科学』 | ことのは徒然

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日々の徒然に思いついたことを書き留めてます。

月に1度のエッセイ講座。

私はワークショップの制作側として関わりつつ、参加者としてエッセイも書いています。

 

ワークショップで伝えていることを

自分で100%実践できているのか?という点については。

解説者がよいプレーヤーであるとは限らないように、

なかなか胸を張って「YES」と言いにくい現状ではありますが、

失敗を恐れず、

プレイヤーとしてもこだわっていきたいと思っています。

 

今月の課題は

マシュー・サイド

『失敗の科学』

 

 

 

いつもは、書評寄りに書くことが多いのですが、

冒頭、医療ミスの話が出てきたために、

もう、このテーマ以外、思い浮かびませんでした。

 

エッセイはここから

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義母が亡くなったのは、今からもう20年以上も前のこと。

54歳だった。

 

かなり太っていて腎臓が悪く、心臓も悪かった。

カテーテル手術を受け、経過は良好。

体重改善が長期課題として提示され

「散歩など積極的に身体を動かしてください」と言われた。

 

退院後、義母は毎日散歩を始めたが、

散歩中に苦しくなる、胸が痛いと医者に相談した。

医者は、体重のせいです、がんばってと義母を励ました。

義母は苦しさに耐えて散歩を続けた。

 

経過観察の検査の日。

付き添いに行っていた夫から

職場に突然の電話。

容態が急変したからすぐに病院に来て、と。

 

私が着いたときには、

もう手遅れの状態だった。

ベッドに横たわる義母の心臓が不自然に波打つ。

機械で動かしている状態。

機械を外すか否かの判断は、家族に委ねられたが、

外す以外の選択肢は、事実上なかった。

 

単なる検査のはずだったのに、なぜ?

 

家族が別室に呼ばれ、

2人の医師から説明を受けた。

 

「カテーテルの手術は、心臓の前側2本の血管に対して行われました。でも、実は、心臓の裏にも血管があったんですよ。その血管も詰まっていました。」

 

血管が1本詰まったまま運動を続けたせいで、病状が急激に悪化したとのことだった。

 

心臓の裏側に血管があることが新発見だった、というような医者の口ぶりを、私は今でも鮮明に覚えている。

 

医者でしょう?

心臓の裏に血管があるのは知っているでしょう?

見落としていたのは、「血管がある」ことではなく、「その血管が詰まっていた」ことでしょう?

 

そんな言葉をぐっと飲み込んで、

激昂する義父を、ただただなだめた。

 

そして、このレベルのミスは結構あるんだろうな、と肌で感じた。

なぜ、義母が「胸が痛い」と言ったときに、向き合ってくれなかったんだろう。

忙しかったから?

義母がちょっとめんどくさいタイプだったから?

 

あの担当医は、今ごろどうしているのだろうか。

術後の胸の痛みを訴える患者の声を、

ちゃんと聞いてくれているのだろうか。

 

私自身、とっさに失敗をごまかそうとしてしまうことは、正直ある。

でも、その度に、

「実は、心臓の裏にも血管があったんですよ」

という言葉を思い出す。

 

あんなカッコ悪いことは、

私は絶対したくない。

 

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