【今日の1冊】広島テレビ放送 編『いしぶみ』 | ことのは徒然

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今日ご紹介するのは

広島テレビ放送 編

『いしぶみ』


「広島二中一年生 全滅の記録」という副題から想像できるように、広島の原爆に関するドキュメンタリーです。タイトルの『いしぶみ』とは、爆心地に近い本川土手で被爆して亡くなった広島二中の4人の先生と、321人の1年生の慰霊碑のこと。

 

1969年、当時の文部省が主催した芸術祭のテレビドラマ部門で優秀賞を受賞した「碑(いしぶみ)」という1時間のテレビ番組がありました。1時間では収めきれなかった多くの取材情報をもとに、番組制作者の広島テレビ放送が編集して1970年に『いしぶみ』という本が出版されました。その本が改訂・文庫化されたのがこの1冊です。

 

私がこの作品を知ったきっかけは、国語の教科書でした。仕事で教材を作ることになった教科書に、この作品の一部が教材として使われていたんです。

 

広島原爆投下の8月6日の早朝から、広島二中一年生の最後の一人が亡くなった8月11日まで。いつ何が起きたのか。そのとき誰がどうしたのか。一人一人の足取りを追いながら、事実が時系列に並べられ、淡々と語られていくスタイル。何一つ過激な言葉はなく、感情を鼓舞するような言葉もなく、静かに語られていく文章から、なぜかどうしても目が離せませんでした。

 

国語教材ライターとしての仕事で文章を読むときは、仕事用の脳で読む必要があるんですね。文章から2、3歩離れてできるだけ冷静に俯瞰する。じゃないともう、全く仕事にならない。内容に感情移入したら成り立たないんです。

 

でも、この作品はダメでしたねぇ。

 

被爆という想像を絶する状況が、淡々と述べられている。その内容と語り口のギャップが逆にものすごい力になっていて、読む者を捉えて離さない感じ。出来事の場所や時刻も、とても細かく記述されていて、まるで記録映像を見ているような、ものすごい引力で、その情景の中に引きずり込まれるんです。

 

これだけの情報を手に入れるために、制作者はいったいどれだけの時間を費やしたんだろう。執念とも思えるくらいの圧倒的な取材量が、この書籍のリアリティをがっちり支え、制作者の強い思いを伝えています。

 

仕事とはいえ、この文章で読解問題なんか作ってしまっていいんだろうか。描かれている少年少女に、そして彼らの最期を伝えようとする作り手たちに失礼にはならないのだろうか。そういうことにわりと無頓着な私ですら、かなり躊躇したのを覚えています。(結局作りましたけどね、仕事だから💦)

 

引用されているのは、家族への手紙、書き残された日記、死の床で家族に語った被爆体験の言葉、そして、子供を看取った父や母の回想。言葉と共に掲載されている生徒の顔写真はどれもあどけない表情で、本当に、本当に不謹慎なことなんですが、自分の娘がこの時代に生まれていなかった幸運をありがたく思ってしまいます。そして、ありきたりだけれど、私がこうして呑気にブログを書いている今も、世界のどこかでこれと同じことが起こっていて、その火種がいつ自分のところに飛んでくるのかわからないんですよね。そう思うと、争いをやめられない人間の業の深さを痛感せずにはいられません。

 

この本の「はじめに」にも「あとがき」にも、制作者の平和への切実な願いが語られているのに、書籍発行から50年以上。状況はますます悲惨になってる。

 

この本は、広島二中の一年生たちと同じ年齢の子どもたちに向けて書かれたものです。文章は平易で、おそらく小学生高学年から読めるレベル。このポプラ社のポケット文庫版ではかなり丁寧にルビが振ってあるので、漢字が読めないという問題もないと思います。

もちろん、大人が読んでも問題ない、というか、大人も読むべきです。

日本人なら、いや、人間なら、1度は読んでおいてほしい。

 

夏になると、日本では戦争に関連する特別番組が増えますが、最近特に思うのは、戦争の取り上げ方が随分変わってきたなぁ、ということ。

私が子供の頃は、戦争がいかに非道で、悲惨なものであったかをテーマとするものが多かったように思うんです。ただただ怖かった。子供だったから何でも怖かっただけかもしれないけど、なんとなく「こんなに悲惨です」「こんなに悪いことです」という、主観に訴える描き方が主流だった印象でした。

 

一方、最近の番組は、歴史研究というような視点のものが多い。新しい資料、新しい分析、新しい解釈という、アカデミックなアプローチ。それはそれで興味深いのだけれど、研究対象というのは、どうしても「自分とは一線を画した向こう側にあるもの」という印象になってしまって、実はそれは自分の身にも起こりうるっていうのを忘れてしまいがちだなぁ、と。

 

戦後20数年で書かれたこの本は、「こんなに悲惨です」「こんなに悪いことです」という主観的な描き方はしていないけれど、私たちと同じように普通に暮らしてきた人に、こんなことが起きていたのだという実感レベルの記述になっていて、戦争を自分ごととして考えるきっかけになるんじゃないかなと、今回、この『いしぶみ』を読み直してみて改めて感じました。この本は絶版になってほしくないなぁ。

 

ちなみに、1969年のテレビ番組は、「語り部」の手法を取り入れた構成になっていて、広島二中の一年生たちの写真を背景に、女優の杉村春子さんが1人で静かに語るという内容だったそうです。2017年には、是枝裕和監督が、綾瀬はるかさん出演でリメイクされているようですね。私はどちらも見ていないので、本との比較はできないのですが、まずは、まっさらなところで本を読むことをおすすめしたいです。

 

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