僕が世界を変えたわけではない。
僕が変えられたのだ。
HELLO
COVID-19
望まれぬもの。
張り切って参りましょう二日目です。
2022年3月1日。
まさか3月の初めの日を見知らなかったホテルの一室で過ごすこと
朝、身体はダルい。
8時45分。
たった一人の布団で目覚めた僕は罪悪感でいっぱいだった。
陽性の僕を部屋一つに隔離する為に嫁は次女の部屋へ行ったのであ
罪悪感の中、朝ご飯を食べて薬を飲む。
35.8。
熱は完璧に下がった。
だが咽喉の痛みはまだ遺っている。
尿意が脳を刺激する。
部屋を出てトイレに行きたいと嫁に伝え外に出たがその瞬間に次女
避難が間に合わず舌打ちをされる。
嫁がそんなに言わんでいいやん?と言いつつも次女は「
そりゃそーだ。
同じ屋根の下に陽性と陰性が仲良く同居できる根拠はない。
ごめんよごめんよ。
言葉は軽いが気持ちは重い。
そそくさとソソを終わらせ部屋へと戻る。
ホテルの話どうなん?
嫁の問いに今日か明日には連絡があるからそれからやと言った30
昨日の10分ほどのアンケートの答え。
○○○○〇○○になります。
一応3/1から3/5の予定。
後ほど○○タクシーより連絡が入ります。
と、その流れで、
13時49分○○タクシーさんより連絡が入る。
16時に迎えに上がります。
お国からの手配でお国のお金でして貰える違和感。
ばたばたと電話で聞いた「大阪府ホテル療養しおり」
あれやこれやと忘れ物のないようにとカバンに詰めていく作業。
何度か部屋外の嫁と言葉を交わしあっという間に10分前。
最後に忘れ物はないかを確認しつつTV番組の予約を最終確認。
そう用意をする前に最初にしたのがTV番組の予約だった。
まだ漏れていないか?
と思いながらだったが大丈夫。
そしてようやく連絡が入る。
下に降ります。と伝えて荷物を持つ。
大丈夫。
何が大丈夫というわけでもないのは知っている。
だけど大丈夫と伝える以外何を伝えることができるというのだ。
行ってきます。そしてごめんな。
コロナ陽性になってしまいほんまにごめんな。
階段を下りた。
すると僕の姿を認めた黒塗りのステップワゴンがぬるりと近づいて
川底に潜む大きなナマズのようである。
昨今の排ガスシステムを駆使したステップワゴンは静かに停止、
ありがとうございます、6人乗り、広々とした空間。
落ち着かない。
○○タクシーです。今から療養ホテルまで送らせて頂きます。
そうして会社に報告されながらタブレットとスマホでホテルの位置
そんな作業を見ながらはっと気づく。
ポケットWI-FI
僕のスマホは1GなのでポケットWI-FI がないとただの携帯カメラと化す。
運転手さんすみません、忘れ物なんですが、、、、
いいえ全然だいじょうぶですよ。戻りますね。
一旦家に戻ると嫁が「薬忘れてるやん!!何してるん!!」
いやいやそれとは別のを持ているからと僕はWI-FI をさがす。ない。あれ?
外に車を待たせているのだ。もう諦めよう。
と、乗ってカバンをあさったらWI-FIはあった。
そんなものだ。
しかし嫁から「体温計は?」
ふぁ!
ほんまや!!2回目はもうないわ。受付さんに話すよと僕。
「ないよ体温計!ないからしおりに書いてあるんやん??」
確かに。
とにかく聞いてみるよ、と僕。
運転手さんに詫びながらバイパスの渋滞に捕まりながらすいすいと
こんな大層なハイヤー車に迎えられるなど人生でそうそうない。
いやこれは隔離する為の手段なのだ。
ネットやなんやで叩かれた結果の利便性を考えると人間の業すら感
そしてゆっくりとホテルの裏口に止まり入場、
なるうほど!一般の方とは全く別ルートの空間。
パーテーション越しではあるがきっちりと区分されている。
受付に向かう。
ボードに区切られたガラス戸に受付の方。
壁に設置された丸型スピーカーから受付の手順が説明される。
宿泊の流れと、ご案内パンフレット、入室キーカードの貸与、
体温計、パルスメーターの貸し出し。
滞りなく終了。
ようやく部屋へと向かう。
エレベーター。
NO.〇2〇〇〇〇。
これからこの部屋が僕の相棒。
入室。
ビジネスホテルの典型的な素敵部屋。
部屋に入ったとき最初に僕がまずすること。
携帯電話用グッズを机に並べること。
それから充電作業を行ってから荷ほどき。
服をハンガーにかけ、タオルをまとめ、
しばし呆然。
時間が止まる。
携帯チェックをしつつ先ずは会社へ報告。
何人かに連絡をして更に放心。
一通りスマホのチェックをしつつ見逃していたドラマをいくつかは
「スナックキヅツキ、あせとせっけん、
と晩ご飯の支給。
ほっかほか亭「特注 富士 和風1(1200円)」
また棚にはエディオン様からの支援品おーいお茶といろはす。
お味噌汁、野菜生活100mmも陳列されている。
いったいどれだけ支援されているのか?
ニュースだけでは浮き上がらない事実。
目に見えない応援がここにも、ここにもある。
夜は観たいTVもなかったので、
○○INNシネマで「空飛ぶタイヤ」を視聴。
半沢直樹節が炸裂しており、
至る所で倍返しが何度も巻き起こる。
面白い。
ゆっくりと体を休めながらだが咳は止まらない。
困ったなぁ。
壱日目の夜は過ぎていこうとしていた。
僕が世界を変えたわけではない。
僕が変えられたのだ。
HELLO
COVID-19
望まれぬもの。
その日、
僕はコロナウィルス(COVIDE-19)に初めて感染した。
原因に思い当たりはない。
人生で初であった。
このコロナ禍の世の中になってから、
日々、感染者数の推移をTvなどで目にしてきたが、
それはすべてブラウン管の中、液晶の中、
何ならファンタジーぐらいのレベル。
感染対策はきちんと講じていた。
だが自分はその牙城に落ちた。
手洗い、マスク、うがい。
その3種を自分は会社の中でもトップレベルに入るくらいだと自負
それなのに、
それなのにだ。
思い返せば、
2022年2月22日、
僕の55歳の誕生日である。
無症状の中、
高圧受電設備工事を終えたチーム4人で現場近くのバッティングセ
そしてその夜である。
微かな異変が僕に起こったのである。
咽喉に微かな痛み。
すぐに思った。
風邪の前兆である。
そりゃあ55年も人生を生きている。
この感覚は風邪に違いないと即座に判断。
咽喉のケアをしつつ、
寝る前に栄養剤を飲んでマスクをして寝た。
がその次の朝は2月23日祝日で久しぶりの休みである。
だが咽喉の軽い違和感は俄然主張を始めていた。
嫌だな。
思っているのも束の間、
久しぶりの休日の朝、
段々と熱が出始めてしまう。
37.2。
まだ大丈夫。
しかし時間が経つ毎にその熱はゆっくりと上昇気流。
あっという間に37.8。
23日は祝日なのでお医者さんはやっていない。
嫁とも相談しつつ、
急患でもないし明日、行こうという事に相成る。
ただやはり時節柄、
最悪の時のことも考えられる。
コロナである。
僕自身はそこまでは心配はしていない。
嫁にも娘にもきちんと手を洗わないからだの何だのと難癖をつけら
前回の騒ぎの時に抗体検査キットを購入していたので、
唾液吸引というシステムで既に陰性の免罪符は得ていたのである。
100に近い確率で自分は陰性であると信じて疑わない。
だが嫁も子供も職場での事もあるので医院に行くのは電話で指示を
僕もそりゃそうか時節柄だしね。と受け入れ、
2月24日「陰性」
という決定稿を貰った。
ほらみろや?だいじょうぶやろ?俺の言った通りやろ???
といった気持ではあったが、
熱は26日には下がったが、
ずっと咳が取れず咽喉が痛いままであった。
嫌な感触。
熱が出ていたこともあって会社の連中も気を遣って5日間、23-
だが、
それでも咽喉の痛みは取れない。
再度、PCRを受けるべきだと嫁の会社からの指示もあり、
翌28日朝からPCRを受けられる期間を探す。
僕は安易にかかりつけ医さんのところで受ければいいと思っていた
まさかの拒否!?
よく分からないシステムだが同時期での同じ人間への検査はダメな
そんな訳で朝からHPを検索しまくり、
20件以上連絡をするがたらい回し。
そうか、こんなかんじなんだ!!!
ニュースなどで見聞きしていたことが現実に襲い掛かる。
家の近辺ではもうないので範囲を通勤路に伸ばす。
ようやく3件目でヒット!
28日17:45の予約がようやく取れた。
そうこうしている間に時間になりクリニックへ車で向かう。
これで休みも終わりか。
澤村も明日の6時30分に会社に来てくれとのLINE。
どうせ花粉症やろ?の憎まれ口を添えた受信メール。
とにかく今から受けますと連絡してクリニックへ入店。
天神橋筋商店街の中にある小奇麗なクリニックで、
清潔感が凄かった。
僕は2階へ通されて軽いパーテーションで区切られたところに座ら
そして鼻の穴に例の棒を突っ込まれるが結構な勢いで内側をこそい
1回だけ身を引いたがきちんと検査を受ける。
で、5分もしないうちに、
「陽性ですね」
?
え?陰性でしょ?
みたいなノリでいた僕はまさにハトが豆鉄砲みたいな顔をしていた
ご覧ください。
そう言われた機器の前に表示された電光掲示。
「陽性」
看護婦さんも慣れたもので陽性者に渡すパンフレットを手渡し、
こちらに連絡をしてくださいと。
他にも日にちの経過がとか、厚生省への連絡がとか、
正直、上の空だった。
驚いた。
え?
陰性だったじゃんおれ。
ナンデ?
そこまで考えるよりも先に襲ってきた家族への気持ち。
申し訳ない気持ちが雪崩のように心を覆っていく。
自分一人が陽性になることで計り知れない損失が生まれてしまった
爆誕。
会社にも連絡をしなくてはならない。
だがまず嫁にLINE。
そこでクリニックの外に出る。
ハッとする。
商店街を闊歩する人々は陰性に違いない。
それに反して僕は陽性。
恐らくまだ誰も僕が陽性であることを知る由もなく家路へと急いで
この感覚、
何か知ってる。
そうだ。
童貞を喪失した時の感覚に似ていた。
だがへちゃむくれのノスタルジィに浸っている場合ではない。
一刻も早くこの場から退かねば!!
そして嫁より、
案の定、最悪の落胆劇。
そこで初めて電話。
謝罪から始まるストーリー。
僕はとりあえず駐車場から車を出して路上に止めて会社に連絡。
それを終えて放心。
僕が世界を変えたわけではない。
僕が変えられたのだ。
HELLO
COVID-19
望まれぬもの。