おかんの料理は、昔から破茶滅茶で、クリエイティブすぎて、こども心に受け止めきれないシロモノが多かった。
一つ作りはじめて美味しいと言われると、そればかりを数ヶ月作り続ける、
という癖（へき）があったので、 美味しくないものを作り出したときには
「おい、これはおかあさんに美味しいというなよ」と家族全員で口裏を合わせたものだ。
普段の一家の飯炊きは、祖母が賄っていた。
その間、おかんはひたすら仕事をしていた。
台所は祖母の城。私の離乳食すらつくったことがないという。
そんなわけで、唯一、おかんが台所に立つことなく、独自の世界をつくりだすことができたのが、
裏玄関の外においてあった、漬け物樽だった。
おかんがつくる白菜の漬け物だけは、唯一鉄板で美味かった。
正月にはアホかというほどの量、作られた白菜の漬け物のしあわせに一家は浸かる。
もう少しありがたがられる量を考えて、と言うてもそんなことはおかんにはできない。
なんでも大量生産しかできない。
いかつい量作る。
なので、妹子も私も、姪も甥も、
正月があけるとみんなおかんの白菜を土産に持たされて、
数週間、炊き立ての白米をくるんでちょっこししょうゆを垂らして過ごすのだった。
それがまた、うれしかったんだけど。
ところが、体調を崩してからというもの、
おかんは唯一お得意の白菜の漬け物が作れなくなってしまった。
実家を出て半年、同居中のこと、
おかんに少しでも元気を出してもらおうと、小さめの漬物樽と漬物石を買った。そして、
ねえ、またあの白菜が食べたい！と伝えた。
おかんはあまりやる気を見せなかった。
それでも孫からの熱いリクエストにより、重い腰をあげたものの、
何度も腐らせてしまい、最終的には漬物樽ごと捨てるハメに。
おかんはがっかりした後、ひねくれてしまった。
漬物石はベランダに一年中放置された。
2年目の正月、今度こそと漬物樽を買い直してお願いした。
しかしやはり、腐らせるのだ。
そして落ち込んだ。
私も家族もみんなで落ち込んだ。
もうばあちゃんの白菜食べられないのか…と
スーパーで泣く泣く漬物を買って今年の正月を過ごした。
そしてこの夏、おかんと別居が決まった。
おかんも慣れてきた頃、 あの漬け物樽を丁寧に洗って、おかんの家にもっていった。
あーもう漬け物なんてあかんわ、もう。
樽なんていらんいらん。
眉間に皺をよせ、持って帰れと叱られた。
ところが、生活が安定し、自分のペースができてきたら、やり始めたのだ。白菜。
そして、味も見事に復活！
現在、毎日、あの白菜の漬け物に浸かっている。
惜しまれるぐらいの量に留めろといっても、無駄だ。
おかんが一番 うれしいのだから。
できていたことができなくなってしまったとき、当然ながら人は落ち込む。
しかも自分の得意だったことができなくなると、相当に落ち込む案件だ。
だからといって諦めることはない。
自分のペースで歩き始めることができたら、またいつでも復活できるから。
あ、それって、もとに戻ることに固執するのではなくて、いつでも新しいペースをつくりだすことが大切ってこと。
おかんが一人暮らしで新しい生活ペースをつくりだし、
このおかんとの暮らしの距離感も、関係性も、
我々が新しくつくった自己ペースなのである。
時間のハンドルを握ることって、人の自尊心にとっても大切なことなのだ。
さて、白菜の漬け物の御礼を言いたくておかんに電話。
漬物ありがとう、めちゃくちゃ美味しいよー
そらよかったわー！まだまだなんぼでもあるでー
ニヤニヤしているのが電話ごしに見える。
さてはまた、アホみたいな量を漬け込んでおるな。
そしておかん、喜んでおるな。
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