✴自殺したい気もちや生きにくさを、「生きる喜び」に変えていくために✴

うつ病、統合失調症、起立性調節障害、対人恐怖症、等の体験の克服の過程で見つけた幸せと喜びをシェアします


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小学校の図工で、糸鋸(いとのこ と呼ばれる)を使う場面。

子どものころ、私は、怖くて、嫌だなあ、、、と思っていました。


壁飾りのようなのを作った覚えがありますが、

 

怖くて、適当に切って、刃を折ってしまいました。

刃を折ってしまい、周りの子から、「ああ、折っちゃったんだ~、、」と言われ、失敗しちゃった~!と思いました。

機械は、苦手だったなあという意識が強いです。


教える立場である先生の中にも、どうやって切っていいのか、わからない、という方もいらっしゃいます。

「落ち着いて、ゆっくり、焦らなければ大丈夫だよ」と言われても


怖いものは怖く緊張感はたやすくはとれません。 



美術を指導する立場になり、私は、「木は糸鋸で自由に、デザインしたとおりに切れるのだ」ということを子どもに伝えてきました。

「糸鋸は、はさみと同じように、自在に切ることができる」 

その可能性を知ったら、子どもはどんどん木工作が好きになることでしょう。

ぜひ、子どもたちや生徒さんにに伝えてほしいなあと思っています。

自分指導するときの、主なポイントです。
 

①刃が上下に動いて切れる ことを確認します。
機械で、何が起こっているのかが、わからないから、怖いのです。実際に事前に刃を見てこれが上下に動いてそこに板をあてることで、切れていくのだ、ということを理解してもらいます。

 

 

②刃の面を意識してもらう。 

刃の面があるので、その面と同じ方向になるように、板をセットして、板を回転しながら動かしていくことを伝える。

糸鋸の技術で必要なのは、刃の面に対して、デザインの線を素直に合わせ、回転させる、それだけです。

 

③ぎざぎざのところや、90度以下のところにきたら、逃げる。

 ②の面があるため、90度以下の角度のついた線は切ることはできません。板の端まで切ってしまうか、そのままバックして、最初まで戻っても構いません

例  ●のところにきたら、点線部まで切る。そのあと●から〇に向かって切る。

 

④切っている時、刃が動いていて、切れている、その手ごたえを体で感じる。

 体の感覚をとぎすませ、機械と一緒にいることを楽しんでもらいます。

⑤刃が鉛筆の線に触れている部分を見る。

 

 「よく見なさい」と言われても、どこをどう見たらいいのか、わかりません。

 刃が鉛筆の線に触れる、その作品が生まれる瞬間を見るようにしてください。
 「早く切り終わろう」という意識は
 「作品が生みだされていく」という姿勢に変わり、切る過程に意義や喜びをもつようになります。
 

⑥糸鋸の一定のリズムを知る。
 ありがたいことに、糸鋸が働いて切ってくれるのであり、自分が切るのではありません。

 機械のリズムを理解し、刃や機械が大変にならないように、ゆっくり板を動かします。

 機械と協力する気持ちをもつことで、板が自在に切れるのです。



この指導法で、あきらかに3ミリ~5ミリずれて切っていた生徒も、すぐに線の通りに切ることが可能となります。
初めは個々のレベルに合わせて指導してあげてください。一度わかると、すぐに一人でできるようになります。

 

④~⑥については、道具の性質と自分とのかかわり方に関する指導となります。
どう関わると機械と関わりやすいか、お考えいただくと、ほかにも指導のアイディアはいくらでもあると思います。
これは、はさみ、彫刻刀、ほか様々な道具の使い方にも応用がききます。

ぜひ、試してみて、報告いただければと思います。

またわからないことがありましたら、コメント、お問い合わせくださいね。
 








 

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この文章を読んでから、まだ自分には早いお話のように思えたけれど、
こんな文章に出会えるということは、何かあるんだよね。

私も周りを怖い人、と思ってしまう。
それは家庭環境から来ていると思ってた。

子どもは弱いから、「周りは怖い人」と、いうとらえ方になるように思う。
でも、違うことに気付けたなら。。
そこに、たくさんの価値があるはず!!


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ものづくりが好き。 手作りが好き。
自分で作ったお気に入りのものを身に着けていたい。
お子さんと思い出を作りたい。

自分の思いやワクワクする気持ち、これを色や形にしていくことは夢のようなことです。




私は鳥が大好きなので、いつもいろいろな鳥を描いて遊んでいます。手作りのよさは、普段よく着る洋服の色に合わせてみたり、季節に合わせたデザインをしたり、自分のお気に入りのパーツを使ったり、
自分で自由にアイディアを膨らませ、創作できることです。

自分で作ったものは、オリジナル! 
どこにもないオンリーワンの宝物。

愛着がわいて、見るたびに、いつまでも大切にしたくなるでしょう。

講座では、バッグチャーム、ネックレス、ピアス、イヤリングからお選びいただきます。
レジンに初めて出会う方でも、無理なくできるように企画いたしましたので、子どもから大人まで、お楽しみいただけます。

また、使用する材料がネイルで使用するカラージェルなので、光沢や美しさが抜群で、驚くような仕上がりになります。お子様と一緒にクリスマスのプレゼントに作ってみませんか。

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日時:11 11 日(土)13 時半~15 時半

☆場所:渋谷blossom(ブロッサム) 地図をご参照ください

対象:親子、保護者だけ、子どもだけ(小学3年生以上)でも可

参加費:3500円 (材料代、ドリンク代込み)

   小学生以下は参加費無料 材料代とドリンク代のみ1000

☆定員:5 6名




申し込み方法
miyufine@jcom.zaq.ne.jpのメール か080-2725-7939 まで
お名前
参加人数 子供と同伴の場合ご年齢
お電話番号
   をお知らせください。  

 

KotoriringoMIYUKI

小学校図工教師 特別支援学級担任の職業経験をもつ。
セルフネイラー

 

小学校で美術教育に携わってきましたが、体の不調により、休職に及んだので、手に職つけなくては、と思い、ネイルの勉強を始めました。

小さな爪の画面に、ジェルの材料であらゆるデザインができることに興味を覚え、夢中になりました。
今は、主に音楽家の演奏時のネイルのデザインの提案をしたり、ネイルサロンでお手伝いをしたりしています。

自分は絵を描くことができず、苦手だったので、絵の教室に通いました。出会った絵の先生から「自分のよさや特性を生かしていくことで、ほかの人にはできない、自分だけの絵が描けるよ。」と何度も言われ、苦手な気持ちを自信に変えてきました。

この考えを自身の美術教育やネイルのデザインに取り入れています。

誰でもがクリエイティブな力とセンスをもともともっています。それは、いろいろと試しながら引き出され、磨かれていくものです。ものづくりや絵の制作を通し、この喜びをお伝えしていきたいです。

             

 

当日の会場(シェアビズblossom

渋谷ヒカリエを渋谷駅側に出て左へ進み、
”銀だこ”の前を通り越し、歩道橋を上らず道なりに左へ。

6軒目の、赤い“村さ来”の看板がある新生ビル6603号室です。

150-0002 東京都渋谷区渋谷2-22-7 新生ビル 603号室  03-6433-5352

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自分と仲よくしよう。

体と仲よくしよう。

自分を愛しましょう。


これは、どういう意味なのでしょう。。



特に自分は体を大切にするという意味がわからないでいました。

死ぬ間際まで、仕事はしなくてはならないもの、と思いこみ、限界以上にがんばったのです。

そうしているうちに、ただいるだけでも、つらい症状にまで及んでしまいました。

私の体はいろいろな症状を出していました。

その体が嫌になったり、自分の症状はほかとはあきらかに違うんだ、だめなのだと、あきらめたりしました。

病院に行って、薬をもらってどうにかしたい、と思っても、のれんに腕押し。
毎日、点滴をうち続けました。何ら、効果を発揮しませんでした。

体は点滴や薬以上のものを必要としていたのです。

アレクサンダー・テクニークを学び、私は、あまりにもひどい症状にあっても、それでいいよ!という勇気、体を信頼しようという勇気をもつことができるようになりました。

それだけで、体は応えはじめました。 (詳しくはこちら↓) 
 

https://ameblo.jp/miyujake2510/entry-11649016372.html


https://ameblo.jp/miyujake2510/entry-12307930613.html

 


ある日、レッスンを受けたのち、体の様子が変わり、さらに思ったことをストレートに絵に描いていました。

私、こんな絵も描けるのね!うれしくて、

「あのワークはねっ魔法なんだよ!お兄ちゃん!!」と兄に紹介しました。

でも、魔法ではないんです。

今、ここにいる体といられること。

ただ、それだけのことが豊かであること。

尊重されるできごとであること。

魔法なんだ!と思えるほど、体はうれしければ、うれしいし、踊りだすのです。

最初は、先生が手や言葉で、体とお話ししてくれてサポートしてくれます。

皆さんといろいろな体験ができること、楽しみにしています。



 

『~心と体はひとつのもの!~
無意識にやっている緊張に気づいて、自分の心、体と仲よくしよう!』

日時

1.  20171028()  9:20 10:40  講師:上原知子

2. 20171028() 11:20 12:40  講師:海津賢

定員

10

参加費

1,000

場所

東京ウィメンズプラザ 第2会議室B
150-0001 東京都渋谷区神宮前5-53-67

内容

*心と体はひとつのもの!
★無意識にやっている緊張に気づき自分の心や体と仲良くなりましょう!
★ご自身の緊張バランスの習慣と向き合う、体験的なワークです。 (治療ではありません。)

申込

アレクサンダー・テクニーク普及会事務局
担当:MIYUKI
email : miyufine@jcom.zaq.ne.jp

お名前、参加希望時間、ご連絡先(電話・メールアドレス)をお知らせ下さい。

 



☆ ホームページ: http://miyufine.com/

☆講師、上原知子の記事はこちらです。

           

         http://tomokowork.com/zakki/2017/09/25/3052.html

 

 

      

 

 

 

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毎日体調が悪い。

どこの病院に行っても、何でもない、と言われる。

いつも具合が悪いと言っている人が身近にいる。



今日はそんな方を対象にした、ワークショップのご案内です。



私は、以前、中学生の頃、夜眠れなくなったことがきっかけで、


どんどん体調が悪化し、


不安を多く抱え込む体質になりました。

座っていることが難しく、横になりたがり、学校も休むのですが、

周りからは「さぼっている」といわれるので、

ますます無理して限界まで頑張ろうとして、さらに具合が悪くなる、


という悪循環を続けていました。



5年前には、煮崩れた豆腐のような状態になり、
アレクサンダー・テクニークの教室に倒れこみました。

歩くことさえ困難でしたが、
レッスンで、数メートルをようやく歩きました。

よれよれでした。

どうして、みんなは普通に歩いているのだろう??歩けるのだろう??

私の歩き方は、あまりにみじめで、情けなく、恥ずかしい限りでした。

でもそう思っていたのは、私一人。

先生から新しい知恵をもらって、わずか少し楽に歩けると、変化が起こると、

そこにいた生徒さんから拍手がわきおこりました。

よれよれな歩き方でしかなくても、真剣にみんな見てくれていたのです。


歩けなくてもいい、何もできなくてもいい、焦る必要はないんだよ。



そこから一歩ずつ、自分のペースで理解して、学んでいければ

それが一番すてきで、何より大切なことなんだ、と教えてもらったのです。





 

レッスン中、横になるしかなく、何かを学ぶというよりか、

休養しに行っている状態でした。

周りで起こっている変化をぼんやり見て過ごすのです。

でも、それが私の学び方でした。

私は休んでいるときでさえ

 

「休んでいてはならない」

という意識で包まれ、

落ち着かない状態でした。

しかし、「横にならなきゃいられないほど、つらいんだよ。」と

先生がみんなに説明してくれました。

これほど、ありがたい場はありませんでした。

 





 

先生が「これを学べば、そのうち元気になって仕方なくなるでしょう」

と言われましたが、

通い始めた当時は、なんら、信じることができませんでした。






しかし、自身の状態に合わせて、レッスンをしてもらい、

先生や仲間と一緒に体を大切にすることを学んでいるうちに、

体が喜び、その機能が少しずつ回復してきたのがわかってきました。

1年後には、1時間座っていることができるようになりました。

今は、歩くことが疑問でしかなかったのが、不思議にさえ思えてきます。


 

同時に、自分の体を信頼することは、

自分の思っていること、感じていることを信じることにつながり、

やがて、「表現」という、人間の本来的な欲求に直結したのです。




いつのまにか、絵画、版画、工作、ネイル等の制作をやるようになり、

グループ展なども主催できる立場になっていました。


あの状態の時に、先生はじめ、見守ってくれたたくさんの人たちがいたことが、

私が生き方を見直し、立ち上がり直した土台となり、今のゆるぎない自分をつくっています。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
仲間と一緒にいられたこと、そして、たくさんの大切なことをまなべたこと、
それら貴重すぎる体験で、感謝にたえません。。


ただしかし、私には、教室に通い出してから、一つ疑問に思えて仕方ないことがありました。

このワークをする人は、人前で演じたり、音楽をされたり、

悩まれて学ばれているとは思うのですが、比較的恵まれている人ではないだろうか。

これまでも学びを続けてきた方が、より探求心をもって、

深い学びにのぞまれている方が多いのではないか。

このワークは誰でもできるはずなのに、そうなっていないと感じたのです。




私の周りには、それこそ、社会に一歩も出られず、困っている人がいました。


才能があるのに、生活保護を受ける人、

 

ホームレスになる人、

パソコンを開くこともできない人、

 

ちょっと数十メートルの買い物にさえ行けず、

ただ一日を、ベッドの上ですごし、

存在しているだけ、という生活をする人。

 

存在しているだけで、体調が悪い人。

どこに行っても、よくなる方向性を見出せず、

そのつらい人生が、一生続くとあきらめている人。

 

 

 

 

その人たちの話を聞けば聞くほど、


歯痒く、悔しくて、


でも私に何ができるかといえば、

自分の体の管理さえ、できないでいる状況でした。



きっと、彼らがこのワークを意欲的に学ぶことがあったなら、

 


社会に出ることができるようになれば、

どれだけ、彼らが有意義な生活を送られるだろう。

どれだけ才能があふれだすだろう。

 

 

私たちは、どんな感性を見ることができるのだろう。
 

どれだけ社会に多くの気づきをもたらすだろう。



いつか、そういう、基本的な生活さえもできず、生きにくさを抱えた方々にも、

このワークを知ってもらえたらいいなあ、と思うようになりました。

 

 

 

そして最近、ウイメンズプラザさんで、フォーラムの参加団体を募集していることを知り、
これまでお世話になった、

教師の上原知子さんと海津賢さんに協力を依頼し、
参加させていただく運びとなりました。


私は、もう、何年も前から、日常生活で困っている人を知っていたのです。

でも、どうしたものか私にはわからないで、手探りの状態が長く続きました。

本当に遅くなってしまったなと思っています。申し訳なく思っています。

お詫び申し上げるとともに、

ウイメンズさん、知子さん、賢さん、自分を育ててくれた環境すべてに、心から感謝申し上げ、

ご案内に変えさえていただきます。



☆☆
 

『~心と体はひとつのもの!~
無意識にやっている緊張に気づいて、自分の心、体と仲よくしよう!』

日時

1.  20171028()  9:20 10:40  講師:上原知子

2. 20171028() 11:20 12:40  講師:海津賢

定員

10

参加費

1,000

場所

東京ウィメンズプラザ 第2会議室B
150-0001 東京都渋谷区神宮前5-53-67

内容

*心と体はひとつのもの!
★無意識にやっている緊張に気づき自分の心や体と仲良くなりましょう!
★ご自身の緊張バランスの習慣と向き合う、体験的なワークです。 (治療ではありません。)

申込

アレクサンダー・テクニーク普及会事務局
担当:MIYUKI
email : miyufine@jcom.zaq.ne.jp  

    

 


お名前、参加希望時間、ご連絡先(電話・メールアドレス)をお知らせ下さい。


☆知子さんのワークショップの記事
アレクサンダー・テクニークについてわかりやすくまとめられております。

「生き辛さを抱えた方向けワーク・ショップ」開催の理由①
 




 ホームページはこちらから http://miyufine.com/  
 

 






 











 

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先日、会議中に、自分の不安症が出てしまい、
議題の目的を外れ、不安にフォーカスしてぐるぐるした意見を言ってしまいました。

 

当日、決めなければならないことがなかなか決まらず、
難航させてしまったのです。

会議が終わって、自分のやったことを振り返ると、
穴があったら入りたくなるくらい、恥ずかしい気もちになってきました。



自分はなんてバカなんだろう!って思いました。

 

 

「これだから、自分はだめだ」と証明したくなり、

自信を失ってしまいました。

この世界にいることすら、嫌になりかかってしまいそうでした。


失敗したとき、自分を強く攻めてしまう、
こんなこと、ありませんか。


私は、いつもそう考えては、自分をだめだ、だめだ、と否定してきました。

だめだ、と言うことで、解決していました。


でも一緒に会議に参加された方が「失敗で終わらせちゃだめだよ」と言ってくれました。

周りは温かいし、これからいかようにも変われる道を示してくれました。

ありがたいことでした。

 

 

 

 

自分でも、失敗したときは、自分のことを自分でフォローしてあげたいな、そう思いました。

 

 


穴に入りたい、・・・・・・・


だけど、どこかに逃げたい、穴に入りたいといっても逃げようもないし、

自分は存在するしかない。

それに存在し続けたいと、本能的に勝手に思ってるらしい。


逃げることなんてできやしない、、だったら、


少しきついけれど、

この失敗はちゃんと、深く掘り下げて考えようと思いました。

その失敗が起こった経緯、これをたどっていったら、


そうだった、会議で不安症になったのは、事前準備を怠り、人に任せて楽をしようとしてたから。。


思い出した瞬間、およそ、仕事でもなんでもすべてそんな感じで、人任せでやってきたから、
狭い部分のところで、不安を生じたり、自信がなかったり、

イライラすることばかりだったのだ、、と思い返すことができました。


その時の会議での失敗は、すごく恥ずかしかったけれど、
自分の私生活全般におきかえることができたのです。

恥の渦中から暗い光が見えてきて、明るい光に転じてやってきました。

なんだか、自分の心の癖、邪心を取り払ってくれた感じでした。

しばらくすると、恥ずかしい気もちより、悔しい気もちに切り替わってきました。

これまで、事前準備を人任せにして、やってもらってラッキーだなあ、やらなくってすんだって思っていた自分は、何も学ぶこともなく、得られることがなかったんだ。やった人が、たくさんたくさん学び、自分はいるかいないかの状態になって、時間をやり過ごしてどうして、平気でいたんだろう!
今度は挽回しよう!って思えたのです。

 

自分がダメな存在だと思ってた気もちは、意気込みへとすり変えることができたのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
恥ずかしい気もちがやまないけれど、嫌な気もちもやまないけれど、
失敗したとき、というのは、もっとよくなりたい、もっとこうしたい、という自分の気もちそのものと出会えた時ではないか、そう考えてみませんか。
 

恥はかいたもの勝ち!

 

それに、せっかく自分が失敗して恥をかいてくれたのに、ありがとう!といわない手はないよね。

こんなみっともなく、そして価値ある体験ってない。





失敗したー!即、自分がいやだー!と言ってしまう。

もし、私と似て、そう思ってしまう方がいたら、



すごくきついけれど、

それはゴールド体験!


「失敗は成功のもと」というけれど、

人が、失敗した!と思えた瞬間に、その失敗は、成功以上のもの。


いっぱいお宝を掘って掘って、自分を見つめて、変わることを恐れないで
前に進んでいこう!





 


 






 

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人を見ると、怖い、と思う。

なぜか、話す時、目を伏せてしまう。

人がやってくると、顔をそむけてしまう。



こういった様々な、特有の癖や症状は、自分だけじゃないの?

きっと治らないのでは?

 

ずっと、こんな自分なんだわ。



そんなふうにあきらめてませんか。

 

今の例は、すべて私のもっている癖です。

私が今、一番、難解に思っている癖は、意識がとんでしまう癖です。


どこにいっても、どうしても治せないように思いました。

普段から、意識がぼんやりする。

仕事中もぼんやりどこかに行ってしまう。


この悩みはここ4,5年続いています。


私が意識をぼんやりさせてきた理由はこんなことです。

小さいころから「勉強をしないと生きていけないよ」「生活できないよ」と言われ続けてきて、

本当にそうだと信じたのです。


優秀な成績をおさめないと、人間的にだめだ、というようにも思っていました。

そこで、勉強が嫌いな私は勉強をする前に「一度、自分は死んだのだ」と思い、

そう決意して、机に向かうことにしたのです。

それを毎日課していたのです。そのことによって、成績をあげていったのです。


周りは勉強をするので、ほめてくれましたが、

これを繰り返したために、私は、体が嫌がることばかり、要求することになりました。

私は、あらゆる場面で、意識をとばす癖をつけました。

体は怒り、頭を床にうちつけるという症状まで出てきました。


ここまでのことをクリアにするまで、

どうしてこんなにバカだったのだろう、


どうして自分は、こんな環境で育ってしまったのだろう・・

不幸だなあ。。まぬけだなあ。。

考えても考えてもどうしようもない、

数々の、過去への無念な気もちと出会いました。



これはトラウマ解消のワークだろうか、薬だろうか、、何の療法だろうか、

どれで治せばいいのだろうか、悩みました。

でも、これまで学んできたことから、自分でできることを探してみました。



私が考えたプランはこのようなものです。



1、特定な動き、動作の中で、意識をとばしていることにまず気づく
 
 横になって膝を曲げたまま、足をばたん、と倒す動きをしてみました。

2、ゆっくりとそのシンプルな動作を行う。どこの場面でそうなるか、
  見つめるためにゆっくりやってみました。

3、意識をとばしている、とわかった場面がわかりました。

  足がななめに倒れかかると同時に意識をとばそうとしているのがわかりました。

 

  そこで何ができるか考えてみました。

4、私は、倒れると同時に「周りを見る」ということを意識的にやるようにしました。
 
 意識が遠のいているとき、私は、見えるものを見ないように圧力を自ら自分にかけ、

 自分の体の機能をストップさせています。

 したがって「見る」という自身の体の機能を使い、同時に、意識をとばす癖を抑制してみました。

これをやってみて、

「すごく周りのものが生き生きとして、見えた!」と言いたかったけれど、


ちょっと違ってた。



これまで見てなかった、天井の穴、壁のコンクリート材の性質などが目を通してうつってきました。


こんな形の穴があったのかあ、、、と思いました。


でも、事実が事実により近く見えました。


また、周りを見ているので、
この動きの中で意識をとばさなくてもよくなり、気もちも楽になりました。


きっと似たような動作の時にも使えるのではないかと思いました。

 



 

何か特定の癖やおかしな行動、症状は、

誰かの要求にこたえるために、必死で頑張ってやってきたことかもしれない。

「頑張ったね。」


自分が、どんなバカな行動だったと思われても、そう信じて努力してきたのだから、

そう言おう。

でも、そのことで今もなお、自分を苦しめていることがあったなら、
 もうやめていい。


 体がもともともっている力を信じる方向に、素直に導いてあげよう!

 積み重ねていって、平たい平たい階段を登ったり、降りたりしているうちに、
  

 体が応えてくれている日が来るかもしれません。

 

 

 

 

 
  
 


 





 

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今まで大事にしてきたことが、壊されそうで怖い。

大事にしてきたことというのは、

どうせ、視野が狭い内容だったり、偏見だったりする

 

しかし、大事に、固執してきたことが、これからは、なんでもなくなることが怖い。

 

 

なぜ、固執をもつ必要があったか・・・

 

それは、人生経験から、一番大事だと、謝って悟り、それを守ろうとしているから。

 

 

そいつ(大事にしてきた幻の宝物)は、とてもまぬけで単純で、純粋。
この時代を生きていくには必須なもの。

結果的にグロく見える。

 

幻の宝物がほしい。このまま手に入れたままでいよう。

 

欲張りな自分は、手放すのが怖い。
手放したとき、今まで通り生きていけるか、保障もない。



ただ、手放したとき、一瞬、見える世界の角度が変わることだけがわかる。

ほんのわずかな違い。その隙間から、奥行きが無限に広がっている。
同じ自分という存在から見える別世界。



生き方が変わった瞬間。

そこにずっといたなら、自分はどうなるんだろう。どうなるんだろう。。

 



新しい舞台に行く前に、

何かが必要だ。

 

覚悟?勇気?

 

 

 

 

・・・・・あれは、幻の宝物だったんだね。



そう、言える日がきたら・・・。



 

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偏見やあの人、おかしいな、ということが起きたとき。

自分も、かなり、偏見があります。


そういう時、自分の場合、
自分が優位に立って、人をおかしな人と、判断し、
自分が上である、と思って安心します。
でも、実は、これ、とても疲れます。
(ほんとは違うから。私が上になるはずがないし、上にいると疲れる。)



そういうときに起こっていることは、
人の態度を見て、



・自分の世界にないこと

・自分だったら、そんなこと考えない

・自分だったらやらない


・自分だったらやれない


そして、そんなことするの??、ひどいなあ!、ととらえ、
その人に対して、シャッターを閉じる、というやり方。

私がさんざん、よくやってた方法だね。




でも、もう一つ、先に進んでみたらどうでしょうか。。

おかしな人だなあと思ったら、それはわきにおいて、

その人の味方になってみたら。
何がそうさせているのか。。深く深くその背景をたどります。



育った家庭環境→現在の環境→今起こっている事実(病気、お金遣いがあらい、暴言、過食など)
  きっと、これら、つながってる。
 
 これまでの人間関係の模様とつらさ、葛藤が見えてきたとき、
  はじめて、その人を見ることができるんだなあって思います。
 


  その事実をクリアにしたとき、その人の世界や歴史と、
  自分の体験は深い重なりを見せていきます。

  素敵な体験だと思いませんか。

 



そう、だから、おかしな人が現れたら、自分の経験を見つめなおす、
という、価値に出会えたってことだから、すごくラッキー!



悲しい事件、おかしなできごと、は、ほとんど、個人の「さみしい」という気持ちから発していると思ってます。

この「さみしい」が世の中から少しでも減りますように。。


 

 

 

 

 

 

 

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