これまでの記事はこちらから⇒ あさま山荘事件の陰で① / あさま山荘事件の陰で②
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テレビに噛り付く日が何日か過ぎた、ある日。
社宅の玄関の扉を何者かがノックした。
「はい」と言って玄関の扉を開けた母の目に映ったのは、ヒゲがぼうぼうで薄汚れた父だった。
呆然とする母に、父はひとこと・・・
「死に支度(じたく)に帰ってきた」
言葉を失った母に、父は続けてこう言った。
「これから風呂に入る。いつ死んでも恥ずかしくないよう、きれいな下着を用意しておいてくれ。あと、飯も・・・」
「・・・はい」
もともと「妻は夫を支えるもの」という意識が強いうえに、母は父より6歳も若い。
「お父さんの言うことをきいておけば間違いない」と口癖のように言っていた母だから、こんなとんでもない父の言葉にも「はい」と返事をしたのは、母らしい。
母はすぐに、タンスにしまってあった真新しい下着を風呂場に置き、夕食の準備に取り掛かった。
それから父が風呂からあがると、最後になるであろう家族全員での食事を始めた。
「いつ死んでも恥ずかしくないよう、死に支度をして来い」「思い残すことがないよう、家族全員で食事をしてこい」との署長命令に従った父は、最後の任務を行うためにまた現場へと戻っていった。
・・・「鉄球作戦」により壁を破壊し、警察官や機動隊が建物に突入したのは知っている人も多い。しかしこの時、別の場所への突入も決まっていたのだ。
―――普段、「いのち」や「死」についての講座をさせていただいたり、お話を聴かせていただいている私にとって、「死に支度」「最後の食事」という言葉をただすんなりと受け取ることはとても難しい。
「命を大切に・・・」「自ら死を選択することは・・・」というよく聞く言葉をさらに難しく感じるのは、私が父からこの事件の時の話を幾度も聞いてきたからなのかもしれない・・・。
☆「あさま山荘事件」の記事については、これまで私が両親から聞いてきた話を忠実に書き記します。
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私にできることは、あなたと語り合い、心を通わせ合って、『あなたが抱えている悲しみや葛藤の奥にある「愛」に気づいてもらうこと』
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