見よう見まねのブログ

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CameraやPCなど、見よう見まねの悪戦苦闘

■はじめに

Leotax Special DII、DIIIは戦後Leica特許が無効になり、距離計の間にファインダーを配置したモデルです。

前回、2026-02-20付ブログで、Specialの後期にSpecial DIIと同じものがあります。

何故、その時型名を変更しなかったのか?疑問です。

 

■諸元

シャッター速度はSpecial DIIは高速のみ。

]

Special DIIIは低速付き。

 

■製造番号調査結果

42台のサンプル調査結果、総数約800台製造。

4000番代が無いのは、縁起が悪い"4=死"を忌避した為でしょう。

原産地(Country of Origin)は、前期は"Made in Tokyo"、後期は"Made in Occupied Japan"。

レンズは東京光学製で、前期はSimlar 50mm F3.5。後期はC.Simlar 50mm F3.5(C=Coated)。

 

■製造番号の事例

B#4000番代は欠番。

 

■シャッターダイヤル交換品

Special DII B#3720。"1/1000"と低速が無いのに"20-1"

Special DII B#5023。"1/1000"と低速が無いのに"20-1"

 

■原産地(Country of Origin)

前期は"Made in Tokyo"、後期は"Made in Occupied Japan"ですが、裏蓋交換品と思われる事例があり。

B#3523、後期(Made in Occupied Japan)の裏蓋。

B#3575、Leica(Germany)の裏蓋。

B#3720、戦前のSpecial A/Bのもの(auf/zu)。

 

■広告(全て、Special DIII)

1947年6月。レンズがSimlar F3.5で無く、前モデルのSpecial(1946)用State F3.5。

1948年9月。レンズはCoated Simlar F3.5。

1949年8月。レンズはCoated Simlar F3.5。

 

■最後に

Leotax Special DII、DIIIから本格的にLeica Copy機の製造が始まります。

これ以降、Leotaxは1、2年おきにモデルチェンジを繰り返しますが、

Leotax Gを除き、最後までLeica Copy機に留まりました。

一眼レフに移行する事無く、レオタックス社は破産します。

 

Leotax Special DIIIと同じ仕様のモデルが後継機種ですが、これ以降型名表示が無くなります。唯一の例外は、FV。

これについては、次回ブログで紹介予定。

 

特許切れ大手を振ってコピーする

■はじめに

今回は戦後いち早く発売された、昭和光学精機のLeotax Special(1946年)です。

戦前のLeotax Special Aの残存部品を活用し、製造されたそうです。

 

■諸元

Leotax Special Aと同じで、Leica特許を避け、距離計の外側にファインダーで配置。

後期は距離計の間にファインダーを配置。(下記参照)

レンズは前期は藤田光学製Letana Amastigmat 50mm F3.5。

中期は東京光学製State 50mm F3.5、後期は東京光学Simlar 50mm F3.5。(下記参照)

 

■調査結果のまとめ

 

30台の製造番号確認結果、約500台製造。結構多いですね。

Speial A残存部品流用は初期2000番代のもので、3,000番代以降は新規製造と推察。

また、B#3374以降は距離計の間にファインダーがあり、次機種Special DIIと同じ外観です。

50mm F3.5レンズもLetana-->State-->Simlarと変遷。

 

■Leotax Special前期の製造番号事例

B#20015(5桁), B#2609, B#2760はの3台は戦前の部品活用?

番号が飛んで、B#3008〜3346。

 

■シャッターダイヤル

殆どが(Z,20〜500)ですが、B#2609は”1/1000"で"20-1"です。シャッターダイヤル交換品?

B#2760も”1/1000"で"20-1"です。これもシャッターダイヤル交換品?

B#3218は"20-1"表示。低速が無いのに矛盾。Special DIIIのダイヤルと交換?

 

■標準レンズ

B#20015〜3209用は藤田光学製Letana Anastigmat 50/3.5。

B#3184〜3345は東京光学製State 50/3.5。

B#3302〜3471は東京光学製Simlar 50/3.5。

従って、前期はLetana、中期はState、後期はSimlarに切り替わり。

 

裏蓋開閉表示

B#20015とB#3185 はドイツ語(auf/zu)。

他は全て、英語(open/lock)。

ドイツ語分は戦前の部品を流用したと推察。殆どの部品が戦後製造されたようです。

 

■Special 後期

Leotax Specialの後期は、Secial DII(1947年)同様距離計の間にファインダーが配置。

Leica特許が連合軍により無効になり、日本を始め各社が一斉に採用しました。

シャッターは引き続き高速のみ(Z,20〜500)。仕様が異なるのに同じ型名を継続は不可解です。

B#3374

B#3401

B#3470

B#3471。レンズはいずれも、Simlar 50mm F3.5。(上記参照)

 

■最後に

戦後復興で軍需産業から民生品への転換を図った日本光学、東京光学などを始め、多くの会社がカメラ製造に乗り出しました。

当初は技術力や物資不足などの成約で、性能や品質が劣りましたが、次第に改善されます。

Leotaxもカメラ業界の進化を象徴する事例ですね。

 

戦前の遺産活用復興の

 

■はじめに

今回はLeotaxの源流、戦前のOriginalと、Special A & Bです。

OriginalはLeicaの連動距離計機構が技術的に難しく、非連動距離計計のモデルです。

Leotax A & Bから連動距離計になりました。

でも、Leitz社の特許(距離計の間にView Finderを配置)回避の為、View Finderの横に距離計を配置。

その為、有効基線長が僅か22mmとなりました。

 

■諸元

Original(1940年頃)。距離計は、日本光測機工業(後の、タロン)製で、距離計非連動。

Specail A & Bは連動距離計に改良。

Special A & B(1942年頃)。Bは低速シッター付き。連動距離計に改善。

高速シャッター(Z, 20-1, 30, 40, 60, 100, 200, 500) 。一部、"Z"では無く"B"表示(交換品?)。

Special Bは低速(T, 1, 2, 4, 8,20)付き。シンクロは無し。

 

レンズはOriginal, Special A & B共通。

沈胴式Letana Anastigmat 50mm F3.5は、藤田光学機械(後の藤田光学工業)製。傾斜カム式。

 

■調査結果のまとめ

合計27台の製造番号確認結果、約600台製造(B#2001〜2584)。

OriginalとSpecial A & Bの番号が被っています。OriginalをあとからSpecial A or Bに改造したのでしょうか?

 

■Originalの製造番号事例

B#2033

B#2059。距離計が無く、アクセサリーシューで蓋。

B#2175。シャッターダイヤルが、"Z, 20"から"B, 20-1"の表示に変更。交換品?

Special A & Bでは"Z,20-1"に変更されています。

裏蓋開閉文字はドイツ語で、auf(開)、zu(閉)

 

■Special A & Bの製造番号事例(B#2025〜2584)

 

裏蓋開閉文字はOriginalと同様ドイツ語で、Auf(開)、Zu(閉)

 

■Special Aの偽物(Fake)

ロジア製Fed or Zorkiを改造した偽物(Fake)があり。

距離計の中央にファインダー、シャッター系列が異なる等、容易に判別可能。

 

■広告

1940年2月のLeotax Original広告。実物とファインダー部が異なります。"本体330円+ケース15円。

50/3.5レンズ銘も"レオタ"で、実物の"レタナ(Retana)と異なる。試作品の写真を使った広告のようです。

 

■最後に

Leotax黎明期のモデルはLeica特許回避の苦肉の策で、有効基線長が短くなり実用的ではありません。

裏蓋開閉表示もドイツ語で、Leicaの真似をしています。

Canonも初号機Hansa Canonは特許を避け、ファインダーをびっくり箱のようにポップアップする方式を採用。

戦後、Leica特許が無効になり、日本を始め各国からLeica Copy機が多数発売されます。

 

特許避け創ったけれど寸足らず

 

■はじめに

Leotax Gについては、2017-12-08付ブログで紹介していますが、

今回、更に追跡調査を行いました。

 

■Leotax Gの諸元

35mmフォーカルプレーンシャッター。L39ねじ込みマウント。

シャッターはLeotax初の一軸不回転式、倍数系列(T,B,1〜1000)。

ファインダーがNikon SPと同じ親子式。

連動距離計のファインダーは等倍、有効基線長50mm。(Leica M3は0.91倍、有効基線長62mm)

パラッラックス自動補正、ブライトフレームは50mmと105mm。

向かって右は35mm用。ブライトフレームは35mm。近距離補正マーク付き。

 

■調査結果のまとめ

91台の製造番号確認結果、欠番が無いので合計約1,100台製造。通説の500台より多いです。

 

■販売時期について

レオタックスカメラ社は1959年10月に倒産しますが、Leotax Gは倒産前後に2度販売されているようです。

(1)写真工業 1961(S36)年11月号

(2)写真工業 1961(S36)年12月号

によると、

(1)1959年倒産前に1ケ月だけ限定販売された。

(2)1961年11月、債権者の「六和」から再販売された。

 

従って、現存するLeotax Gは5つのカテゴリーに分類されると推定。

(1)1958年試作品(Prototype)

B#905875 & 905877。"58"が1958年製造を意味。

 

(2)1961年量産試作品(Pre-Production)

B#90140。#901400の誤刻印の可能性もあり?

 

(3)完成品(1959年販売)

(4)在庫品(1959年販売の売れ残り、1961年再販)

(5)倒産後、残存部品を組み立て、1961年再販したもの。

 

量産品の製造番号は、B#901001〜9020xx。

(3)〜(5)の台数は不明なるも、1959年約500台、1961年約500台販売?

或いは、1959年販売約100台、1961年再販約1,000台?(下記、保証書のB#から推定)

 

今回製造番号確認事例は以下。

B#901142。保証書が"レオタックスカメラ”と連名で、"(株)エイエム製作所"。倒産後の再販売品ですね。

住所(東京都台東区浅草馬道二丁目五)が、レオタックスカメラ社(東京都葛飾区新宿町4-919)と異なります。

恐らく、エイエム製作所で残存部品を組み立てたのでしょう。

【注】保証書が"六和”の事例は今回確認できず。

B#901693はLeotaxの"t"が刻印漏れ。

 

■Leotax Gの品質

基本設計、材質、部品精度、組み立て等、未完成の部分が多く、故障が多い。

(1)ラッチギアが真鍮製で欠損による巻き上げ不能。ギアの破損、曲がり等。

 

(2)巻戻しレバーが薄く、折れやすい。真鍮製で交換した事例もあり。

しかも、巻戻し時に上部カバーと接触し、円弧形の傷がつく。

 

(3)光線漏れ。釣耳のボルト穴カからの漏光等

 

(4)ファインダーの工作不良と曇りや斑点(特に、35mm View Finder)

等々。

特に、残存部品から組み立てたものは、部品精度や不足、作業者の熟練不足から問題が多いようです。

 

■Topcor-S 50mm F1.8

Leotax G用に新設計されたもの。前モデルは、Topcor-S 50mm F2。

59本の製造番号から、1958年製造、約1,700本。Leotax Gの開発が遅れ、レンズのみ先行した模様。

斑点

 

■外箱

 

■マニュアル

(左)35mmブレーム、(右)50 & 105mmフレーム

(株)レオタックスの住所、電話番号は、上記、保証証の"エイエム製作所"の住所、電話番号と同じ。
(株)エイエム製作所が、(株)レオタックスに社名変更した?

 

■最後に

Leotax GはLeica M3を追って、従来のモデルから大幅に改良されました。

でも時代は既に一眼レフ、更にレンジファインダー機ではCanonに圧倒され、Leotax Gでは勝ち目はありませんでした。

品質面でもLeotax Gは未完成で、故障の多い機種でした。

1959年、Leotax G、Nikon F、Canon P発売

1961年、Leotax G再販、Canon 7発売

 

社運かけGを創るも時遅し

 

■はじめに

久しぶりにDebain 13でUSB無線端末(r8712u)を使おうとしたら、何故か接続できません。2種類ともダメです。

以前は問題なく使えたのに、おかしいですね。。。

 

■確認結果

端末から確認結果、driverが見当たりません。

$ sudo modinfo r8712u
modinfo: ERROR: Module r8712u not found.

 

rt2800usbなど他のdriverはあるのに、何故r8712uだけ無い?

 

■ネットで検索結果

https://www.linuxquestions.org/questions/showthread.php?s=3a6fe5743200da58fd0ad6dc0cfa8ea5&p=6551320#post6551320


It isn't in the kernel source's docs.    I guess I am a dinosaur.

同じ問題がDebain 13で発生。カーネルから、r8712uが削除されています。恐竜の如く滅亡と。

 

更に検索結果、

staging drivers

r8712u is a USB driver for RTL8712U/RTL8192SU devices. It’s going to be replaced by rtl8192su.

不安定なstaging driverの"r8712u"は、将来"rtl8192su"で置き換える予定と。

 

それで無くともLinuxは周辺機器のサポートがWinやMacに比べ手薄で、普及阻害要因のひとつです。

手持ちUSB無線端末も、半数以上サポート外で使えません。

driverをbuildする手はあり、以前は実施していましたが、面倒なのと他の無線端末や有線で使えるので必要性が無い。

 

薄情なサポート切れのデビアンは

 

 

■はじめに

今回は2025-12-28〜1ケ月に亘りブログで紹介の調査結果のまとめです。

Tanackシリーズと、Tanarレンズの全容が解明できたと思います。

 

■Tanack Seriesのまとめ

1953〜1959年の7年間で約16,000台を製造。Nicca, Leotaxの約1/10です。

但し、Tanack VPの600台は部品手配で、完成品は約200台と推察。

 

製造番号体系に製造年を含むものは、

(1)昭和= 35CのS"27"(1952)

(2)西暦= 35Fの"54"(1954)、SDの"57"(1957)

 

製造番号体系にレンズのF値を含むものは、

(1)V3の50/1.9付きの"19" = B#101901〜

 

IIIS(IIISa含む)のB#67901〜が奇妙な番号体系ですが、

(1)35C/Fの5万代の続きなので、頭が6万代。

(2)1954年製造なので、B#65401〜とすべきところ、S29+25=1954年なので25を加え、B#67901〜とした。

と言うのはこじつけでしょうか?

 

■Tanarレンズのまとめ

Tanack IV(1955)の初期に、小西六Hexar 50/3.5付きが発売されており、この数百台を加えるとカメラ台数に一致。

 

製造番号体系に年号を含むものは、

(1)昭和年= 50/3.5のS"28"(1953)、S"31"(1956)

(2)西暦年月= 50/2.8の"45"(1954-05)、"52"(1955-02)、"57"(1955-07)

 

製造番号体系にレンズのF値を含むものは、

(1)50/2.8 Zebraの"28" = L#281901〜

(2)50/2の”2”=L#22001〜

(3)50/1.5の"15" = L#15001〜

(4)50/1.9の"19" = L#191901〜

 

広角と望遠レンズは、Nikon S(N)、Contax(C)マウント用も製造。

 

製造番号体系にレンズの焦点距離を含むものは、

(1)35/3.5の"35" = L#35001〜

(2)100/3.5の"100" = L#10001〜

(3)135/2.8の"135" = L#13501〜

 

製造番号体系にレンズのF値+焦点距離を含むものは、

(1)35/3.5の"3535" = L#353501〜

(2)35/2.8の"2835" = L#283501〜

 

製造番号体系に製造年を含むものは、

(1)35/2.8(Nikon S, Contax)の"58" = L#58001〜

 

以上の如く、製造番号体系に一貫性がありません。

 

■価格表

標準レンズ付き価格。IVS用Hexar 50/3.5以外は全て自社製Tanar付き。 

最終機種V3で値下げし販売拡大を狙ったようですが、台頭する一眼レフに駆逐され、1959-12に田中光学は倒産。

 

80/2.0、135/2.8、50/1.2の試作品(Prototype)は発売されず。

35/2.8と135/3.5はNikon S、Contaxマウント用も発売。国内広告が無いので海外専用?

 

■最後に

田中光学は1953〜1959年にかけ旧式Leica型カメラ、レンズを多機種市場投入しました。

しかし、低価格だけでは市場に勝ち残ることができませんでした。

中小メーカではNikon、Canon、Minoltaなどの大手に技術力、製品開発力、品質等の面で太刀打ちできなかったようです。

1960年前後に消滅したLeica型カメラメーカは、Alta, Chiyotax, Honor, Leotax, Melcon, Nicca, Tanack、など。

レンズシャッター機も同時期、Canonet(1961-01発売)ショックで、多くのカメラメーカが淘汰されました。

 

旧式で対抗するも力尽き

 

■はじめに

今回はTanack V3(1958-12)の標準レンズとして登場した、Tanar 50mm F1.9です。

ゼブラ(Zebra)模様やEV付きなど、外観が一変しました。

 

■諸元

3群6枚のゾナー(Sonnar)型。外観はゼブラ模様。

L39レンズを専用マウントアダプターで装着。

"Tanak Kogaku Japan"銘。レンズ前面にEV(2〜18)の数値あり。EVは次機種、Tanar 50/1.8にも採用。

距離指標はmtrとfeetの併記。同時期のゼブラ50/2.8もmtrとfeetの併記でした。

 

■製造番号調査結果

127本のサンプルを確認結果、L#191972〜193843で、約1,900本製造。

V3の2,000台に近い数量。残りは、50/2.8(Zebra)の約200本。50/1.5(SD用在庫)は殆ど無し。

50/1.9の開始番号はF1.9なので、L#191901〜。奇妙な番号体系です。

50/2.8(Zebra)の番号もF2.8なのでL#281901〜でした。

V3の番号も、B#101901〜でした。"19"がカメラ、レンズ両方に使われています。

 

■最後に

何故か、ゼブラ模様のTanar 50/1.9と50/2.8だけが製造番号6桁です。他の50mmは全て5桁。

しかも、製造番号に年号 or F値を使うなど一貫性がありません。

田中光学が、製造番号体系をコロコロ変えた意図が良くわかりません。

 

イクイクとゼブラ模様に身を包み

 

■はじめに

今回はTanack IVS(1955年2月発売)用の標準レンズ、Tanar 50mm F2です。

IVSが田中光学のベストセラーで約10,000台、50/2も約6,000本製造されました。

 

■Tanar 50/2の諸元

3群6枚のゾナー(Sonnar)型。Tanar 50/1.5、50/1.8、50/1.9、50/2は全てSonnar型です。


1955年〜1957年前期はクローム。距離は"feet"。

1957年後期〜1958年は黒色。距離は"feet"。

Tanack IVSの広告で、1957-04まではクローム、1957-05から黒色。L#24840はクロームの番号範囲の試作品。

従って、1957年後期から黒色に変更。

1958-12のV3発売から標準レンズが50/1.9に変更されたので、黒は1957年後期〜1958年末までの製造。

 

■製造番号調査結果

265本のサンプル確認結果、合計約6,000本製造。

1955-02、IVS発表時の50/2は、クロームの試作品でL#65002。

一方、製品版の製造番号の頭"22"は、F2に由来。製造番号体系が特殊です。

クロームは、L#22001〜25134で、約3,00本。

上記、広告掲載のレンズは黒色で、L#24840。クロームの番号内に、黒色の試作品が存在。

黒色は、L#25097〜27938で、約3,000本。合計約6,000本。L#25100前後から黒色に切り替わった。

1955〜1958の4年間で6,000本なので、年間1,500本、月間100本余りの製造。

前回ブログの50/2.8も月産約100本でした。

 

■最後に

Tanarの50mm大口径レンズはいずれも3群6枚のSonnar型を採用。

当時のNikkorもSonnar型でした。一眼レフの時代になると4群7枚のGauss型に移行します。

Tanar 50/2は製造本数が最も多く、田中光学のTanackを代表するレンズです。

 

50ミリ白から黒に変身し

■はじめに

今回は田中光学、Tanar 50mm F2.8シリーズです。

製造期間が長く、多くのバリエーションがあります。製造番号体系も謎々で、一筋縄ではいきません。

 

■調査結果のまとめ

合計173本確認結果、50/2.8総計約4,300本製造。

年代順に、クローム(Chrome)、黒色(BK)、ゼブラ(Zebra)と変遷しています。

 

■Tanar 50/2.8 (45万代) 1954年、クローム

35/3.5と同じ3群4枚のテッサー(Tessar)型。距離は"feet"表示。

頭の"45"は1954年5月製造開始を意味。今回確認は、L#45918〜46481。約600本。

 

■Tanar 50/2.8 (52万代) 1955年前期、クローム

距離は"feet"表示。

頭の"52"は1955年2月製造開始を意味。今回確認は、L#52005〜52534。約600本。

 

■Tanar 50/2.8 (57万代) 1955年後期、クローム

距離は"feet"表示。

頭の"57"は1955年7月製造開始を意味。今回確認は、L#57014〜57621。約600本。

 

■Tanar 50/2.8 (57〜59万代) 1956〜1957年、H.C.クローム-> H.C.黒色

H.C. = Hard Coatingの銘板になった。距離は"feet"表示。

上記モデルと連続の製造番号で、HCクロームはL#57708〜59089で約1,400本。

Tanack IVS広告のレンズが、1957-04まではクローム、翌1957-05から黒色に変更。

HC黒色も1957年中頃製造開始と推察。

HC黒色の距離指標は、"feet"が殆どだが、極く一部"mtr"があり。

HC黒色はL#59065〜59705で約600本。L#59万代から、クロームから黒色に変更。

HC合計、L#57708〜59705で、約2,000本。

 

■Tanar 50/2.8 (87〜88万代) 1954年、クローム

Tanack IIIS(1954)後期に装備された50/2.8ですが、L#87793〜88119と奇妙な番号。約300本製造。feet表示。
IIISa、IIISもB#67947〜68919(約1,000台)と、キリ番ではありません。製造番号体系が謎です。

 

■Tanar 50/2.8 (281k〜282k代) 1958年、ゼブラ、EV付き

Tanack V3(1958)用の50/2.8は、50/1.9同様ゼブラ模様で、EV(2〜18)の表示あり。

製造番号はF2.8と50/1.9と同じ19を使い、L#281901〜。今回確認は、L#281964〜282098。約200本。

50/1.9もF1.9なので、L#191901〜でした。これも不思議な番号体系です。

距離指標は、feetとmtrの併記。mtr(橙)+feet(白)と、mtr(白)+feet(橙)の2種類あり。

mtr(白字)が国内向け、feet(白字)が米国向け?

 

■月産製造本数

上記調査結果から、50/2.8の製造本数は月間約100本、年間約1,200本と推定。

(1)Tanar 50/2.8 (45万代) 1954年5月〜 600本

(2)Tanar 50/2.8 (87万代) 1954年後期  300本

(3)Tanar 50/2.8 (52万代) 1955年2月〜 600本

(4)Tanar 50/2.8 (57万代) 1955年7月〜 600本

(5)Tanar HC 50/2.8 Cr(57〜58万代) 1956〜1957年前期 1,400本

(6)Tanar HC 50/2.8 BK(59万代) 1957年後期  600本

 

■最後に

Tanar 50mm F2.8の製造番号体系は実に複雑怪奇ですね。頭が何種類かあり、統一性が無い。

50mm F2.8と50mm F3.5(頭が昭和年)、広角、望遠レンズも番号体系が異なる。

(1)年月(昭和 or 西暦)、(2)F値、(3)F値とmm、(4)その他

50mmの距離指標は殆どが"feet"でしたが、最後Tanar V3(1958)発売時に、feetとmtrが併記。

 

謎掛けのタナール番号誰決めた

■はじめに

今回はTanack用標準レンズ、50mm F3.5の調査結果です。

同じ50/3.5でも年代により3つのバリエーションがあります。

 

■調査結果のまとめ

合計81本の調査結果、推定製造本数は合計2,700本。

(1)沈胴式(Collapsible) 1,200本

(2)固定鏡筒(Rigid)   1,000本

(3)H.C. 固定鏡筒(Rigd)  500本

 

■諸元

1953年Tanack 35(IIC)発売時に標準装備の50mm F3.5。レンズ構造は典型的な3群4枚のテッサー(Tessar)型。

 

■沈胴式(Collapsible)、1953年

製造番号の頭が"28"なので、S28 = 1953年製造開始。広告掲載年と一致。

今回確認は、L#28,358〜29,201。L#28,001〜開始として、約1,200本製造。
距離指標は全て、"feet"。

 

固定鏡筒(Rigd)、1954年

製造番号は上記と連番。今回確認は、L#29,263〜30,277。上記と連番で、約1,000本製造。

距離指標は全て、"feet"。

番号が飛んで、下記H.C.領域のL#31,023。

 

HC 固定鏡筒(Rigd)、1956年


H.C.は"Hard Coating"の略。製造番号の頭が"31"なので、S31 = 1956年製造開始と推察。
今回確認は、L#31,054〜31,484。L#31,001〜約500本製造。距離指標は全て、"feet"。

 

■距離指標

今回確認結果、全て"feet"表示で、"meter"表示は確認できませんでした。

輸出も国内用も"feet"に一元化し、生産効率を上げたのでしょう。

 

■最後に

Tanar 50mm F3.5はバージョンが進む度に製造台数が減少しています。

恐らく、より高級なF2.8やF2クラスの需要が大きかった為でしょう。

 

安くとも小さい目より大目良し