見よう見まねのブログ

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CameraやPCなど、見よう見まねの悪戦苦闘

■はじめに

これまで1950年代後半にブームとなった、35mmワイドレンズ付きカメラを調査してきました。

今回、その総括版です。

 

■総括表

35mmワイドレンズカメラ総数は、182,000台。

6社の中でOlympusが圧倒的に多く、128,000台で、70%シェア。

ワイドレンズなので、目測のVF(View Finder)モデルが多いですね。RF(Range Finder)は少数。

殆どが、35mm F2.8 or F3.5付きで、Olympusのみ35mm F2.0の大口径版を発売。

セレン式露出計内蔵も3機種だけ。

価格も2万円前後が多い中、Olympus Wede S(S2)は32,000円、Welmy Wideが6,800円と格差あり。

 

■最後に

1950年代後半にブームとなった35mmワイドレンズ付きカメラですが、長続きはしませんでした。

1961年1月のCanonet発売以降、大口径標準レンズ付きEE(AE)カメラが主流となります。

 

名前だけワイドをつけて広がらず

■はじめに

35mmワイドシリーズ、今回は大成光機製Welmy Wide(1958)です。

各社ワイドカメラの中で最安値の機種です。そのため、機能が最小限に絞られています。

 

■仕様

連動距離計の無い、VF(View Finder)モデル。アルバダ(Albada)式ファインダー。

レンズはTaikor 35mm F3.5(Tessar型3群4枚)。MeterとFeet目盛りの2種類あり。

シャッターはNew Welmy(B,25,50,100,200)。【注】広告ではNew Welmy、マニュアルではWelmyと相違あり。(下記)

チェーンを使い、上部にもシャッタースピードを表示。SP = SPEEDの略でしょう。

枚数計は手動でセット。巻き上げノブに"TAISEI KOKI Co., LTD."銘。巻も戻しもクランク式では無くノブ式。

1954年Leica M3以降、レバー巻き上げが主流となりましたが、何とノブ式です。

以上、安価に製造する為、各所にコスト削減手法が反映されています。

海外OEMで、Star Lite銘もあり。

 

■製造番号調査結果

74台のレンズ番号確認結果、約8,000台製造(L#1014〜7952)。

前期はMeter、後期はFeet(米国向け)が多い。

 

■製造番号の事例

マニュアル掲載のL#10002は試作機。

L#1014〜7952。

Star LiteはL#4105, 4173の2例確認。

 

■外箱、ケース、愛用者登録カード

 

■マニュアル

タイコール 35/3.5。ウェルミー(B,25,50,100,200)。シャッタースピード上部窓連動式。

 

■広告(1958年)

タイコール 35/3.5(3群4枚)。ニューウェルミー(B,25,50,100,200)。シャッタースピード上部窓連動式。

6,800円(ケース込)と最安値。

 

■Welmy Wideのその後

Welmy Wideは1958年の1年未満の製造、販売で台数も約8,000台と少なかったようです。

翌、1959年にはWelmy Wideをベースとした127フィルム(Vest版)使用の、Welmy 44が発売されます。

4x4cm 12枚撮り。当時米国で人気のスーパースライド版です。連動距離計内蔵。

ノブ式巻き上げの赤窓確認ですが、セルフコッキングで二重露出防止。

レンズはTerionon 50mm F3.5(3枚構成のTriplet)。L#10078〜10881を確認。

大成光機のレンズは、Taikor(3群4枚、Tessar型)、Terionon(3群3枚、Triplet型)と言う使い分けです。

シャッターはWelmy(B, 5〜300)。レンズ鏡筒にシャター(SP)と縛り値(F)の両方を表示。

距離目盛りは全てFeetで、∞,30,20,10,15(赤字),10,7,3.5。

赤窓を見てノブ式巻き上げ。巻き戻しは不要。価格は7,900円と安価。

20台調査結果、L#10078〜10881なので、僅か約1,000台製造。

余り売れなかったようで、国内広告と販売は1年未満(1959年)。

米国広告は今回確認できず。距離目盛りが全てFeetなので、米国向けを想定した筈ですが。。。

米国向けの予定が外れ、製造分を国内販売に回したのでしょうか?

 

■最後に

大成光機は廉価版のカメラを製造、販売していましたが、価格だけでは存続は難しかったようです。

米国ではKalimar銘、欧州ではAirequipt銘のOEM販売を展開していました。

1960年には小西六写真工業(後の、コニカ)が全株取得し、子会社化しています。

 

コスト下げ拡販図るもブーム去り

■はじめに

今回は35mmワイドレンズ搭載カメラのWalz Wide(1958)です。

ワイドカメラブームに遅れて発売された、廉価版のカメラです。

 

■ワルツ社の略歴

戦前、日本商会

1951年、ワルツ商会として再開

1956年、(株)ワルツに改名

1961年4月、倒産。矢継ぎ早やの製品投入や設備投資で資金繰りが悪化し、初代Canonetショックで終焉。

設備投資と増産を主導したのは、コパルから派遣された笠井社長の部下。

コパルはCononetのシャッターの供給元で、事前に発売を知っていたにも拘らず、増産を主導。

ワルツ倒産後、工場はコパルが取得した。

 

ワルツの太田俊夫社長とコパルの笠井正人社長はかつて友人だったが、倒産に至る上記確執があり。

そのいきさつは、太田氏の自伝的小説「社長最後の日」に記されている。

 

■発売

広告にみる国産カメラの歴史(p418)によると、カメラ雑誌の記事、広告が1958年4月号。

従って、1958年3月発売となります。

 

■仕様

Walz 35-Sのボディを流用し、レンズを35mmワイドにした。この手法は他社と同じ。

距離計が無いVF(View Finder)モデル。近距離補正枠つきブライトフレーム。

レンズはWalzer 35mm F2.8(3群4枚のTessar型)。右はWalz 35-S用Walzer 45mm F2.8(3群4枚のTessar型)。

同じ35mm F2.8でも、Kallo Wide & Wide F、Mamiya Wide & Wide E、Minolta Auto Wideは4群6枚のガウス型。

従って、描写性能は劣る筈です。これも廉価販売の手法。

Walzのカメラは日東光学製Kominarを採用しており、Walzerも日東光学製OEMです。

シャッターはCopal-X(B,1-300)で、最高速度が1/300の廉価版。他社はSeikosha-MXやMXL(B,1-500)を採用。

Walzのカメラは全てCopal製シャッターを採用。

 

■製造番号調査結果

138台調査結果、約18,000台製造(B#4776〜21928)。15,16,18万代は欠番。

レンズ139本調査結果、約11,000本製造(L#581004〜591530)

本体台数とレンズ本数の乖離あり。レンズベースの11,000台が実数。

理由は、同年(1958)発売のWalz 35-SVのB#(B#3,493〜14,632)と重複する為と推察。

14,000台の半数ずつ7,000台がWideと35-SVと仮定すると、Wideは18,000-7,000=11,000台で、レンズ本数に一致。

 

■製造番号の事例

 15xxx, 16xxxは欠番

 18,xxxは欠番

B#4776〜21928。

 

L#581004〜591530。

 

■広告、パンフ

Walz Wideは、ケース込で10,800円と格安。

1958年発売機種は、Olympus Wide 2(15,000円)、Minolta Auto Wide(23,000円)、Welmy Wide(6,800円)。

 

■外箱、ケース

 

■マニュアル

英文版、1958年9月印刷。

日本語版は色違い。

 

■最後に

Walz社は1955〜1961年の僅か6年で倒産。

最後の機種はWalz Electric F1.8(1960)ですが、高性能且つ低価格のCanonet(1961)の発売が最後の止めでした。

Wakz Electric 45/1.8付き、本体22,000円+ケース1,500円。連動露出計内蔵。

Canonet 45/1.9付き、本体18,800円+ケース1,700円。EE(AE)。

Walz Wideもワイドブームに便乗し発売されましたが、ブームも一時的で後継機は出ませんでした。

 

ワルツ社もワイドブームに踊らされ

 

■はじめに

今回は35mmワイドレンズ搭載のMamiya WideとWide Eです。

Olympus Wide(1955)が好評で、各社から35mmワイドレンズ付きカメラが続々発売されました。

 

■発売時期

広告にみる国産カメラの歴史(P402)によると、カメラ各紙の掲載と広告が1957年12月号なので、1957年11月発売。

WideとWide Eは同時発売で、写真が並んで掲載されています。(下記参照)

 

■仕様

Mamiya Wideは連動距離計付き。上部に"MAMIYA-35"の刻印。Wideとなっていません。

Mamiya 35IIIと共通ボディで、レンズが異なる。

レンズはMamiya Sekor 35mm F2.8(4群6枚)。

シャッターはLV値付き、Seikosha-MXL(B,1-500、非倍数系列)

 

Mamiya Wide Eはセレン露出計内蔵。その為距離計が省略された、VF(View Finder)モデル。

上部に"Mamiya-35"の刻印はWideと同じ。Wide Eの表示は無い。

レンズは何故か、東京光学製Topcor-M 35mm F2.8(4群6枚のガウス型)。"M"はMamiya向けの意味。

構造図がSekorとTopcorで異なります。

シャッターはWideと同じSeikosha-MXL。

 

■製造番号調査結果

Mamiya Wide 73台確認結果、約4,000台製造。レンズは65本確認するも、番号不連続で本数算出不可。

Mamiya Wide E 48台確認結果、約3,000台製造。レンズは56本確認し、約3,000本で本体と一致。

Wideシリーズ合計7,000台とは意外に少ないですね。Olympus Wideの50,000台と大差。

 

■Mamiya Wideの製造番号事例

B#200014〜204059。

Topcorに換装された事例も2件あり。

 

Sekor L#は不連続で、17,18,20,22万代の4種類。

 

■Mamiya Wide Eの製造番号事例

B#250007〜252794。

Topcor-M L#350012〜352588。

 

■外箱、ケース

 

■マニュアル

 

■広告、パンフ

Wideは21,800円。露出計内蔵Wide Eは22,500円。価格差が700円。

 

■最後に

何故かSekorとTopcor併用のMamiya Wideシリーズです。

レンズも4群6枚と豪華で、連動距離計または露出計内蔵と利便性に優れていますが、販売は低調でした。

Olympus Wideの成功に肖ろうとした目論見は外れました。

 

二本立てどちらにするか迷い道

■はじめに

Olympus Wide(1955)の成功を受け、各社から35mmワイドレンズ付きカメラが発売されました。

KowaからもKallo WideとKallo Wide Fの2機種が発売。

目測式が多い中、いずれも連動距離計付きのワイドカメラです。

 

■Kallo 35W試作機(Prototype)

距離計の無いView Finder(VF)モデルです。前面に"Kallo 35W"のロゴ。下記4台確認。

B#20001、L#143026。

B#20007、L#143004。

B#不明、L#143011。B#不明、L#201001。

製造番号から約10台試作されたようです。

 

■Kallo Wide(1955-12発売。カメラ雑誌の記事、広告が1956-01号なので。広告にみる国産カメラの歴史P382)

Kallo 35のレンズをProminar F.C. 35mm F2.8(4群6枚、ガウス型)に換装したモデル。最短撮影距離50cm。

シャッターはSeikosha-MX(B,1-500、非倍数系列)

 

■Kallw Wide F(1958-01発売。カメラ雑誌の掲載が1958-02号なので)

Kallo Wideにセレン式露出計を内蔵。そのため、巻き上げレバーが底部に移動。

レンズはWideと同じProminar F.C. 35/2.8。

シャッターはLV(Light Value)付き、Seikosha-MXL(B,1-500、非倍数系列)に変更。

 

■コンツールファインダー(Contour Finder)、等倍

右目でファインダー、左目で被写体を見ると、白いフレームが浮かび上がる。

50cm〜∞のパラッラクス補正。5,200円と高価。

 

■Kallo 35F(仮称)

Kallo 35E(48/2.8)にセレン露出計を内蔵したモデルです。区別の為、Kallo 35Fと仮称します。

シャッターもSeikosha-MX(35E)からSeikosha-MXL(35F)に変更され、Kallo Wide Fと同じです。

Kallo Wide F(35/2.8)とレンズ(48/2.8)が異なるだけで、外観は同じです。

広告や雑誌の紹介記事が確認できず、製造番号も僅かなので、少数生産品?

B#65409、65734。Kallo Wide Fと同じ番号体系(B#60070〜62044)なので1958年製造?

48/2.8 L#2522268、2520172

 

■製造番号調査結果のまとめ。

Kallo Wide 224台調査結果、約9,000台製造。【注】36万代は欠番。

Kallo Wide F 47台調査結果、約2,000台製造。合計11,000台。

Kallo Wideの製造番号が30,xxx開始なのは、S30=1955年製造を意味。

Kallo Wide Fはワイドブーム終焉で余り売れなかった。

 

レンズ合計324本の調査結果、約11,000本製造。本体台数と一致。

レンズの製造番号が14+30xx開始なのは、同じくS30=1955年製造を意味。

 

■製造番号の事例(Kallo Wide) 

B#36xxxは欠番。

 

 

■製造番号の事例(Kallo Wide F) 

 

■外箱

Kallo Wide用

Kallo Wide F用も同じ外箱。

 

■マニュアル

Kallo Wide用

Kallo Wide F用

 

■広告、パンフ

Kallo Wide。19,800円(ケース込)、25,000円(コンツールファインダー、ケース込)

Kallo Wide F。22,000円(ケース込)

アクセサリー用

 

■最後に

Kallo WideはKallo 35のボディを流用し、レンズを35/2.8に換装しOlympus Wideの後を追い発売されました。

レンズもOlympus Wide(35/3.5)を凌駕する35/2.8(ガウス型4群6枚)で、連動距離計付きでした。

価格もOlymous Wide 16,900円に対し、Kallo Wide 19,800円は価格性能比で割安です。

でも販売量は、Olympus Wideの50,000台に対し、Kallo Wide 9,000台と大差がつきました。

ネームバリューの差でしょうか?

後継機種のKallo Wide Fは僅か2,000台と低迷し、Wideシリーズは打ち切りとなりました。

 

束の間のブームは去りぬワイドかな

 

■はじめに

今回はMinolta Auto Wide(1958)です。

Olympus Wide(1955)の成功によりワイドブームが到来し、各社から35mmワイドレンズ付きカメラが発売されました。

遅れて発売されたMinolta Auto Wideは、他社とは一味違ったワイドカメラです。

 

■仕様

当時の社名は千代田光学。

露出計内蔵により、巻き上げレバーが底部にあり。KAK(工業デザイナーグループ)に委託した独特のフォルム。

背面のダイヤルを回し、シャッターと絞りをメーター指針に合わせる。名前はAutoですが、マニュアル操作です。

Rokkor 35mm F2.8レンズはガウス型4群6枚。

シャッター銘はCitizen MVL(B,1-500)とCitizen製Optiper MVL(B,1-500)の2種類。シンクロはM,X切り替え。

製造番号順になっておらず、両方が混在。

ファインダーはハーフミラーでは無く、プリズム3枚使用の高級仕様。近距離補正枠付き。

距離計連動では無く目測式。

前期は露出計の左側にEV値付き。後期はEV値が無い。

極く初期は巻き戻し用ボタンが無いが、その後追加。ボタンを押すとも気戻しレバーがポップアップする。

 

■製造番号調査結果

180台調査結果、約17,000台製造(B#100010〜117061)。

レンズ181本確認結果、約19,000本製造(L#1100032〜1119041)。本体と約2,000台相違。

 

■本体製造番号の事例

B#100010〜

B#101070〜

B#104200〜

B#107308〜

B#110229〜

B#113178〜

B#116225〜117061

 

■レンズ製造番号の事例

L#110032〜L#1119041

 

■1958年の広告、パンフ

23,000円(ケース込)

米国の広告。

 

■外箱、ケース

 

■英文マニュアル

日本語版は今回未確認。
 

■最後に

Minolta Auto Wideは35mmワイドレンズ付きブームに遅れて参入しましたが、後継機種は無く、一代限りで終焉。

時代はEE(AE)カメラに移行します。

 

ミノワイドオートと言えど手で操作

 

■はじめに

今回はOlympus Wideシリーズの最高峰、1957年発売のWide-S(Super)です。

シャッターを倍数系列のSeikosha-SLVに変更したモデルは、Wide Super 2となります。

但し、ボデイの型名表示は”WIDE-S"のままで、広告やマニュアルはWide Super 2。

大口径35mm F2、連動距離計、ブライトフレーム、等高級仕立て。

 

■仕様

Olympus 35SII(1957)と共通ボディ。

Olympus 35-S(1957)は35SIIとレンズが異なる。

黒塗りもあり。背面にはLV換算表。

初期はH.Zuiko F.C. 35/2(6群8枚)。その後、H.Zuiko-W 35/2に変更。

Wide-S(Super)はH.Zuiko 35mm F2付き。連動距離計。ブライトフrーム。

前期のシャッターは35SIIと同じSeikosha-MXL(B,1-500)、旧系列。

後期は倍数系列のSeikosha-SLV(B,1-500)。型名は"Wide Super 2"。下記参照。

 

■製造番号調査結果

239台のサンプル確認結果、合計約17,000台製造。

218本のレンズ確認結果、合計約17,000本で、本体と一致。

 

■製造番号の事例

Seikosha- MXL付きは、B#10024〜112048。B#191478〜192965。

Seikosha-SLV付きは、B#109533〜113422。

黒塗りの事例。

米国Sears向けOEMのTower 20の事例。

 

■レンズ製造番号の事例

Seikosha-MXL付きは、L#100025〜115187。

"H.Zuiko F.C."銘はL#100648迄。L#100685以降は"H.Zuiko-W"銘。

Seikosha-SLV付きは、L#115380〜117487。

 

■外箱

Seikosha-MXL付きは、Wide Superと表示。

Seikosha-SLV付きは、Wide Super 2と表示。

 

■ケース

 

■マニュアル

Wide Super

Wide Super 2。1957(S32)年11月印刷。

 

■広告、パンフ

Wide Super。37,000円、

Wide Super 2パンフ。1958(S33)年12月印刷。

 

■最後に

Olympus Wide-S(Super)の後継機は無く、大口径35mmワイドレンズ、連動距離計モデルは一代限りです。

製造台数も約17,000台と結構売れたようですが、EE(AE)化の流れに勝てませんでした。

 

スーパーはレンズも豪華距離計も

 

■はじめに

今回はOlympus Wideシリーズの最終機種、Wide 2です。

前機種のWide-Eはセレン式露出計内蔵でしたが、Wide 2で初代Wideと同じ露出計無しのモデルに回帰しました。

Wide 2は実質2種類あり、初代から更に値下げしています。

1955年、Wide(16,900円)

1958年、Wide 2(15,900円)

1959年、Wide Wマーク付き(11,500円)。初代と同じWide銘なので区別する為、以下"Wide 2W"と記載します。

 

■仕様

Wide 2(1958)                      Wide 2W(1959)、Wマーク付き

 

初代Wideと基本仕様はほぼ同じです。

レンズはD. Zuiko-W F.C. 35/3.5(3群4枚)。

シャッターはCopal MXV(B, 1-500)に変更。

ファインダーも同じブライトフレーム、近距離補正マーク付き。距離計は無く、目測。

 

■製造番号調査結果

98台のサンプル確認結果、合計35,000台製造。

 

Wideシリーズ総計では約110,000台。

 

レンズは総計約106,000本。本体台数とほぼ一致。

 

■Body製造番号の事例

Wide2はB#10094〜118068。

Wide 2WはB#108617〜135138。

 

■Lens製造番号の事例

L#154418〜205462

 

■外箱

Wide 2

Wide 2のPrice Tag。15,900円。

 

Wide 2W。Wide 2とデザイン、色が異なる。

 

■マニュアル

Wide 2

 

Wide 2W (Wマーク付き)

 

■広告、パンフ

Wide 2。15,900円(ケース込)。

 

Wide 2W。11,500円(ケース込)

 

■最後に

Olympus Wide 2、Wide 2Wで更なる低価格化を推進してのは、業界の価格競争を反映したものでしょうか?

便利な露出計を内蔵せず、シンプルな操作性とデザインで延命化を図ったのでしょう。

でも、時代はAE(EE)化と標準レンズの大口径化の流れで、Wideシリーズの役割は終えたようです。

 

二番手は値段を下げて延命化

■はじめに

前回のOlympus Wide(1955年)に続き、今回はOlympus Wode-E(1957年)です。

Wideに露出計を内蔵し、巻き上げもノブからレバー式になりました。

 

■仕様

非連動セレン式露出計を内蔵。巻き戻しノブに露出換算盤。着脱式の露出計カバーもあり。

レンズはWideと同じ、D. Zuiko W F.C. 35mm F3.5。

シャッターはCopal MXからCopax-MXVに変更。旧系列(B,1,2,5,10,25,100,250,500)。

セレン式露計内蔵により、ファインダーはブライトフレームからアルバダ式に変更。

Wideと同じく連動距離計は無く、目測で焦点調整。近距離補正マーク付き。

価格はWideの16,900円から、18,900円にアップ。(下記参照)

 

■製造番号調査結果

135台のサンプル確認結果、約26,000台製造。Wideの50,000台から半減です。

最終期に米国Sears向けOEM Tower 54を製造。(下記参照)

 

■Body#

B#10026〜125935。終盤(B#12万代以降)に米国Sears向けOEM、Tower 54の事例あり。

EPマーク付きの事例。駐留米軍向けExchange Post(EP)は物品税免税の為の表示。

 

■Lens#

L#136281〜190022。レンズの製造番号は、前半はWideと、後半はWide IIとオーバーラップ。

 

■広告、パンフ

16,900円。

 

■外箱、ケース

 

■マニュアル

表紙は日英共通。印刷コードから、S32(1957)年10月、S33(1958)年8月発行。

 

■最後に

Olympus Wideの成功に続き、露出計内蔵のWide-Eですが、期待に反し販売はWideの半分と低迷。

便利さよりも、操作性やデザインが影響したのでしょうか?

それとも、他社競合機種との市場の奪い合いが原因?

以降、Wideシリーズで露出計の搭載は無く、後継機種はWideの廉価版でした。

 

セレン入れブライト無くし良い(E)ワイド

 

 

■はじめに

今回は35mmワイドレンズカメラの先駆けとなった、Olympus Wideです。

Olympus Wideの成功により、各社から続々と35mmワイド付きカメラが発売されました。

 

1955年:Olympus Wide(35/3.5)、Kowa Kallo Wide(35/2.8)


1957年:Olympus Wide E(35/3.5)、Olympus Wide S(35/2)

1957年:Mamiya Wide(35/2.8)、Mamiya Wide E(35/2.8)、Kowa Kallo Wide F(35/2.8)

1958年:Olympus Wide II(35/3.5)、Minolta Auto Wide(35/2.8)

1958年:Walz Wide(35/2.8)、Welmy Wide(35/3.5)

 

■Olympus Wideの仕様

D.Zuiko-W F.C. 35mm F3.5(3群4枚のTessar型)

ファインダーはブライトフレーム付き。目測。シャッターは旧系列の、Copal-MX(B,1〜300)。

 

■製造番号調査結果

86台の製造番号確認結果、B#100047〜150071で約50,000台製造。

 

L#101106〜150756で。約50,000本。本体台数と一致。

 

■外箱、ケース

 

■マニュアル、パンフ

日本語版。16,900円(ケース込)

英文版

 

■最後に

1955年から始まったワイドブームは長続きしなかったようです。

1961年01月発売の初代Canonetの成功により、メーカ各社は大口径EE(AE)カメラに移行します。

 

初物でワイドに写すカメラかな