見よう見まねのブログ

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CameraやPCなど、見よう見まねの悪戦苦闘

■はじめに

前回のZunow L39 5cm F1.9に続き、今回はMiranda T(1955)用Zunow 5cm F1.9です。

当初、大船光学機械製作所製Ofunar 5cm F1.9も少量登載。

でも、直ぐに帝国光学工業製Zunow 5cm F1.9に切り替わったようです。

 

■Zunow 5cm F1.9 for Miranda T概要

4群7枚構成の変形ガウス型。Miranda用M44 Screw Mout。プリセット絞り(F1.9〜F16)。

40cm(16 inch)まで接写可能。Feet(∞-3ft)が黒字、Inch(28"-16")が赤字の表示。

【注】通説では最短1.5ft(45cm)ですが間違い。実物は16"(40cm)です。当時の広告にも40cmと記載(下記)。

前期はTeikoku Kogaku(帝国光学工業)銘、後期はZunow Opt.(ズノー光学工業)銘。1956年12月社名変更に伴うもの。

Miranda Tも前期はOrion Camera Co.銘。

後期はMiranda Camera Co.銘。1957年社名変更に伴うもの。

「広告にみる国産カメラの歴史」P370によると、1957年05月の広告からミランダカメラ株式会社になっている。

 

■製造番号調査結果

                                  158本のレンズ番号を確認結果、合計約3,000本製造。

1955〜1956年帝国光学製が300本、1957年以降ズノー光学製が2,700本となりますが、少し変です。

1955〜1956年の製造本数が少な過ぎます。

 

■Zunow 5cm F1.9製造番号の事例

1955年10月の広告写真(下記)では、L#550514。試作品で頭が"55"なので1955年製造。続く"0514"は5月14日を意味?


9,500番代以降、Teikoku Kogaku銘

9,800番代以降、Zunow Opt.銘

10,000番代

11,000番代

12,000番代は欠番

13,000〜14,000番代。何故か少数。Mirandaの要請で追加製造?

 

■Miranda Tの初期の製造番号調査結果

Orion銘(1955〜1956)は、B#554154〜556114。

Miranda銘(1957〜)は、B#554304〜。完全に番号がオーバーラップしています。

これではOrion銘の台数が不明。社名変更に伴う製造番号体系の整合性がありません。

大凡、サンプル数の比率から、Orion銘は約2,00台弱と推察。

Orion Camera銘の前板在庫品を社名変更後も混在流用したのでしょうか?

更に、Miranda Camera銘の前板は、改造や、修理の際にOrion Camera銘の前板と交換した?

それなら、544,000番代の若い番号にMiranda Camera銘前板の組み合わせが可能です。

Orion銘前板総数は上記製造番号調査結果から、約2,000枚と推定。

 

■大船光学製Ofunar 5cm F1.9

この謎を解くひとつの鍵は、限定製造された大船光学機械製作所製Ofunar 5cm F.1.9です。

鏡筒のデザインは一部相違あるもほぼ同一。レンズ構造図も4群7枚構成の変形ガウス型でZunowと同じとか。

理由は設計者が同じで、元日本光学の国友健司氏。帝国光学でZunow 5cm F1.1後期型の設計にも従事。

Ofunar製造番号調査結果、L#M 18289〜M 18369で、約500本製造。"M"はMiranda用の意味でしょう。

Teikoku銘Zunow 300本+Ofunar銘500本=800本。

Miranda Tの初期は大船光学製と帝国光学製が併用されていたようです。

従って、Orion Camera時代(1955〜1956年)のMiranda T製造台数は約800台と推定します。

いずれにせよ、Orion銘Miranda TとTeikoku銘Zunow/Ofunarの台数/本数の乖離は今後の調査課題ですね。

 

■大船光学について

では何故、Zunow銘で下請け(OEM)製造では無く、大船光学製Ofunarを製造したのでしょう?

大船光学の前身は、戦前富岡光学の大船工場(神奈川県鎌倉市)。戦後、大船光学として独立。

当時の広告掲載品目は3機種。高性能50/1.9レンズの製造技術があったとは思えません。

(1)二眼レフのOfunaflex、30,000円。

(2)スプリングカメラのOfuna Six、15,000円。

(3)引き伸ばしレンズのE-Ofunar 50/3.5、4,300円(1953)。E-Ofuner 75/3.5、4,300円(1953)、3,100円(1954)。

(左)1953年広告、(右)1954年広告

 

広告以外に、

(4)127 film使用4x4cm版二眼レフのHerlite

(5)引き伸ばしレンズのE-Ofunar 80/3.5

(6)8mm用D-MoutのCine OFUNAR

 

■広告

1955年10月の広告。Orion Camera銘。Zunow F1.9 50cm付。40cm迄接近可能。

その後、Zunow 50/1.9付き57,000円の表示。

いずれにしても、Ofunar 5cm F1.9付きの広告は確認できませんでした。

1957年米国広告では、US$199.55。Miranda Camera銘。

 

■最後に

Miranda T用Zunow 5cm F1.9は総数約3,000本製造と結構多いですね。

その中でも旧帝国光学銘のレンズは約300本と希少です。

Ofunar 5cm F1.9も謎のレンズで、同じくレアです。

現在はMirandaで使うより、マウントアダプター経由ミラーレスで利用する方が多いようです。

 

マニュアルで絞って使うズノーなら

■はじめに

今回はZunow L39 5cm F1.9です。Zunowの中で最も本数が少ない、将に幻のレンズです。

1955年の広告にはMitanda T用と同時掲載されていますが、実際には販売されなかったようです。

その為、本数も試作品レベルの10本程度と推察します。

 

■概要

Zunow L39 5cm F1.9はL#8010のみ確認。

Teikoku Kogaku(帝国光学工業)銘なので、1956年12月ズノー光学工業に社名変更前の製造。

Miranda T(1955年発売)用M44 ScrewマウントZunow 5cm F1.9と同じ構造図(4群7枚)。

但し、LeicaとMirandaではフランジバックが異なるので、L39用は鏡筒がその分長くなります。

Miranda用LMマウントアダプターをつけると、同じ程度(LMは1mm長い)になります。

Miranda T用Zunow 5cm F1.9の製造番号はL#9000番代からなので、L39 5cm F1.9(L#8010)が先行して製造されたようです。

 

■1955年当時の広告

Zunow 50mm F1.9 "ライカ、ミランダ用"は、Zunow 50mm F1.1、50mm F1.3と同時掲載。

但し、価格記載が有りません。

【注】50mm F1.1は"新種ガラスによる改良型"で後期型ですが、構造図は前期型のピンポン玉です。掲載ミス?

この広告から、Zunow 50mm F1.9の構造図はライカ用とミランダ用が同じと推察。

 

■最後に

Zunow L39 5cm F1.9が量産化されず、試作品レベルに留まった理由として考えられるのは、

(1)各社5cm標準レンズ付きで販売されているので、単品としての市場性が無い。広角や望遠なら可能性あり。

(2)Miranad T(一眼レフ)用レンズをL39に流用すると、フランジバックの関係上鏡筒が長くなり不格好。

(3)4群7枚の構造なのでコスト高。

 

広告に掲載あるも現物は

■はじめに

今回はZunow 10cm F2です。これも台数が少なく、幻のレンズです。

Zunowのレンズは希少品が多いですね。

 

■概要

 

発売日はwikiでは1956年ですが、銘板の会社銘が"Zunow Opt."となっており、1957年と判断。

レンズ構成は3群6枚。L39マウント。Meter/Feet併記。

 

■製造番号の事例

L#30004〜30150。合計約200本製造。

 

■広告

1957年、ズノー光学工業の広告。100/2は34,800円で35/1.7と同じ価格。下記FOB価格は差異あり。

1956年7月付US Camera広告にも100/2が掲載。Zunow Opt.銘板は1957年以降なので矛盾。

更に、現物はL39だけなのに、Contax、Nikon S用も記載で、この点も不整合。

FOB価格はUS$53。35/1.7のUS$46より高い。

 

■最後に

Zunowのレンズはいろいろ謎が多いですね。

10cm F2も、製造本数が少なく、ビジネスとしては失敗だったようです。

製造が難しく本数が少なかったのか?売れ行き不振で製造を打ち切ったのか?

 

Zunowのレンズで数が多いのは、

(1)Elmo、Yashicaへの8mm用レンズ

(2)Neoca 35mm Rangfinder用4.5cm F1.8 & F2.8

(3)Miranda T用M44 Screw Mount 5cm F1.9

 

少しだけ作って終わりズノー的

■はじめに

今回はL39マウントのZunow 3.5cm F1.7です。非常に数が少なく、幻のレンズです。

 

■概要

発売日はwikiによると、1954年ですが、間違いです。1954年発売の証拠(新製品記事、広告など)がありません。

銘板の会社銘が"Zunow Opt.(ズノー光学工業)"となっており、1956年12月の社名変更以降の製造。

但し、1956年7月付けUS Cameraの広告に35mm F1.7の記載あり。不思議ですね。広告のみ先行した?

尚、現物表示は3.5cmなのに、広告では全て35mmです。

こちらの英文パンフには35mm F1.7の記載無く、35mm F1.5が掲載.。35/1.5は製造履歴無く、F1.7の誤記?

それとも、35/1.5にはマウントの記載無く、計画品?50/1.1、58/1.1、25/1.1はマウント記載あり。

1957年、ズノー光学工業の広告には35mm F1.7が記載。1957年発売の証拠。こちらもmm表示。

3.5cm F1.7の構造図は5群7枚。

初期はCrome、その後全てBlack。距離目盛りはいずれもFeet。米国向けを想定。

マウントは全てL39。上記米国広告ではNikon S、Contaxの記載あるも、今回確認できず。計画のみ?

 

■製造番号調査結果

15本の製造番号確認結果、約400本製造。非常に少ないですね。

番号が飛んでいる理由は不明ですが、100本ロットで4回製造。

 

■製造番号の事例

製造番号不明の初期Crome。

L#10046はBlack。

L#10056はCrome。以下、全てBlack。

L#10046〜10166。

L#11xxxは欠番。

L#12007〜12580

 

■外箱

Zunow Optical Industry Co., LTD.(ズノー光学工業)銘。for LEICA L39 Mount。

 

■Lens Cap

 

■35mm F3.5偽物(Fake)

ZUNOW銘35mm F3.5。L#4010K。製造履歴に無いレンズです。製造番号も奇妙。

1956年12月以前なら、Teikoku Kogaku。以降なら、Zunow Opt.の社名がある筈。

 

調査結果、W. Komura 35mm F3.5(1956)の銘板を偽装したレンズと判明。

大手の約半値で良く売れたレンズです。

外見と黒のレンズフードが一致します。

ロシア製カメラやレンズを、希少で高価なLeicaなどに偽装する事例は多くあります。

日本製レンズの偽装例は初めて見ました。でも、銘板のみの偽装は安直ですね。

 

■最後に

Zunow 3.5cm F1.7は総数約400本の製造に留まりました。

製造上の理由で少数で打ち切った?それとも余り売れなかった?

いずれにせよ、滅多にお目に掛かることの無い、幻のレンズです。

 

希少価値偽物もあり要注意

■はじめに

前回のZunow 5cm F1.1に続き、今回は5cm F1.3です。

F1.1の検査落ちの再生利用品で、構造図(4群8枚)は同じです。

 

■Zunow 5cm F1.3の仕様

構造図は5cm F1.1の再生流用なので同じ、4群8枚。

全てfeet表示。クローム仕上げ。(上)L#7033〜7120はL39。(下)L#7121のみContaxマウント。

Teikoku Kogaku(帝国光学工業)銘なので、1956年12月ズノー光学工業に社名変更前の製造。

下記記事より、1955年08月発売。

 

■調査結果のまとめ

15本の製造番号を確認結果、約130本製造。

 

■5cm F1.3の製造番号事例

L#7033〜7119はL39、L#7121のみContaxマウント。

 

■外箱

TEIKOKU OPTICAL INDUSTRY Co., LTD.(帝国光学工業)銘。レンズ銘と一致。

 

■Lens Cap

クローム

 

■記事

Zunow 5cm F1.1とF1.3の構造図が同じで、F1.3はF1.1のロット落ち流用を裏付け。

5cm F1.1は1954(S29)年08月発売、95,000円

5cm F1.3は1955(S30)年08月発売、53,000年とF1.1の約半値。

発売当時は、"ズノー光学工業"では無く、"帝国光学工業"。

 

■最後に

Zunow 5cm F1.3はF1.1のロット落ち品の再生利用なので、数が少ないです。

その希少価値ゆえ、F1.1より高価で取引されています。Leica B型と同じですね。

 

検査落ち勿体なくて再利用

 

■はじめに

今回は歴史的大口径レンズの、Zunow 5cm F1.1です。

他社に先駆け、大口径レンズを世に送り出したズノーですが、量産化に苦労したようです。

残念ながらズノーは1961年1月に倒産しました。

 

■ズノーの歴史

1954年08月、5cm F1.1前期型(通称、ピンポン玉、4群9枚)を発売。

        日本光学工業(後のニコン)出身の浜野道三郎氏が開発。
1954年、帝国光学工業株式会社に社名変更。旧社名は帝国光学研究所。

1955年、5cm F1.1後期型(後玉を非突出面に改良した、4群8枚)

      日本光学工業出身の国友健司氏、八洲光学工業出身の藤陵厳達氏が改良。

      これに伴い、前期型のレンズを後期型への改修サービスを実施。

1955年08月、5cm F1.3を発売(F1.1の検査落ちを再生利用)

1956年12月、ズノー光学工業株式会社に社名変更

1960年、5cm F1.1(4群9枚)を製造。未発売?

1961年01月01日、倒産(1960年Neoca, Arco倒産の余波受け)

 

■5cm F1.1仕様

前期型は後玉が突出(ピンポン玉)、4群9枚。L#35xx〜。但し、後期型に改造事例あり。

後期型は後玉が非突出、4群8枚。L#5265〜全てこのタイプ。

最終期(L#7xxx)は全黒色の、4群9枚(構造図未確認)

 

■マウントは以下の6種類。

L39。色はクロ-ム、前縁黒、全黒。

Contax。色はクロ-ム、前縁黒。

Nikon S。色はクロ-ム、中間黒。

ムービー用Bell & Howell Eyemo。クローム。

ムービー用Michell Camera。クローム。

ムービー用16mm(今回未確認)

 

展示Sample用は、後玉無し、絞りとヘリコイドは固定で操作不可。

 

■絞りの位置

初期、L#3532〜3613は絞りが下部。

L#3660以降は絞りが上部に移動。

 

■絞りの方向

Teikoku Kogaku銘は、F1.1が左 or 右。

Zunow Opt.銘は、全てF1.1が右。

 

■ZUNOW or S-ZUNOW。コーティングの違い?

通常は"ZUNOW"

"S-ZUNOW"の事例は、8件確認。

 

■距離表示

殆ど全てがFeetなるも、

一部、Meterがあり。L#6296、L#7087。

 

■製造番号調査結果

118本の製造番号を確認結果、約2,000本製造(Teikoku Kogaku銘1,000 + Zunow Opt. 銘1,000)。

Teikoku Kogaku銘からZunow Opt.銘への切り替えはL#5500代で、番号がオーバーラップしている。

 

■5cm F1.1の製造番号事例

(1)Teikoku Kogaku銘(L#3532〜4053)

 Eyemo用

 後玉無し

 後玉無し

 後期型に改造

 Michell用をLMに改造

 

(2)Teikoku Kogaku銘(L#5022〜5265)

 後期型に改造

 ピンポン玉

 後期型

 

(3)以下、全て後期型(L#5313〜5987)

駐留米軍売店で販売された<EP>マーク付き。物品税免税品の表示。

 Michellマウント

 

(4)Zunow Opt.銘(L#5520〜5987)

 

 Nikon S Black

 

(5)Zunow Opt.銘(L#6,000〜6579)

 Eyemo用

 Eyemo用

 

(6)Zunow Opt.銘(L#7,025〜7087)

 

■外箱

ズノー光学(Zunow Optical Industry Co. Ltd.)銘

 

■Lens Cap

クロームと黒の2種類

 

■広告、記事、パンフ

1953年12月15日付The Camera Times。(左)浜野道三郎工場長。(右)鈴木作太社長。

現在月産50個程度。対米市場への進出を中心とします。輸出FOB価格は150ドルです。

【注】下記Price ListではFOB US$70。

1954年春に300個、秋に1,500個の量産計画。5cm F1.0の設計も終え、1954年に制作予定。【注】未実現

1954年12月写真工業記事。9月三越で発表会を催した。

マウントは、Leica、Contax, Eyemo、Michell、16mm用の5種類。【注】Nikon Sが抜けている。

Zunow 5cm F1.1とF1.3の構造図が同じで、F1.3はF1.1のロット落ち流用を裏付け。

5cm F1.1は1954(S29)年08月発売、95,000円

5cm F1.3は1955(S30)年08月発売、53,000年とF1.1の約半値。

ズノー光学工業は間違いで、帝国光学工業が当時の社名。

1957年広告。35/1.7 34,800円、50/1.1 95,000円、100/2 34,800円。ズノー光学工業。

1956年07月 US Camera広告。50/1.1はLeica、Contax、Canon、Nikon用。

米国代理店パンフでは、Leica、Canon、Contax、Nikon、Eyemo、Michel(Michellの誤記)、etc。

Zunowレンズの総合カタログ。帝国光学工業銘。

FOB(Free On Board)価格は、50/1.1(Leica/Contax) US$70、35/1.7(Leica) US$46、100/2(Leica) US$53。

 

■最後に

Zunow 5cm F1.1は世界初と華々しくデビューしたものの、量産立ち上げに苦労したようです。

1953年12月発表後、発売は翌年8月(三越新製品発表会は9月)。

国内、米国向け総数2,000台余りと量産にしては数が少ない。

製品検査後の歩留まりが悪く、5cm F1.3に再生流用もしています。

 

明るさで一世風靡今は無く

 

■はじめに

今回はズノー光学工業(株)の歴史的一眼レフ、Zunow(1958)です。別名、Zunowflex。

レンズ専業メーカーのズノーが初めて製造した、完全自動絞り、クイックリターンミラーの一眼レフです。

残念ながら不良返品が相次ぎ、大半が破棄され、現存品は僅か。しかも動作品は殆ど無いという悲劇のカメラです。

レンズメーカーなのでカメラ製造ノウハウが無かったうえ、設計者退社も影響したのでしょう。

ニコンもNikon I型の初期不良に苦しみましたが、その後改良を重ね、高信頼性の世界的名声を確立しました。

 

■経緯

1956年、開発がスタート。設計者は千代田光学(のちのミノルタ)でMinolta 35などの開発に従事した荒尾清氏。

デザインは、本体、外箱、取説を含め、GKインダストリアル研究所。

1958年04月25日、東京の椿山荘で記者発表会を開き、試作品が公開。直後、荒尾清氏が退社。
1958年08月05日、三越日本橋本店で新製品発表会(下記参照)

 

一説には、2,000台ロットの部品が手配され、約500台が製造。

 

2017-02-21付月刊ビデオαの、エース光学代表取締役鈴木健男氏(当時のズノーの社長のご子息)インタビュー記事

https://zunow.co.jp/pdf/zunow_interview.pdf

によると、「1958年にズノーブランドの一眼レフカメラができあがるのですが、

部品関係のほとんどを外注にだしており、組み立てだけをやっていたということもあり、

歩留まりが非常に悪く故障も多かった。実際に売れたのは200台ほどだったと思います。」

 

1960年01月01付でズノーは倒産。レンズ供給先のネオカ、アルコの倒産、Zunowの不良返品などが影響。

倒産後、ヤシカがズノーを買収。

 

■概要

自動絞り、クイックリターンミラー登載。ペンタプリズムは着脱可能。

裏蓋を取り外し、400枚撮りマガジンが装着可能。モータードライブ用機構もあり。いずれも未発売。

シャッターは倍数系列(B,1-1000)で中間速度可能。

交換レンズは4種類。

左から、35/2.8、50/1.8、58/1.2、100/2.0。

35mm F2.8(5群6枚)。

50mm F1.8(5群6枚)。

58mm F1.2(5群7枚)。

100mm F2.0(3群6枚)。

 

■製造番号調査結果のまとめ

1958年製造は約300台。背面左肩に製造番号。

1959年製造は約900台。背面右肩に製造番号が移動。

合計1,200台製造。通説の500台より多いが、製品不良による歩留まりが悪い(50%以下)ことによる乖離?

1958年製造分の残存数が少ないのは、殆どが故障返品で破棄された為?

1959年製造分は故障対策改良があるも、恒久的対策にならず、返品が相次いだ模様。

 

一方、50/1.8レンズは約1,000 or 1,400本製造。1,000番代以降は欠番?

いずれにせよ、本体とレンズの製造台数は約1,000台(本)でほぼ一致。

 

35/2.8は100本余り。58/1.2、100/2.0は数10本と少ない。(下記参照)

 

■本体製造番号の事例

(1)1958年試作品(Prototype)。背面左肩に製造番号。

Z2 581113、Z2 581185

ZC-H.60001。Zunow唯一の黒色塗装品。

 

(2)1958年製造。背面左肩に製造番号。

#1958113、#1958260

 

(3)1959年製造。背面右肩に製造番号が移動。

#195984〜195988

 

■レンズ製造番号の事例

35/1.8はL#10,xxx。50/1.8はL#20,xxx。58/1.2はL#30,xxx & 90,001。100/2.0はL#40,xxx。

と頭が1〜4の順番になっています。

 

(1)35/2.8

L#10039〜10125

 

(2)50/1.8

L#20073〜21392

 

(3)58/1.2

L#30008, 30050, 90004(1959年製造?)

 

(4)100/2.0

L#40003, 40014, 40019

 

(5)計画のみで未発売のレンズ

200/4.0, 400/5.6, 800/8。

 

■外箱、ケース

 

■広告、パンフ

1958年08月、三越日本橋本店で新製品発表会。「世界で最初に実現した完全自動絞りシステム」を謳う。

58/1.8付108,500円、50/1.8付き58,500円、36/2.8 24,800円、100/2.0 34,000円。

400枚撮マガジン、モータードライブ等は計画中(結局、発売されず)。

 

1958年広告。

1958年パンフ。

1959年04月広告。

1959年07月日本カメラの広告。これが今回確認できた最終広告。発売後僅か1年で終了。

折しも、1959年にはNikon Fなどの発売が相次ぎ、一眼レフが主流となりました。

たとえZunow存続していても、Nikon Fなど大手メーカーに太刀打ちできなかったでしょう。

 

■最後に

Zunowは最新鋭の機構を組み込んだ一眼レフで、デザイン事務所による外観など魅力的なカメラです。

でも、製造技術が追いつかず、故障による返品が相次ぎ、僅か1年で市場から消え去りました。

大半が廃却され、ごく少数が現存するのみ。歴史的にも重要で、希少価値の高いカメラです。

 

最新鋭謳ったけど実態は

■はじめに

前回のYashica Lynx-14の後継機種、Lynx 14-E(45/1.4付き)です。何故か、海外専用機。

1968年に姉妹機Lynx-5000E(45/1.8付き)と同時発売されました。こちたは国内でも販売。

基本仕様は同じですが、IC回路化したマイナーチェンジ版です。前面に"-IC-"の表示あり。

 

Lynx(リンクス)は読みづらい難解な型名ですね。

Lynx=オオヤマネコは、ギリシャ語に由来し"光"の意味。Luxと同義語。

オオヤマネコの眼が暗闇でも良く見えることから、古代ローマでは観察眼の鋭さを「オオヤマネコの眼」と表現。

英語では、lynx-eyed 「オオヤマネコの眼をした」は「鋭い眼」を意味。

F1.4大口径レンズ登載で暗い所でも撮影可能なので、Lynxと命名したようです。

 

■概要

前面向かって左下に露出計のスイッチあり。裏面には使用説明銘板。

レンズはYashinon-DX 45mm F1.4(5群7枚)でLynx-14と同じ。

シャッターもCopal-SVE(B,1-500)でLynx-14と同じ。

Lynx-5000Eは、Copal-SV(B,1-1000)。Lynx-1000, 5000と同じ。

 

■製造番号調査結果のまとめ

170台のサンプル確認結果、製造期間は1968〜1972年の5年間。但し、1971〜1972年は断続あり。

1968年はLynx-5000Eと製造番号が重複。1969年以降、Lynx-5000Eは香港に製造移管(HONG KONG or H xxxxxx)。

 

■製造番号の事例

1968年製(頭が8)

 



1968年製(頭が9)

 

1970年製(頭が0)

 

1971年製(頭が1)

 

1972年製(頭が2)

 

■外箱、ケース

 

■JCII検査合格証

1967年(頭が7)

1968年(頭が8)

1969年(頭が9)

1970年(頭が0)

1971年(頭が1)

 

■マニュアル(2種類あり)

英文版

複数言語版

複数言語版の印刷コードに年月表示(1969-12, 1971-04, 1972-01)あり。

 

こちらは、Linx-5000Eのマニュアル。複数言語版は1970-12, 1971-06印刷。

 

■広告

英文版広告には、Lynx-14E & Lynx-5000Eが同時掲載。”E"は、Electronic Exposureの意味。

Lynx-5000Eの日本語パンフ。

 

■最後に

Lynx-14Eは海外専用機ですが、その理由は不明です。

Electro-35やLynx-5000Eは国内でも販売されているのに。。。

いれずれにせよ、Yashica 35mmレンズシャッター機最後の大口径F1.4登載機種です。

 

大目玉IC入れてリニューアル

■はじめに

前回はMamiya 35 Duper Deluxe 48mm F1.5でしたが、今回はYashica Lynx 14 45mm F1.4です。

この時期、レンズシャター機に大口径レンズを装着するのがブームだったようです。

 

■Yashica Lynx 14(1965)の概要

発売:1965年。翌1966年にElectro 35(45mm F1.7)が発売されます。

ベストセラーのElectro 35シリーズとLynxシリーズは併売されます。それぞれに需要があったようです。

価格:Lynx 14は25,800円。Electro 35は23,200円。いずれもケース込価格。大口径のLynx 14が少し高い。

レンズ:Yashinon-DX 45mm F1.4(5群7枚)

シャッター:Copal SVE(B,1-500)。当初、黒帯。その後クローム仕上げに。

CdS露出計は上部にあり、OVER - UNDERの表示。

 

■製造番号調査結果

359台のサンプル確認結果、約100,000台製造。

Yashicaの製造番号体系は、年+月+連番(Y + MM + #####)。月により生産台数が異なり、月産1,000〜5,000台で推移。

1966年の生産台数が少ないのは、Electro 35製造に注力した為?

1965年2月製造はマニュアル掲載分で、試作機と思われる。

量産期間は1965年4月〜1968年2月の約3年間。1968年には後継機種のLynx 14E(輸出専用機)が発売。

 

■製造番号の事例

1965年製造

1966年製造

1967年製造

1968年製造

 

■EPマーク

駐留米軍の売店(PX)で販売された"Exchange Post"の略称で、物品税免税の識別マーク。

 

■JCII検査合格票

検査年は、6xは1966年、7xは1967年

 

■外箱

 

■マニュアル

日本語版、英文版

 

■広告、パンフ

 

■最後に

Yashica LynxシリーズはElectro 35シリーズと併売ですが、販売量では大きく水を開けられています。

価格大差ないので、マニュアルとEE(AE)の使い勝手の差でしょうか?

Lynx 14は数少ない大口径レンズ登載のレンズシャッター機です。

でも、近接撮影可能な一眼レフには到底太刀打ちできず、やがて姿を消します。

 

大口径作ったけれど伸び悩み

 

■はじめに

今回は、前回ブログのMamiya 35 Super Deluxe用48mm F1.5レンズに特化した調査です。

Body#が3種類(48/1.5、48/1.7、48/2)のレンズで共通なので、それぞれの製造台数が不明です。

今回、F1.5の調査で台数を特定しました。

 

■仕様

Mamiya-Sekor 48mm F1.5(5群7枚)

 

■レンズ製造番号調査結果

266本のレンズ製造番号確認結果、約21,000本製造。

Mamiya 35 Super Deluxe総数が50,000台なので、約40%を占める。

6桁は#0001〜で、各1,000本。7桁は#2001〜で、1,000〜5,000本。

 

L#10013〜113199。

 

■最後に

Mamiya 35 Super Deluxeが発売された1964(S39)年は東京オリンピック開催の年です。

東京オリンピック景気で湧いた時代です。

ベストセラーのPentax SPが発売されました。

NikonもS3 Olympic Model(Black)を翌1965年に復刻生産。

でも、Mamiyaを始め、レンズシャッター機に大口径レンズを搭載する事例は長続きせんでした。

所詮、一時のブーム、徒花でした。

 

オリンピア夢を追いかけ大口径