フランソワーズがアルベルトと一緒に居た頃、
ジョーは一人 セーヌの河岸に佇んでいた。
ジョーはふと昨夜の出来事を思い起こし、フランソワーズが自分に投げかけた言葉を心の中で反すうした。
そして思った。どれほど今までフランソワーズに対してして来た事が、彼女の心を傷付けて居たのかを…。
彼女の幸せの為に良かれと思っていた事が裏目に出てしまったのだ。
フランソワーズが自分を忘れる為に他の男に心を移してしまった事を、ジョーは責める気にはなれなかった。
全て、自分が撒いた種なのだから…。
( フランソワーズ…)
脳裡にフランソワーズの美しい姿が浮かぶ…。
舞台の上で舞うその姿は、ジョーの心を捉えて離さなかった。
「 僕は君の事を…。」
そう呟いた時だった。
「 探したぜ、ジョー。」
不意に後ろから声を掛けられ、ジョーは思わず後ろを振り返った。
そこには、ジェットとグレートが立っていた。
「 ジェット…それにグレート。どうしてここに…?」
「 なあに…ジェットの旦那が、どうしてもジョーを一人にして置けないって聞かなくてね。
それでここを探し当てたって言う訳さ。」
そうグレートは少し申し訳なさそうに答えた。
一人になりたいと、そう彼等に告げて、ジョーはその日はパリ・オペラ座には行こうともせず、
昼前に宿泊しているホテルを出て行ったきりだった。
そんなジョーを、放って置く気にはなれず、結局
ジェットもグレートもこの場所に来たのだ。
「 悪いな、ジョー。落ち込んでいる所に俺たちが邪魔しちまって…。」
相変わらず、ジェットは皮肉っぽい笑みを浮かべている。
「 別に構わないさ…。」
ジョーはそんなジェットとグレートを一瞬だけ
目をやると、再びセーヌ川に視線を落とした。
ジェットは背中を向け、ただ一言だけ答えるジョーの態度に少し苛立ちを覚えた。
「 おい、ジョー…。そんな言い方はねえだろう。
俺とグレートはお前の事を心配して…」
そう言いながら、ジェットは思わずジョーに詰め寄りそうになった。
「 おい…やめろよ、ジェット。」
グレートは慌ててジェットを制した。
しかしジェットは気が収まらない。
制したグレートを睨みつけ、そしてジョーをも睨み付けた。
「 止めるな、グレート。
だいたいな、誰が悪いんだ?フランソワーズをあの男に取られちまったのは…」
そこまで言いかけて、ジェットははっと我に返り、口をつぐんだ。
ジェットも自分が言い過ぎた事を分かっていたのだ。
「 ジョー…。悪かったな。俺も言い過ぎたぜ…。
それで…これからどうするつもりだ?」
少し落ち着いたところで、ジェットはそうジョーに尋ねた。
ジョーは暫く黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「 もう一度フランソワーズに逢って自分の気持ちを伝えるつもりだ。それでもフランソワーズが受け入れてくれてくれなかったら、パリを離れ、日本に帰るよ。」
それがジョーの考えた末の答えだった。
既にジョーの気持ちは決まっていたのだ。
「 フランソワーズに逢うって、どうやって逢うつもりだ?彼女は今の舞台が終わるまでは忙しいだろう。中々逢う事は出来ないだろうよ。
「 何とかツテを探して見るよ。」
ジョーはそう言いながらジェットとグレートに笑顔を見せる。
「 ジョー…お前って奴は…」
少々楽観的なそんなジョーに半ば呆れながらも、そこまで決意したジョーの心情を察し、何も言えなかった。
これほどまでにジョーはフランソワーズの事を…。思えばジョーがフランソワーズに逢おうとしなかったのも、彼女を愛するが故の事なのだと、ジェットは今更ながら気づいたのだった。
「 そろそろ行こうや…。」
グレートがジョーとジェットに声を掛ける。
そう言われた時、ジョーはアルベルトがここに姿を現して居ないことに気づいた。
「 そういえば、アルベルトはどうした?」
ジョーのその問いかけに、グレートはニヤリと笑う。
「 あ…。アルベルトなら今頃一人で呑んでるさ…」
グレートは本当の事をジョーに言わなかった。アルベルトがフランソワーズと逢い、話をしている事はジョーには内緒だったからだ。
「 そうか…。」
ジョーは何の疑いも持たなかった。ジョーがフランソワーズとアルベルトが逢って居ることなど知る由もなかったのだ。
「 俺たちもシャンゼリゼ通りに繰り出して飲もうや…!」
そうグレートはジョーとジェットに声を掛けると先に歩き出すのだった。
その翌日…。
ジェット達にああ言ったものの、ジョーはどうやってフランソワーズに逢うべきか分からなかった。
そう言えば、ジョーはフランソワーズの住まいさえも知らなかった。今更ながら、連絡先を彼女に聞かなかった事をジョーは後悔した。
けれども、フランソワーズの住んでいる場所を知っていたとしても、いきなり訪ねる訳にもいかないだろう…。
考えあぐねてパリの街を歩いていたジョーはいつの間にか、パリ・オペラ座の前まで来ていた。
無意識に足がここに向いてしまったのだ。
「 いつの間に、ここへ…。」
ジョーははっとして立ち止まると、少しの間、そこで立ち尽くした。
その日は公演が休みという事を、ジョーは知っていた。休みと言っても、フランソワーズはきっと稽古に臨んでいる事だろう。
だからこのパリ・オペラ座を尋ねたとしても、フランソワーズに逢える可能性などないのだと、ジョーは自分に言い聞かせた。
それでももしかしたら…という僅かな希望がジョーにはあったのだ。
その僅かな希望が、ジョーを思いとどまらせた。
稽古場に向かうフランソワーズに逢えるかも知れない…。
そんな事を考える一方で、ジョーは僅かな希望に縋る自分が可笑しいとさえ思い、苦笑いを浮かべる。
( 馬鹿だな…。そんな事は有り得ない。)
そう自嘲気味に心の中で呟いた時だった。
「 …ジョー、どうしてこんな所に…?」
立ち尽くしていたジョーに声を掛けたのは、フランソワーズだった…。
続く…