実は、そのほんの少し前――。
歳三はふらりと佐藤家へ立ち寄っていた。
「祭りなんだから、その格好じゃ味気ないよ。」
そう言って、おのぶは以前から仕立てていた藍染の浴衣を取り出す。
「いや、別にこのままで――」
渋る歳三などお構いなしに、おのぶは浴衣を手渡した。
「せっかくなんだから。」
結局、半ば押し切られるように着替えさせられた歳三は、不満そうに襟元を整える。
「……似合ってるじゃないか。」
彦五郎の一言に、歳三は照れ隠しのように鼻を鳴らしただけだった。
やがて、
「じゃあ、行ってくらぁ。」
そう一言残し、歳三は一人、八坂神社へ向かって歩き出していく。
その背中を見送りながら、おのぶは静かに微笑んだ。
――そして、そのことを、お琴には何も告げなかった。
「お琴さん、ちょっとおいで。」
おのぶに呼ばれたお琴は、不思議そうな顔で奥の部屋へ案内される。
そこには、一枚の美しい藍染の浴衣が畳まれていた。
「これは……?」
「お祭りなんだから、着ていきな。」
優しく微笑むおのぶに、お琴は目を丸くする。
「でも……。」
「遠慮しなくていいよ。」
そう言われ、お琴は静かに袖を通した。
藍の色は夕空のように深く、しっとりと肌になじむ。
「よく似合う。」
おのぶは満足そうに頷くと、小箱を開け、紅を指先に取った。
「少しだけ。」
照れるお琴の唇へ、薄紅がそっと添えられる。
最後に、お琴は珊瑚の簪を髪へ挿し直した。
淡い灯りの中で珊瑚がやさしく揺れる。