「 フランソワーズ、これは僕の正直な気持ちだ。
受け取って欲しい…。」
ジョーはそう言いながら、薔薇の花束をフランソワーズに差し出した。
思いも寄らぬ突然の出来事に、フランソワーズは声を失いそうになるほど、驚いていた。
ジョーの差し出している、その花束は、赤い薔薇とかすみ草の花束であった。
フランソワーズは、かすみ草の花言葉を知っていた。
その花言葉は『 永遠の愛』…。
そして、薔薇の花束には『 心からあなたを愛しています』という意味が込められていた。
それは紛れもないジョーのフランソワーズへの想いだった。
その気持ちが伝わって来た時、フランソワーズは目頭が熱くなるのを覚えた。
「 ジョー…。」
フランソワーズは震える想いで花束を受け取った。
その瞬間、彼女の目蓋から涙が零れ落ちた。
「 ジョー…わたし…。」
花束を受け取り、フランソワーズは大切そうに抱き締めた。
彼女の心は幸せに満ち、震えていた。
するとジョーは徐ろにジャケットの内ポケットから
赤いベルベットの小さな箱を取り出した。
そして蓋を開けると、中から静かにガーネットの指輪を取り出す。
そして、フランソワーズの左手を優しく取ると、薬指に指輪をそっとはめた…。
「 フランソワーズ…心から君を愛している。」
フランソワーズの左手を両手で握り締めながらジョーはそうフランソワーズに告げた。
俯いていたフランソワーズは、そっと顔を上げると、ジョーの顔を見つめた。
彼女の瞼から涙がまた零れ落ちた。
「 ジョー…。わたしも、あなたを愛している…。
ずっとあなたの事が好きだった。」
ジョーの顔を見つめながら、フランソワーズもまた自分の気持ちを伝えた。
「 フランソワーズ…。できることなら、僕と一緒に日本に来て欲しい。
二度と君を…離したくないよ。」
それはジョーの嘘偽りのない気持ちだったのだ。
二度とフランソワーズを離したくない…。そう心から願っていたのだ。
ジョーのその言葉に、フランソワーズは迷う事なく、こう答えた。
「 勿論よ、ジョー。あなたと一緒に日本へ行くわ。
もう二度とあなたと離れたくない…。」
目にいっぱい涙を溜めながら、フランソワーズはジョーを見つめた。
ジョーもまた、フランソワーズを見つめた。
互いに見つめ合う二人をテラスから見守っていたシモーヌとルイーズは驚きの色を隠せなかった。
「 信じられない…!だってまさかジョー島村がフランソワーズにプロポーズするなんて…!
これってすごいことよ、ルイーズ。」
「 そんなことより、二人の所へ行きましょう!お祝いしないと…!」
シモーヌはそうルイーズに声をかけると、真っ先にテラスを離れ、階段を降りていく。
ルイーズも続いて階段を降りていった。
そして残されたジェットは呆然としてその場に立ち尽くしていた。
彼はジョーの想定外の行動と展開に言葉を失ってしまっていた。
まさかこんな場所でジョーがフランソワーズに告白するとは予想もしなかった。
呆気にとられていたジェットは気を取り直すと、大きなため息をついた。
「 …ったく、 派手なことをしやがる…。」
そう呟きながら、ジェットは苦笑いを浮かべた。
一抹の寂しさを感じずには居られなかったが、これで良かったのだと、そう彼は思った。
フランソワーズさえ幸せになってくれれば、それで良いのだと…。
「さてと。邪魔者は消えるとするか…。」
ニヤリと笑うと、ジェットはその場を離れようと歩き出す。
その時だった。
隣のテラスに佇み、ジョーとフランソワーズの方をじっと睨むように視線を注いでいる男性の姿にジェットは気づいた。
その男性の顔を見た時、ジェットは不審に思った。
「 あの男…。何処かで見た事がある様な…。」
そう独り言を言いながら、ジェットはその男性の事を思い出そうとした。
そして次の瞬間、彼はハッとし、声を失いそうになった。
何故なら、フランソワーズとジゼルの舞台で相手役のアルブレヒトを踊っていた事を思い出したからだ。
その男性のジョーとフランソワーズに向ける眼差しに気づいた時、ジェットは全てを悟った。
「嫉妬と言うやつか…。」
そう呟きながら、ジェットは苦笑いを浮かべた。
アランは偶然、ジョーのフランソワーズの二人を見かけたのだ。
そして二人の様子に気づき、愕然としてしまっていた。
思いも寄らぬ出来事に声を失いそうになりつつ、その場に立ち尽くしていたが、やがてアランはその場からゆっくり歩き出した。
そして迷うことなくジョーとフランソワーズの居る階下に向かおうとした。
その時だった。
ジェットはゆっくりとアランに近寄ると、後ろからアランの肩を掴んだ。
「 ちょっと待てよ、ムッシュ…!あんたがあの二人の所に行こうとしているのはお見通しだ。」
そう、ジェットはアランに声を掛けた。
するとアランは驚いて思わず後ろを振り返った。
「 君は一体…?」
振り向き様にアランは更に驚いた様子でジェットを見つめた。
「 ムッシュ…。あの二人の所に行って、どうするつもりだ?まさかとは思うが、あんた、あの二人の邪魔をするつもりじゃ…。」
そうジェットはニヤリと笑いながらアランに問い詰めた。
「 君には関係のないことだ…。」
そう答えるとアランは肩を掴んだままのジェットの手をを振り払い、歩みだそうとした。
ジェットはそんなアランを制止しようと腕を掴んだ。
「 野暮なことはしない方が良いと思うが…。
でないとあんたの名声に傷が付くぜ…。」
そうジェットに声を掛けられたアランは歩みを止め、暫くその場に立ち尽くした。
そして心を決めたかのように、静かに笑みを浮かべ、大きく嘆息を吐いた。
「 僕はどうかしていた様だ。フランソワーズに恋人が居ることを知った時、正直言ってその相手のジョー島村に嫉妬した。
心が大きく乱れて、自分でもどうして良いのか分からなかった。
あの二人の様子を目の当たりにして、冷静さを失いかけてしまった。
フランソワーズを他の誰にも渡したくはなかった。
けれども…もう大丈夫だ。
幸せそうな二人の間に入る隙間などないのだと…。」
そう言い終わると、アランは階下に視線を移す。
そこには友人達に囲まれ祝福され、幸せそうに微笑むフランソワーズの姿があった。
そんな彼女の姿を確かめると、アランはジェットにこう伝えた。
「 ムッシュ…。どうか二人に伝えて欲しい。
幸せを祈っていると…。」
そうアランは言い残すと、静かにその場を立ち去って行った。
そんなアランの後ろ姿を、ジェットは暫く見守った後、テラスから離れ、階段を降りて行った。
階段を降りると、ジェットはジョーとフランソワーズの傍の方へゆっくりと歩み寄った。
「 お二人さん、全くこんな人目の多い場所で、派手にやってくれたな。まあ、めでたいことだぜ。
まずは、おめでとうよ。」
皮肉っぽい笑みを浮かべながら、ジェットはそう声を掛ける。
「 ありがとう、ジェット…。」
ジェットに気づき、フランソワーズは微笑みながら答える。
その幸せそうな彼女を目の当たりにして、ジェットは内心ほっとしていた。
やはりジェットにとって、フランソワーズが幸せそうにしていることが何より嬉しかったのだ。
「 それより、フランソワーズ。お前さんに伝えて欲しいと…確か…アランとか言ったな。
そのアランから、幸せを祈っていると…。」
ジェットはそう、フランソワーズにアランの言葉を伝えた。
それを聞いたフランソワーズは最初、驚いた様子だった。
けれども、すぐに安堵の表情を浮かべた。
「 そう…アランが…。」
アランの気持ちを、フランソワーズは知っていた。
けれども、どうしても彼の気持ちに答える事は出来なかった。
気持ちを知りながらも、それに答える事が出来ない事が、フランソワーズは心苦しかったのだ。
しかし、アランの言伝をジェットから聞いた時、胸のつかえが取れた様な、そんな気がしてならなかった。
フランソワーズはあらためて思う。
アランの事は決して嫌いではなかったと。
パートナーとして尊敬していたのだと…。
多分きっと、兄の様に慕っていたのだと。
そして、アランが幸せを祈って居ると伝え聞き、
フランソワーズは心が温まるのを感じずにはいられなかった。
ジェットとフランソワーズのやり取りを傍らで見守っていたジョーは、アランというフランソワーズのパートナーとフランソワーズの間に何があったのか知る由もなかったが、ジョーは敢えてそれを聞こうとしなかった。
けれども、アランもまたフランソワーズに対して恋愛感情を抱いていたのだと、そう悟った。
そんな感情を抱きつつも、フランソワーズの幸せを祈り、身を引いたアラン。
彼の気持ちに応える為にも、フランソワーズを必ず幸せにしなければならないと、ジョーは心に誓うのだった…。
つづく…



