美夕の徒然日記。

美夕の徒然日記。

鬼滅の刃最高!
炭治郎大好き!

やがて歳三が、街道の先へ目をやった。


「そろそろ行かねえとな。遅れるぞ」


「はい」


お琴も頷く。


名残を惜しむような言葉は、どちらも口にしなかった。


「では……歳三さま」


「ああ」


「お気をつけて」


「お前もな」


二人は、静かに会釈を交わした。


そして――


歳三は江戸へ。


お琴は日野へ。


それぞれ、反対の方角へ歩き始めた。


朝の甲州街道に、二人の足音が遠ざかってゆく。


お琴は三味線を抱えたまま歩いた。


十歩ほど進んだところで――


ふと、その足が止まる。


どうしてなのか、自分でも分からなかった。


ただ、もう一度だけ。


そう思って、お琴は振り返った。


その時。


少し離れた街道の向こうで――


歳三もまた、立ち止まっていた。


振り返っている。


目が合った。


二人とも、少し驚いたような顔をした。


お琴の頬に、微かな笑みが浮かぶ。


歳三も何も言わず、ほんのわずかに口元を緩めた。


それだけだった。


呼び戻すこともない。


駆け寄ることもない。


やがて、お琴が小さく頭を下げる。


歳三も応えるように、わずかに顎を引いた。


そして今度こそ――


二人は、それぞれの道へ歩き出した。


朝の風が、甲州街道を吹き抜けてゆく。


江戸へ向かう背中と。


日野へ向かう背中。


その距離は、少しずつ遠ざかっていった。


けれど。


ほんのひととき重なった道の余韻だけは――


二人の胸の内に、しばらく残っていた。

お琴の目が大きくなる。


思わず、声がこぼれた。


「……歳三さま」


男の足も止まった。


驚いたようにこちらを見る。


「……お琴」


歳三だった。


しばらく会っていなかった。


それなのに、いざこうして目の前に立つと、何を話せばよいのか分からない。


お琴は三味線を抱え直した。


歳三の目が、その長袋へ落ちる。


「これから出稽古か?」


「はい」


お琴は小さく頷いた。


「日野の方へ。ある商家から、お稽古を頼まれておりますので」


「日野?」


歳三の眉が、わずかに上がる。


お琴は少し笑った。


「はい」


「……随分遠くまで行くんだな」


「もう慣れております」


そう答えてから、お琴は歳三の肩の防具袋へ目をやった。


「歳三さまは……出稽古のお帰りですか?」


「ああ。昨日から日野にいた」


「まあ……」


それきり、二人の間に小さな沈黙が落ちた。


同じ日野へ。


一人はこれから向かい。


一人は、そこから帰ってきた。


ほんの少し時が違えば、今日も会うことはなかったのだ。


「お忙しいのですね」


お琴が言った。


歳三は少しだけ肩を竦める。


「お前もだろ」


「私ですか?」


「ちっとも顔を見せねえ」


お琴は一瞬、目を丸くした。


「……歳三さまもではございませんか」


「俺は忙しいんだよ」


「私も忙しゅうございます」


間を置いて、二人の口元に小さな笑みが浮かんだ。


久しぶりに交わす言葉なのに。


話していることは、そんな他愛もないことばかりだった。


それでも――


不思議と、嬉しかった。

秋は、いつしか深まりつつあった。


朝夕の風にはひんやりとしたものが混じり、道端の草にも、少しずつ秋の色が濃くなっている。


試衛館では、相変わらず竹刀の音が絶えることはなかった。


歳三もまた、日々、剣術の稽古に明け暮れていた。


朝早くから道場に立ち、素振りを重ねる。


打ち込み。


受け。


間合いを測り、相手の動きを読み、一瞬の隙を捉えて踏み込む。


総司や新八らを相手に竹刀を交えることもあれば、門人たちの稽古を見ることもある。


そして折を見ては、江戸を離れ、多摩へ出向いた。


佐藤道場だけではない。


小島鹿之助をはじめ、天然理心流を支える人々のもとを訪ね、稽古をつける。


試衛館と多摩。


その間を行き来する歳三の日々は、以前にも増して忙しくなっていた。


――お琴は、どうしているだろう。


ふと、そんなことを思うことがある。


だが、思ったところで、その足を向けられるとは限らない。


今日こそはと思っているうちに一日が暮れ、翌日になれば、また稽古が待っている。


そして、それはお琴も同じだった。


三味線の出稽古へ赴き、馴染みの贔屓筋から声が掛かれば座敷へ出る。


父・清兵衛に代わって店先に座る日もあれば、客から預かった三味線の修理に時間を費やすこともあった。


糸巻きを確かめ、皮の具合を見て、細かな傷みにまで目を配る。


気がつけば、日が傾いている。


そんな毎日だった。


歳三は、お琴を気に掛けていた。


お琴もまた、歳三を想うことがあった。


けれど――


二人の時は、なかなか重ならなかった。



そんな、ある日のことだった。


朝の甲州街道。


空は高く澄み、昨夜の冷気をわずかに残した風が街道を渡っていた。


お琴は早朝に家を出て、日野へ向かっていた。


この日は、とある商家で三味線を教えることになっている。


いつものように三味線を長袋へ丁寧に収め、傷つけぬよう大切そうに抱えて歩いていた。


まだ人通りはさほど多くない。


時折、荷を積んだ馬や旅人が通り過ぎてゆく。


お琴は道の端へ寄り、それをやり過ごすと、再び歩き始めた。


その時だった。


街道の向こうから、一人の男が歩いてくる。


木刀に防具袋を通し、肩に担いでいる。


遠目には、顔までは分からない。


けれど――


その歩き方に、なぜか見覚えがあった。


お琴の足が、わずかに緩む。


男はまっすぐこちらへ歩いてくる。


距離が縮まる。


十間。


五間――。


やがて朝の光の中に、その顔がはっきりと見えた。