パリのめぐり逢い sept-セット(❼) | 美夕の徒然日記。

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  白鳥の湖の公演二日目…。
昨夜のジョーとの出来事はフランソワーズに暗い影を落とした。心は大きく揺れ動いていた。
けれども、その私的な感情は踊り手にとっては禁物だ。フランソワーズはそれを心得ている。
だから辛い想いも心の奥底にしまい込み、フランソワーズは舞台に臨んだ。
  そんなフランソワーズを舞台の袖で見守っていた親友のジョアンヌは、フランソワーズの心の動きを察知していた。
  第三幕目でスペインの踊りを終えたジョアンヌは舞台の袖に引くと、そこでジョアンヌの踊りを見守っていたフランソワーズに声を掛ける。

「 フランソワーズ…。自分の気持ちを偽るのは止めた方がいいわよ。」

そう声を掛けられ、フランソワーズは返す言葉が見当たらなかった。
親友は既に心を見抜いていたからだ。
確かに、ジョアンヌの言う通りだった。
ジョーが自分を忘れてしまったのではという不安から潜在意識の中で、彼を忘れる為に、ジェロームに心を寄せていたのだと、フランソワーズは悟されていたのだ。
  ジョアンヌの言葉はフランソワーズの心に深く突き刺さった。

「 あたしは…どうしたら良いの…。」

フランソワーズは心の中で昨夜ジョーに投げかけた自分の言葉を反すうした。
思えば彼に対して酷い事を言ってしまった。
いくらあの時、感情的になり、自分を見失ってたとはいえ、心無い事を言ってしまったことを、今更ながらフランソワーズは後悔した。けれども悔やんでも悔やみきれなかった。

( ジョー…許して…)

心の中でフランソワーズはそう呟く…。
 ジョーの顔が脳裡に浮かんだ時、熱いものが込み上げて来そうになった。フランソワーズはそれを堪え、再び舞台へと飛び出して行った。


   その日の公演も無事に終えたフランソワーズは、身支度を整える為に楽屋へと戻って行った。
 そんな時だ。後ろからジェロームが彼女に声を掛けたのは…。

「 フランソワーズ…。」

不意に声を掛けられ、フランソワーズは驚いたものの、それがジェロームと分かると、立ち止まり彼の方を振り返る。

「 ジェローム…。」

精一杯の笑顔を見せたつもりだった。
けれども、心につかえたものがあった今のフランソワーズには心から笑う事が出来なかった。

「  フランソワーズ、昨夜は一緒に過ごせなかったね。いつの間にか居なくなっていたことが気になっていた。
その事を聞こうと思っていたが、やっぱりそれどころじゃなかったな。」

 ジェロームにそう言われ、フランソワーズは昨日の事を思い起こす。
  身支度を終え、フランソワーズはすぐ様、楽屋を後にし、ジョー達の行方を追ったのだ。
観客席に居ることが分かり、あの出来事が…。
  けれどもフランソワーズにはその事をジェロームに言えるはずがなかった。
これほどまでに想ってくれているジェロームの心を傷付けたくはなかったのだ。

「 あ…ジェローム。黙って帰ってしまってごめんなさい…。急に用事を思い出したのよ。」

取り繕う様にフランソワーズはそう答える。
そう言いながら、彼女は胸が痛むのを感じずには居られなかった。

「 今夜は付き合ってくれるね?フランソワーズ…」

  フランソワーズの胸の内を知ってか知らずか、ジェロームは優しい笑みを浮かべながらフランソワーズを見つめた。
  その笑みを見た時、フランソワーズは思う。
いつかきっと、ジェロームは気づくだろう。
大きく揺れ動いている今の心を…。
そう…。今のフランソワーズは気持ちが揺れ動き始めていたのだ。
ジョーとの再会と、そして彼の本心がフランソワーズの心を大きく揺さぶり掛けていた。




  ジェロームと共にパリ・オペラ座の外に出たフランソワーズは、そこでアルベルトの姿を見つけた。彼はオペラ座を直ぐに出た所の外灯の下に佇んでいたのだ。

「 アルベルト…。」

フランソワーズは思わず立ち止まり、アルベルトの方に視線を注いだ。
  そしてアルベルトもまた、フランソワーズに気づくと、彼女の方に目をやる。
  急に立ち止まったフランソワーズを、ジェロームは不審に思い、彼女の視線の先に目をやった。
そこには彼の見知らぬ男が立っていた。

「 フランソワーズ…?あの男性を知って居るのかい…?」

 そう尋ねながら、尚もジェロームはアルベルトを
見つめていた。
一体…誰なのだろう。ジェロームは思った。

「 あ…あの、あたしの古い友人なのよ。」

慌ててフランソワーズは答える。

「 君の…?行かなくて良いのかい…?」

そうジェロームがフランソワーズに尋ねた時だった。
 
「 タイミングが悪かった様だな?フランソワーズ…。」


 アルベルトがそう声を掛ける。
少しバツが悪そうに、アルベルトは苦笑いを浮かべていた。

「 アルベルト…。」

そこにはアルベルトだけが立っていたのだ。
その事も気になったが、それより彼がここで待っていた事がそれ以上に引っかかった。

「 邪魔したら悪い。今夜はよそう…。」

そう言って立ち去ろうとした時、フランソワーズの傍に居たジェロームがフランソワーズに目配せしながら声を掛ける。

「 行っておいで、フランソワーズ。」

「 ジェローム…。でも…」

   フランソワーズは驚き、躊躇ながらジェロームを見つめた。
 そんな彼女に、ジェロームは大きく首を横に振ると、そのままフランソワーズの傍から離れ立ち去って行く…。

「 悪いな…フランソワーズ。」

少し申し訳なさそうにアルベルトが声を掛けた。





    そしてアルベルトとフランソワーズはパリ・オペラ座近くのとあるカフェに立ち寄ると、テーブルを挟んで椅子に座った。
 暫くの間、フランソワーズは俯いたまま、口を開こうとはしなかった。何をどう、話して良いのかさえ分からなかったのだ。
 そしてアルベルトもまた、どう切り出して良いのか戸惑っていた。
  沈黙が二人の間に流れる…。
やがてアルベルトが沈黙を破った。

「 俺があの場所でお前さんを待って居たのは他でもない…。
ジョーの事だ。
単刀直入に聞く…。フランソワーズ、お前さんはジョーの事をどう思って居る…?」

  突然、そう尋ねられてフランソワーズは戸惑ってしまう。
何故、アルベルトがこんな事を聞いてくるのか彼の意図が分からなかった。

「 アルベルト…。どうしてそんな事を聞くの?
確かにあたしはジョーが好きだったわ。
けれどもそれは過去の話よ…。
今のあたしは、ジェロームを…。」

 フランソワーズはキッパリと答えたつもりだった。けれどもアルベルトは彼女の僅かな心の動きを見抜いていた。
言葉の端々に、どこか不自然さを感じ、フランソワーズが無理しているのが分かったのだ。

「 自分に嘘をつくのは良くないな、フランソワーズ。ジョーを忘れる為に、無理をしているな…?
そうだろう?」

  アルベルトの言葉は的を得ていた。
彼に心を見透かされ、言葉が出なかった。

「 アルベルト…あたしは…」

言葉を失い、そして躊躇うフランソワーズ…。
  アルベルトはそんなフランソワーズをじっと見つめている。

「 フランソワーズ…。お前の気持ちも分からないでもない。なしのつぶてだったジョーが突然現れたら、ジョーを責めたくなるだろう。
今まで、逢いに行こうともしなかったからな。
だが、昨日の晩、ジョーがお前に言った事は奴の本心だ。
何故、今までジョーが敢えて逢いに来なかったと思う…?
それはジョーが本当にお前を大切に思い、そして惚れているからだ…。」


  アルベルトのその言葉は、フランソワーズの心に深く突き刺さった。
それを悟り、フランソワーズははっとした。
  あの時は冷静になれず、ジョーの言葉を受け入れることさえ出来なかった。
けれども、アルベルトに言われて少し冷静になれた様な気がした。

「 フランソワーズと相手役のあのジェロームという男の噂を知って、居ても立っても居られなくなったって訳だ。まあ、あの噂を知らなかったら慌ててパリに来る事はなかったな…。荒療治だったがジョーには良い薬だ。今頃、ジョーは頭を冷やして居る頃だ。」

  ふふふ…とアルベルトは皮肉っぽい笑みを浮かべる。

「 今日の舞台に、ジョーが観に来ていない事を、
フランソワーズ…気づいていただろう…?
一人で考えたいと、そう言っていたよ。
おそらく、これから先の事だろう…。」

   そう話すアルベルト…。
フランソワーズは黙ったまま彼の言葉に耳を傾けていた。
そうしながらも、今まで心の奥底にしまい込んでいたジョーへの想いが少しづつ、胸に広がっていくのを、フランソワーズは悟った。

「 あとは、フランソワーズ…お前が決める事だ…」

 アルベルトは言いながらフランソワーズの肩を叩く…。
  アルベルトにそう言われたものの、この時点ではフランソワーズはこれからどうして良いのか考えられなかった。

(ジェロームにどう伝えたら…)


心に引っかかって居たのは、ジョーの事はもちろんだった。けれどもジェロームの事もそうだった。
 ジョーが自分の事を忘れてしまったのでは…?
その不安から逃れる為とは言え、ジェロームに対して不実な事をしてしまったのだ。
ジョーを忘れようと、自分の気持ちにさえも嘘をついて居たと言う事にも、気づいていたのだ。
その事に気づきながらも、今までずっと気付かぬ振りをして来たのだと…。
  心の中で、そんな思いを巡らせながら、フランソワーズは良心の呵責に苛まれた。
ジェロームはこんな自分の気持ちは知らず、今まで限りない愛情を注いで来てくれたのだ。
その優しいジェロームに甘えてしまったのだ。
  そしてまた、ジョーに対しても酷い事を言ってしまったことを、あらためてフランソワーズは後悔した。
心無い言葉をジョーに向けてしまったこと。
そんな自分がフランソワーズには許せなかった。
 
「 あたしは…どんな顔をしてジョーに逢ったら良いの…。とても顔向けなんて出来やしないわ…。」

  フランソワーズはそう呟くとそっと瞳を閉じた。脳裡に、あの時のジョーの寂しげな顔が浮かんでは消えていった…。



続く…