以下、括弧( )内に 経営との共通点 を挙げながら手術の戦略を述べ、手術と経営の相似点と相違点について考察を試みる。
手術(経営)には当然、アクションを起こすことによるリスク(経営上のリスク)を伴う。手術においてアクションを起こすに際してのリスクは(経営においても)、統計学的に完全に推定できるわけではない。例えば、脳の深部にある脳腫瘍を手術するような場合、画像診断結果、年齢、神経症状等の情報(経営判断する時点で得られるファクト)から、まず手術すべきか否か(投資するか否か、多角化するか否か)を判断する。その際、患者(会社)がそのアクションによって将来得るもの、失うものを定量あるいは定性分析するが、患者(会社)はそれぞれ違うので、完全な定量データを得るのは両者ともに不可能である。手術によって得るもの、失うものを本人と家族(ステークホルダー)に話し納得してもらったうえで、最終的に外科医(経営者)が判断する。
手術(経営)に際しては、限られた時間の中で、どの方向から攻めるか(経営方針)、どのような手術器械を用いるか(資金調達の方法)、その器械を使用してどのように腫瘍を摘出するか(経営手法)を決め、腫瘍を摘出する最中に現われる血管や神経などを切るべきか温存するべきかの判断(経営判断)をする。そして、腫瘍からの出血量少なく、周辺神経組織への影響がなければ(経営最中の業績良好)、手術(経営)は続行し、腫瘍を摘出する(目標達成)。途中、出血量が多い、あるいは周辺神経組織へのダメージが大きすぎるため(儲けが少なく、コスト高)、これ以上の腫瘍摘出は患者(会社)にとって得るもの少なく、術後の日常生活に支障をきたすと判断された場合(会社にマイナスと判断された場合)、腫瘍摘出術(経営)は中断され、撤退する。
さまざまな術中判断(経営判断)の基準は、患者(会社)が生き残り、有意義な生活を送れるようになるか否か(会社の企業価値が上がり存続するか否か)である。術中判断(経営判断)を誤って患者(会社)に重度障害(損失)が残ったり、死亡(倒産)すれば家族(ステークホルダー)は納得せず外科医(経営者)は責められる。
手術と経営の間で異なる点は、手術中判断(経営判断)のスピードである。手術中は分または秒単位で判断しながら続けなければ手術は終わらないし、結果は出せない。経営では、状況によるが、時間、日、あるいは月単位で熟考しながら経営方針を決定する。つまり、手術と経営の大きな相違点は、この「スピード感」である。
大まかな手術方針は術前のカンファレンス等で上司から指示を受けることもあるが、術中の判断と決断は、術者という「一個人」が実施し、多くてもせいぜい3人で協議して決める。ビジネスでは、役員会などで協議しながら戦略を練り、最終経営判断は社長が行うというプロセスなのであろうが、手術と経営で判断に関わる人間が多すぎると判断を誤る確率は高くなる。外科医と同様、経営者や経営コンサルタントも、手術(経営)が大成功することもあるが、判断を誤って痛い目に会うこともあり、そのような修羅場をくぐりながら両者とも成長する。
外科医が手術をしないと病院の経営が成り立たないのと同様、製造業では技術者が製品を造らなければ会社は成り立たない。経営理論や金融を知っているが、技術を持たず、現場を知らない経営者には限界がある。日本の企業は、現場の技術者を報酬面でもっと厚遇し、技術者に経営学を仕込んで会社のリーダーにするべきではないだろうか。一方で、経営学を学んだこともない病院長が経営する日本の病院も危うい。