心のコンシェルジュかずみんのブログ '
おはようございます。
9月に入っても酷暑!?
秋はどこに行ったのでしょうか。
先日、電車のホームに雀が数羽遊んで
いました。
そのうちの一羽が人を恐れていないのか、
私の近くをちょこちょこ歩きジャンプ
していて可愛くて写真を撮りました。
そこで気がついたのですが、この子は片足が
ありませんでした。
それでもバランスをとり、他の雀に
引けを取らない動きをしていました。
生きるためだから
と言えばそれまでなのですが
アドラーの
与えられたものをどう使うか
という言葉を思い出しました。
「片足だから餌を取れない」ではなくて
「この片足でどう餌を取るか」
自分の人生でも置き換え、
与えられたものに文句を言って
前に進まないことがないか
体や年齢や環境のせいにせず、
やりたい事を叶えていかないとな。
そんな事を思い出させてもらいました。
今日も応援しています♪
先日受けた哲学者であり、今でも書店の全面で
販売されている「嫌われる勇気」共著者の
岸見一郎先生の講演会まとめ。
今回は質疑応答の中で岸見先生の言葉が響く人が
いるのでは?と思った部分をお送りします。
(質問部分はご本人のプライパシーに
関係するので応答の部分のみ)
憧れの巨大ビカクシダ
黒太文字 岸見先生
普通文字 私の脳内
嘘をつく人が身近にいる方へ
A 嘘を言った事を気がつかない人もいる。
嘘をつくことで急場を凌ぐ、
やり過ごそうとする人もいるが
「あえて信頼」することも一つ。
人は信頼し続ける人を裏切れない。
信頼していることを伝える。
人格を信頼する。
新しい世界へ飛び込もうとしている方へ
Aどの世界でも目立つ人は打とうとする人はいる。
摩擦は起きないことはない。
人がどう思われるかを気にしなくなれば、
自分の人生を
自分で生きるようになる。
思っているほど反対されることはない。
収入が高くなくても、
幸せそうに仕事している人が羨ましいから
出る杭を打とうとする人はいる。
親は反対するもの。心配を「反対」という
形で言おうとする。
「今はこの道を歩みたい。応援して欲しい」と
伝える。
子どもが自立していくことが教育の最終目標。
自分に向いていない時に、引き戻すのも親の役割
「うまくいかなかったら、引き戻してね」と伝える。
物や人との向き合い方に悩む方へ
A 人は変化する。
本当に好きな人(物)であれば持ち続けたいと
思う努力はしていい。
明日はどうなるか分からないから、
今日は大切にしようと決心する。
相手はどう考えるかは分からない。
相手の考えは自分の圏内にない。
思い患う必要はない。
人は変化するからこそ、関係を続ける努力に
意味(喜び)がある。
今日良い関係を築けたら、明日も良い関係が
築けるだろう。
(私の質問)
Q とある商品を買った後にもう少し
安く買えたと分かりしばらく落ち込んだ。
これは自分に対しての対人関係で厳しいのか、
がっかりしているのかなんだろう?
Aしょうがないよね。と思う。
同じ失敗をしない為にどうするか、
過ぎてしまったことは
「あきらめる」=明らかにする
(できる事、出来ないことを明確に。)
後悔して意味のない感情を作り出している。
次はしないと決心する。
次にしない為にどうするか。
後悔からとらわれることよりも良い使い方をする。
旅に出る楽しみ、行くまでが既に喜び。
何が起きても良かったと思うようにする。
もっと高くなったかもしれない、今回で良かった。
高い安いに関わらず必要かどうか
(昔高額なパソコンを買った先生は後悔ない)
生きる喜びを感じる
最後の私の質問、実は買った後に比較したり
する癖がある私。
たまにポイントやクーポンを後から見つけ、
なぜ事前気が付かなかったのか
自分を責めるような気持ちになることも。
これって、自分に厳しいのか?
ということは対人関係も厳しいのか?
なんだろう?と質問しました。
私の場合、「仕方ないと諦める」と
「つぎはしない決心」がなかったんだなと
気がつきました。
聞いてスッキリしました。
私みたいな方いらっしゃるかな?
今日も応援しています♪
週末に受けた岸見一郎先生の
アドラー心理学講演会まとめ続きです。
こちらは先日受けたワークショップ
この模様通りに彫刻刀でプラスチックを
掘っていきました。
完成品は最後に載せますね。、
黒太文字 岸見先生
普通文字 私の脳内
NOという勇気を持とう
Noということを自分にとって「善(為になる)」
と考える。
(今は)
Noと言わないことが自分にとって
「善(為になる)」と考えている。
noということが相手との関係に響くと思っている
noと言うことで自分が何がしたいか、
したくないかを知ってもらう方が
相手の自分への理解が深まると考える。
入院中に出版原稿を無理に書いた
(仕事がなくなると思った)
相手(出版社)を信じられていなかった。
Noという勇気が仕事場を変えるかもしれない。
自分の意見を支持してくれる人がいるはず
アドラーは「仲間」をよく使う。
上司も「仲間」と思えるか
他者を怖いと思っている人は仲間と思えない。
他の人を仲間と思えるからこそ、
その人に貢献しようと思える。
他者に貢献したら自分が役に立っていると思える
(まずは練習)
些細なことから断るチャレンジをする。
「お誘いを断る」
Noということは相手の人格を否定すること
にはならない。
断ったために罪悪感を持つ人もいる
人格を認めてくれている仕事
(代わりになる人いない仕事)
対人関係の悩みがあることで生きていられるのかも
(この子をどうしよう。と悩む親は元気)
罪悪感を持たなくていい、
NOと言ったら自分はどう感じるか。を
考えてみる。
煩わしいことがあっても人は忘れていく。
NOということが善であると考える。
ここで出てくる“善悪”は古代ローマでは
「為になる、為にならない」という意味
今は「断ったら悪い」と思って断らない
方がいいと考えていないか。
これ、私もなんですが日本人は比較的に
NOを言いにくい傾向があるように
思います。
自分がNOを言うことで
「この人はこれが好きなんだ」
「これがしたくないんだ」が相手に
理解してもらえる。
それは自分にとって“為になる”と言うこと
なるほどなぁ
うまくNOを言える人は確かに周りの
人に理解されているように思います。
私も昔に比べて随分NOを言えるように
なり、遥かに生きやすくなったと思います。
とりあえず些細なことから断る練習を
してみて、自分がどう感じるか観察して
みらところからですね。
今回の講演会では、岸見先生は仰らなかった
のですが昔講演会でよく断る時の秘訣を
教えてくださっていました。
秘訣は
「断る理由は言わない」
です。
「◯◯なので、断ります」
と言うと
「じゃ△△なら?」
と相手が新たな提案をすることもある。
そのプレッシャーで根負けしちゃう人も
いるのではないでしょうか?
なので「断るときはただ断る」
最初は居心地悪いけれど、
練習してみるとシンプルでスッキリ。
意外に相手も「そっか」とシンプルに
受け取ってくれる事が多い気がします。
(私は理由言いたい相手には、
理由言うこともあります。)
お試しください。
そうそう前半の写真の答え
こうなりました。
一線ずつ掘っている時には、どのように
出来るのか想像つかないくらい気が遠く
なりましたが出来上がってみたら十分満足!
日々の積み重ねも同じだなぁと思います。
今日も応援しています♪

