HAISAI RECORDS presents 残波JAMリユニヲン

犬式沖縄公演2021辛丑(かのとうし)
〜破壊と再生 僕らのシヴァラトリ〜

 

GUESTS DJ HIKARU / RITTO & DJ4号棟   

 

FOOD Bon Volcano


2021.5.4(tue)@LIVE HOUSE MODS
OPEN 18:30
ADV ¥3,500
DOOR ¥4,500
 

★チケット予約・お問い合わせ★

zanpajam@gmail.com

 

■前売り券取扱店■

【那覇】喫茶カラーズ 098-800-2521 Borrachos 098-943-4488 波の上MUSIC&BARBER 098-960-3838 ちるり 098-943-2611

【宜野湾】Stickywich 098-943-5306

【北谷】BLEND 098-979-7234 VERONA 080-4281-1650

【沖縄市】RJ's Social 

【読谷】Peace Spring Arts 098-958-1807 NUKUMI KITCHEN 098-989-3556

【名護】niceness 080-5232-8552 tutan 0980-52-8039
【今帰仁】PARAMITA 090-8511-0607

 

■Pre Party■

2021.4.28 @tutan(名護)

start 16:00~

LIVE 三宅洋平 三根星太郎 やんばらいず Beni Mshenze

DJ Ahh Uh! MKY

 

SOUND DESIGN S.O.L

 

■After Party■

2021.5.4(tue)22:00~ @VERONA

DOOR ¥1,500

with Ticket ¥1,000

DJ HIKARU

MKY

TAKAYUKI

KAGAWA

 

SOUND DESIGN S.O.L

 

※犬式公式サイト

http://www.inushiki.jp

 

 

 

【地方から日本(の風景)を取り戻す】

 

何十年も前に放逐され、笹や竹が生い茂り一見すると絶望的な耕作放棄地を棚田に戻す方法。それは「野焼き」。

 

岡山県美作市の上山集落では今、移住者と地元の人たちが協力して8300枚の棚田を復活させるプロジェクトが進んでいる。

 

サイトの作りもとても丁寧です。

 

中山間地がソーラーパネル で覆い尽くされてしまう前に、こうした活動(ライフスタイル)に人生の歩みを進める人たちが増えて欲しい。

 

いや、増えなくてはならない。

 

野焼きとは? | 上山の魅力 | 上山集楽 

https://ueyama-shuraku.jp/dictionary/burn_off/

 

#里山経済環境研究所 

 

 

 

三宅商店、路面店開業のためのクラウドファンド

始まりました。

 

パンデミックの経済破壊にやられない経済圏を作りたいです。

 

早速、応援コメントをいただきました。ドンピシャなコメントに感無量です。皮切りに紹介させていただきます。

 

 

「2025年に日本の中小事業の経営者の約6割が70代となり、そのうち半数127万人が後継者不在と言われています。つまり、近い将来、あなたのまちの3割の仕事が自然廃業してしまう可能性があるということです。

このままでは地域の小さな仕事がなくなり、チェーン店ばかりのコピペのようなまちになってしまう。地域のくらしを支えるインフラがなくなってしまう、そんな危機感を募らせ「ニホン継業バンク」を立ち上げ、地域の継業について取材する中、三宅洋平くんが、山奥のデイリーヤマザキを引き継ぐと知り、現地に伺いました。

 

「三宅商店」というオーガニックを基軸としたこれまでのキュレーションは、必ずしも地域が求めている商店の姿ではないと思います。彼が自分の価値観を地域に押し付けるのであれば、それは継業ではないから取材はやめよう、そう思っていました。が、そんな杞憂をよそに、彼は「地域の商店を継ぐ」ことの意味と責任を深く考えていました。

 

もしかしたらこの新店舗の商品ラインナップは、これまでの三宅商店ファンを裏切るようなものになるかもしれません。経済合理性を欠いた試みかもしれない。けれど、地域にとってはなくてはならない商店として、まっ暗な田舎道を灯してくれるはずです。

 

ニホン継業バンクは、このプロジェクトを応援します。」

 

ニホン継業バンク/浅井克俊

 

 

クラウドファンド、こちらより

よろしくお願いいたします!!!!! ↓

 

 

https://miyakestore.com/?mode=grp&gid=2535722

 

 

 

 

(前回『久しぶりの路面店』の続き)

 

 

しかし普通に考えたら、とんだ逆張りである。

 

先行きも売り上げ予測も全くつかない上に、固定費が営業した時間だけ確実にかかっていく実店舗の営業である。それとは真逆のコスト計算で何とかやってこられたのが三宅商店というネットストア。コロナでいつ何がどう自粛になってロックダウンになるか分からないような状況下で「路面店を新規オープン」する一手には、オーガニックな勝機は存在しないと思った。そもそも自転車操業なので、そこに回す余剰の資金がない。

 

「て事は、めちゃくちゃクリエイティビティを燃焼して、何かをそこに注入していかないとやれないだろうな」

 

ちょっと待ってくれ、僕は今、犬式の作品作りやレーベルチームの形成、その他の音楽活動、つまり選挙や政治活動で長らく向き合えてなかった事にやっと向き合い、氣が巡るようになったところなのに、そんな余力ある?

 

って事は、これは本当に現在の商店スタッフ、近未来の商店スタッフ、仕入れ先、そして商店を支えるユーザーと言う「コミュニティ」全体の話にしないと、進められないだろう。

 

でもそれって、以前から思い描いていた「三宅の商店」から「皆んなの商店」と言うステージにエネルギーを引き上げる、良い機会なのかも知れない。

 

3年ほど前に米国西海岸で見たPEOPLE'S COOP(ピープルズ・コウアップ)などの、オーガニック・ナチュラルなコープのあり方に受けた刺激への、第一歩を踏み出せるのかも知れない。

 

 

利益に縛られた産業によって毒された食品の安全保障を自分たちの生活に取り戻したい都市住民たちが、ある種の組合制度や消費者による小規模な融資制度でオーガニックスーパーの運営をサポート(中には運営サイドに選任されたり、従業員になる人も)。60年代のヒッピームーブメントや、グレートフルデッドのようなロック思想、はたまたジャズやヒップホップがもはや学問的なレベルにまで昇華されて社会構造の一部と化している西海岸の文化を象徴するように、書籍コーナーには合法化されたばかりのカンナビス(大麻)関係の書籍からヨガ、東洋思想の本も目立つ。

 

レジではドレッドだったりタトゥーをたくさん入れた店員が、気さくにお客と会話してる。実際には米国全体で言えばまだまだ働く場所の限られるタイプの人たちを積極的に雇用するスタンスや、人種やそれぞれの文化をリスペクトする姿勢は明確だ。

 

だからそこで働く店員たちに「ここで働く自分たち」への誇りと主体性を感じたし、20世紀型資本主義が従業員の多くに強いてきた媚びたようなマインドがないので、こっちもお客として楽だった。率直なリクエストも言いやすいし、「やあ、調子どう」ってな温度感で物を売り買いするのは気持ちが良い。逆に機嫌が悪くて神経質なモードになってて「今日は話しかけないでくれ」オーラのお客は存分にそうしている。つまりみんな好きにしている。

 

選任された運営委員の一人に話を聞くと「楽しいしやり甲斐はあるけど、ユーザーともスタッフとも本当にあらゆるシーンで話し合いをたくさんするから、大変だよ」と笑っていた。もはやある種のファシリテーター、議員活動、イロコイ合議制、プリミティブな意味での「政治」だ。

 

あ、軽く資本主義の向こう側が見えてきてるなこれは。と思ったし、それはシステムの話でもあるんだけど、最終的にはコミュ二ティにどんな精神性が宿るか、なのだと思った。

 

その主体は「社長」や「従業員」でもなければ「ユーザー」でもなく、間違いなく「全員」だ。そのマーケットが存在する事で人生の質を担保できると感じている全員が、それぞれの関わり方で少しづつの日常的なサポートを供出して「市場」を発展させている。

 

西海岸のみならず全米にこうしたCOOPのネットワークが存在し、各地域で独立した運営を保ちながら需要と供給の協力関係を築いて国内、海外のオーガニック農家や組合と取引きを行っている。

 

米国における先進性のメッカの1つとして知られるオレゴン州ポートランドの店舗は、地元のパーマカルチャーデザイナーたちが大いに関わってワークショップを開催したり、アーシーな土作りのベンチが備えてあったりする。搾取や不平等や環境破壊によって成り立つ安易なグローバリズムから、地域がコミュニティとして力を取り戻していき「消費動向」という人類共通の最重要文化を自分たちで意識的に築いていく小さな試みの集まり。

 

 

 

もちろんCOOPから得たものは幾つかあるインスピレーションの1つであって、これをその通りにやれば良いと思ってるわけではないけど、あの時に感じたワクワク感は今の自分を動かす源になっているのは間違いない。

 

小さな金融も含めた地域経済をDIY。その自律したローカル同士が距離を超えてネットワークで繋がる事で見えてくる、大きな力にコントロールされたり搾取される事のない新たなる世界。

 

そんなビジョンを実際に具現化して行きたいとは以前から思っていた。

 

という事で勤務形態も含めて小さくはない変化を伴うこの決断について、スタッフ一同の意思確認も慎重に取りつつ、

この壮大な逆張りに、打って出る事にした。

 

吉備中央町の谷あいの街道沿いに小さくとも文化度の高い循環型流通経済の砦を築いて全国に狼煙を上げるプロジェクト。ローカル経済、地域内経済の希望。ここを起点に、オーガニックな農産物やハンドメイドの木工品などの作り手が販売を展開できるようなプラットフォーム。地元の日用的なニーズ(既存の消費)と環境や地域に配慮した三宅商店的なチョイスが交差する出会いの場所。お弁当や美味しいコーヒーが飲める峠の茶屋。これまでは都会のストリートに集約されがちだった音楽やファッション、映像やスポーツ、アクティビティなどのカルチャーの芽を「地方移住ブーム」に乗せて中山間地へ運び融合させる文化発信基地の1つ。自伐型林業の木こりや大工たちとのネットワークを活かして薪や木そのものや果てはそれを加工した建物(ログハウスやツリーハウス)の販売など里山経済を新たに生み出す雛形。無料のティースタンドやキッズコーナー、図書のリサイクルボックスや屋根付きのベンチなどがあって、地域の人々と訪れる人々の気さくなコミュニケーションが生まれる町の一角。一定期間、仕事を抱えて田舎へ癒されに来るシティワーカーやノマドワーカーのためのやたらと仕事がはかどるコワークスペース(共有オフィス)。近郊のキャンプ場などと提携して様々なワークショップが開かれる学びの場。

 

想起されるイメージを急ピッチでまとめつつ、4月にプレオープン、6月にグランドオープン、そんなイメージでスタッフ一同走り始めたところである。

 

さあ、まずは資金集めだ。

 

こうなったら明け透けに手の内を公開しながら、この物語に乗っかってくれる人を募って行く所存。

 

クラウドファンド、補助金・助成金、個人融資、音楽の仕事の依頼、考えつく限りの全方位で、なぜかこのコロナパンデミックの先読めぬ真っ最中に、勝負に出た僕ら、そして僕である。

 

こうなったら「ショックドクトリン返し」「ピンチをチャンスに」「プレッシャー跳ね除け乱反射(by KJ)」「ストライカーの嗅覚」「謎の逆張り」「逆転ゴール」「結果が全て」「その先にある新しくて懐かしい未来」を見せるしか無いのである。

 

 

 

 

三宅洋平は政治から遠ざかったのですか?

と聞かれることがままある。

 

あなたにとって政治とは何ですか?

と答える。

 

それは選挙や永田町や霞ヶ関なんですか?ワシントンやモスクワやロンドンなんですか?違うよね、あなたとあなたから見えるその景色ですよね。

 

グローバリズムに席巻され、テクノロジーに圧倒され、金融市場と情報に振り回される世界から人々が主導権を獲得するには、循環型のライフスタイルへの進化および手の届く範囲の地域経済と地域政治にアクティブに関わっていく「ローカリズム」へと多くの人々が開眼していく必要があると思う。

 

 

 

僕は多分、2013年からあんまり変わってない。

 

少し社会ズレて、さらにグレて、傷の数だけ學んで、ちょっとだけ大人になったかも知れないが、掲げていた政策アジェンダを含めて、大意はほぼ変わらない。

 

言っていたことをさらにもう一歩、実行に移してみようと思う。

 

仲間たちファミリーたちと共に。

消費動向で世界を変えよう。

 

 

大家さんは軌道に乗るまでは家賃は要らないと言う。

 

朝7時からの開店スタッフは自宅が併設するので、お母さんが無償で立ってくれると言う(それは労基法上できないので時給をちゃんとお支払いするが、気持ちに力をもらう)。

 

「最初はあなた方を見た目でヒッピーぽいと訝しんでいたけれど、何年も皆さんの頑張って仕事されているのを見てきて、もうこの時代はスーツ着て口だけ真面目な人たちよりもあなた達みたいな若い人たちの方がよっぽど真面目にやってる」

 

「町にも必要な力。本当に頑張って欲しいの。」

 

ちょっとビールやコーヒーやタバコを買いに向かいのヤマザキストアへ行った折々に、何度もカウンターごしに熱く話しかけてくれたお母さんの気持ちや、きっと当初はお母さんどころじゃなく僕らを訝しんだであろう地域の総代も務める寡黙なお父さんが粛々と守ってきた小森地域の「商店」の看板を、今一度、磨いてみることにする。

 

その物語が、全国の似たような物語たちへの共感やモチベ、助けや慰み、そして時にはモデルケースとなって広まってくれたら、この国や世界のあり方そして未来はほんの僅かでも馬鹿にならない角度の変化を見せると言う確信はある。

 

(続く)

 

 

 

三宅商店が会社になったのは2013年10月。

 

2021年2月現在でかれこれ7年と4ヶ月やっている事になる。

 

その前は、沖縄県北部の本部町という小さな港町の公設市場の一角を間借りしてツアーの合間に一人で営んでいた事に端を発する。地元の自然農を営む静子さんが野菜などを売っている「すこやか農場」の奥の3畳を借りての営業だった。

 

16歳から32歳まで居住していた東京から本部町へ来たのは、2011年4月初旬、原発事故による放射能から逃れて沖縄へ来て3週間目のことだった。事故前は、ちょうどこれから海外に重心を置いて活動していこうとしていた矢先だったので、身は軽かった。

 

国中が未曾有の混乱の中、ツアー稼業もままならない状況ではあったが、そもそもこれだけの量の放射性物質を環境放出した事の影響が全く読めないので、もはや「ミュージシャン」であるかどうかなどという事より「生きる」という事にフォーカスして、専ら食べ物を作る事などに気持ちが向いていた。

 

2009年頃、六ヶ所村再処理施設を阻止するウォーキングに仲間が参加していたあたりから原発の事に意識が向き始め、反対集会や抗議行動に参加、原発工事を30年近く阻止してきた祝島に1週間滞在し、工事阻止を日常に組み込まざるを得なかった漁民や農民のたくましさと朗らかさにむしろ力を貰って帰り、のちに『祝島帰り』((仮)ALBATRUS)という曲を書いたりする事になる。

 

僻地の住民の生きる権利の搾取や生態系の破壊が「経済」の名の下に断行される不条理と、それをほぼ関知しない事で成り立っている社会に対する不信感がマックスに高まっていた頃だった。長らくそう言うことを関知せずに生きてきた自分への憤りもあったし、20代後半と言う若さも相まって熱くなっていた。

 

電力会社や政府の危機管理意識の欠如や、社会への情報伝達における不誠実さを目の当たりに見て(「原発は安全です!」)、原発そのものよりもむしろそれが怖いと思って、危機感を募らせて世に訴えていた中での2011年3月の事故だったので、ショックや絶望感はひとしお大きかった。

 

この人たちはこれから、これまで通り壮大な嘘をつき始めるだろうと思った。人格どうこうの話ではなくて、巨大な構造の問題がそうせざるを得ない人々をたくさん生む。

 

なので、その後の政府発表などの公式見解はほぼ一切、信用できなかった。僕がそれまでの活動を通して世界中の事故の事例から学んでいたのは「こういう時にオーソリティ(政府筋の専門家や企業の公式見解、時には医学界)は嘘をつく」という事だった。そしてそれらの「見解」の源にある IAEAやその前身であるマンハッタン計画の歴史的な性格を知っていれば、原子力産業全体が巨大な嘘で成り立っている事に気づく。

 

安全バイアスが強く働く世の中へ放射能の危険性を発信していく活動はとても疲弊した。それは家族や友人であっても、多くの場合は同じ努力を要した。

 

末端の事象というよりは、システムの根幹を突かないと変化はもたらせないと思い至り、2013年に1回目の参院選に出る。当時、せめてもの自分の届き得る現実的な手段がそれだった。今数えると、34歳の夏だった事になる。音楽で海外行こうと思っていたが、なぜか日本で選挙に出ていた。

 

落選はしたが多くの仲間たちの尽力によって選挙史に存在しなかったものを新たにもたらす程度のムーブメントは巻き起こした。一介のインディミュージシャンが全国比例区で17万を超える個人票を獲得した。そしてその『選挙フェス』が播いた種は今も、あらゆる形で社会に萌芽していると確信させてくれる人々を、これまでにも沢山見てきた。何よりも山本太郎を当選させることができた。

 

日本中の主要都市の街区を、例えば東京・渋谷のスクランブル交差点だったはずの場所を、究極のゲリラライブ状態で何千、何万人という聴衆が「選挙の名の下」に合法的に埋め尽くした光景の中で、変化の兆しを感じると同時に大波が去った後のじれったいほどの静けさや停滞の期間も予期したし、何よりも僕らが糾弾する政府や電力会社、経団連や経済の構造の全てが人々のライフスタイルの写し鏡であるという現実そのものに変化を加えていくという道のりを思うと、その途方もなさに目眩を覚えるような思いもあった。

 

選挙の演説でいくらエコロジカルや生態系の権利を訴えて納得や感動を得られたとしても、それは多くの人にとっては人生の中の一瞬としてタイムラインを流れ去っていく出来事に過ぎない。音楽で心を動かすのも、ドラスティックに言ってしまえばそうかもしれない。

 

 

例えば、

 

たった今、

 

ケミカルな合成洗剤を環境放出して、自分以外の菌や微生物、昆虫や動物、植物が生きていけない状況を作り出しながら「原発からの汚染水の放出に憤っている」人の、その手に持つ洗剤を生分解性のものに換えてもらったり、使わないでも落ちる汚れが多いことを知ってもらいたかった。

 

「高いものは買いたくない、買えない」という論理を乗り越えて、本当に大切にするべきものは何かを世の中の大勢が理解して行動すれば、結構シンプルに世界を変えられると思った。実際には知恵さえあれば、何も買わずに実践できることも多い。

 

なので壇上で演説しながら、数多の聴衆の皆さんの着ているものや被っているもの、履いているものなどをつぶさに見ながら、あれも変えられるな、これも変えられるな、と思ったりしていた。まだまだ不完全ながらも自分なりの姿勢として麻のふんどし、麻のパンツにTシャツやタンクトップという「正装」で暑い夏の選挙の街宣に、裸足や沖縄の島ゾウリで臨んでいた。

 

僕は短絡的なので、言っているだけでは収まらず、自分が衣食住の暮らしのシーンで活用しているアイテムたちを直接に売った方が早いと思って、三宅商店を始めた。

 

言ってるだけだと家に帰って忘れるけれど、買って帰ってくれたら、そのアイテムがしばらくはずっと語りかけてくれるかも知れないと思った。それは百日の街頭演説よりも、効果があるかも知れないと思った。

 

 

例えば、

 

パレスチナからやってきたオリーブオイルの瓶が底をつくまでのしばらく、いつもの台所に中東情勢やイスラエルという存在についての歴史的な想念が渦巻くかも知れないし、それは次なる消費行動やひいては生き方に根本的な影響を与える小さなきっかけになるかも知れない。

 

三宅商店という「セレクトショップ」は、そう言う僕の夢想を現実的なアイテムとしてセレクトして置く、暮らしの概念革命を目指した。

 

売ると買うと言う行為を通じて繋がるインスタレーションアート。

 

選挙の一回の握手で終わらない、例えば半年使う石鹸握って帰ってもらう事で、合成と天然の違いや意味を肌で感じてもらう事って、すごい濃厚なつながりだと思ったんだよね。生きる行為に及ぼす濃厚な影響を促す、相互的な行為のアート。

 

そうした創業者としての個人的な意図と、現在は遠隔スタッフも含めると十数名が関わる会社と言うコミュニティとしての意志やユーザーのリクエスト、経営的な指針も織り交ぜて、何とかかんとか今日まで続けてこられた。

 

2016年も含めた選挙の後のちょっとしたバブルも味わったし、それ以外の多くの期間は「人にも環境にも良いものを適価で売る」事の難しさ、何よりも「小売業」の厳しさ、いやもっと言うなら「経営」の難しさ、を思い知らされる時間でもあった。

 

路面店に関しては、沖縄・那覇の浮島通りに3年ほどお店を構えていたが、家賃やお店に立つ人件費などの経費をまかなう売り上げを出そうとすると、結構がんばらないといけない、って言うのでスタッフがいわゆる資本主義的「販売員」の苦労にさいなまれて疲弊著しかったりもあったので、現在の岡山・吉備中央町の物流本拠地には小さな直売所はあったが(コロナで2020年3月に閉店)、基本的にはここ数年はネット販売にウェイトを置いてきた。

 

そんな最中に、コロナがやってきて世相が一気に変わり、いろんな稼業が苦しくなっている状況下、三宅商店事務所のお向かいにある大家さんのヤマザキストアがご夫婦の高齢化もあって、畑などやりたいこともあるので2020年いっぱいで閉店する事になった。近年は、地域の過疎化と近郊の大型商業施設でのまとめ買いなどもあって、光熱費や自分たちの人件費も含めると実際には持ち出しの方が多い中で、先代の商店から続く数十年の地域流通の拠点としての存在を維持するために営業してきたと言う。地域にはまだ、ここまで歩いて買い物にこられる事で助かっている人もいる。事務所への行き帰りに酒やタバコを求める職人たちもいる。

 

それこそ池田藩の頃までさかのぼってみれば、高瀬舟で川底を棒で突きながら南は倉敷や岡山、北は真庭や津山を荷物満載で行き来していたような頃には、ここら辺は温泉もあって峠の街道沿いで川沿いでもあるので、交通と流通の拠点であった事は容易に想像できる。先代くらいまでは辺りに旅立つ人あれば、その棺と、それを打つ釘まで取り扱うのも仕事であったと言う。

 

 

 

でもって

 

「もし可能なら、この灯火を三宅商店の皆さんに継いでもらいたい」

 

と仰るのである。

 

 

 

このコロナ禍に、トラックが乱暴に通り過ぎていくだけのこの過疎の山奥の街道沿いの旧ヤマザキストアを、継いで大変な思いをしないだろうか?

 

率直に言って、最初はそう思った。

 

でも、得体の知れないやり甲斐も感じた。

 

 

 

 

久しぶりの路面店|三宅洋平 #note https://note.com/inushikiyohei/n/n85eace54bd3b