花 281 | 舞う葉と桜〜櫻葉・嵐綴り〜

舞う葉と桜〜櫻葉・嵐綴り〜

腐女子向けのお話ブログです。

「ええ⁉︎ここ⁉︎ここなん⁉︎何やここ⁉︎ほんまに病院なん⁉︎もうホテルやん‼︎スイートやん‼︎まーくんどこ⁉︎にいちゃんどこ⁉︎」
「………ヨコ、うるさい」
「きみちゃん出禁になったりして」
「こんだけ広いんやから、ちょっとぐらい騒いでもかまへんやろ‼︎」
「いや、普通にダメだろ」
「すみませーん、出禁はきみちゃんだけでお願いしまーす」
「ならへんてそんな‼︎気にしすぎや‼︎」





懐かしくも騒がしい声が聞こえて、それが段々と近づいて来て、自然と顔がニヤけるのが自分でも分かった。





そうそう、これこれ。


これが俺の日常。そうだよ、これだよこれ。このうるささ。





今日、来ることは知っていた。


だから楽しみにしていた。


楽しみにしていて、実際にこうして声を聞くと、来たーーーーー‼︎って、想像以上に嬉しかった。





せっかく来てくれたのだからと、ぐぬぬと痛みに耐えながらリクライニングベッドを寝ている状態から起こして、俺は待った。再会の瞬間を。その時を。





俺が入院してから早いもので2週間。





風間さんはちょくちょく来てくれている。


食べ物や飲み物、雅紀の洗濯物や(俺の分は病院でやってもらえるが、付き添い分まではやってもらえないため、雅紀のは風間さんにお願いしている)、雅紀がアレコレ言うものを届けに、結構な頻度………2日3日おきにぐらいに。


でも松本さんと横山さんがここに来るのは初。





何だかとても久しぶりな気がするのは、入院前はかいよう病のことがあったし、入院してからは1日が恐ろしく長いからというのもあると思う。





そう。


俺の1日は長い。めちゃくちゃ長いのだ。





何故ならば、何もすることがないからだ。俺には。何もできないからだ。俺には。





この部屋が豪華過ぎて忘れてしまいそうになるが、ここは病院。


だからかなり規則正しい生活で、朝早く夜も早い。





起きて運ばれてくるご飯を食べて、歯磨きをして顔拭き身体拭きをして(雅紀にやってもらって)、大体いつも9時からリハビリ。


リハビリ室までの往復込みで40分程度のリハビリが終わると、もうそこで終わり。


後はご飯以外、俺には特に何もやることがないのだ。


ああ、もちろん、回診とかはあるけども。





ちなみにリハビリ室は、渡り廊下を渡った別館の1階にあって、その別館はこっちの、俺がいる特別室がある本館とは別の病院か?ってぐらいの差があったりする。





はっきり言って古い。


古くて暗い。朝でも昼間でも電気がついているのに暗い。夜は行きたくないぐらい暗い。





どうやら別館にも入院病棟があるらしいのだが、本館とは違って何でか時々叫び声が聞こえたりする。


まじで夜は行きたくない。





リハビリは、一応9時になると松本先生が迎えに来てくれるのだが、歩くのがリハビリだからって先生は先に行ってしまう。


だから俺は歩行器につかまって、よたよたとひとりでリハビリ室まで行くのである。





初めてひとりで行った日だ。


渡り廊下をよたよた歩いていたら、『助けてくれー‼︎コロされるー‼︎』って声がどこからか聞こえてまじでびっくりした。





えええええ⁉︎コロされる⁉︎って。





反射的にびくぅ‼︎ってなって、いてぇ‼︎ってなって、歩行器にガシャンって足をぶつけて痛いようってしくしくしていたら、後ろから『大丈夫?』って聞かれた。


その声にもびくぅ‼︎ってなっていてぇ‼︎ってなって、さらに涙が浮かんだところに、親切にも『誰か呼ぶ?』って。





その声の主はどうやら掃除のお兄さんだったようで、しくしくしながらも『大丈夫です、ありがとう』って答えると、『そう?気をつけてね』って言い残し、掃除道具を両手に抱えてガシャガシャと俺を追い越して行った。





首が1ミリも動かなくて後ろ姿しか見えなかったけど、茶髪というか金髪、白いTシャツにベージュのパンツの、手足長めのすらっとスタイルのいい、何ともチャラそうなお兄さんだった。





本館とは清掃会社まで違うのだろうか?





本館の掃除の小綺麗な制服を来たおばちゃん数人を思い出し、そんなどうでもいいことを思った。





それから時々お兄さんの後ろ姿や、歩きながら彼女だろうか、デートしようよって電話をしながら歩いているのを見かけたり、後ろから『おはようございま〜す』って声をかけられるようにはなったのだが、未だ顔は見れていない。





特定の人以外とはほぼ会わない、喋らない入院生活の中での数少ない挨拶をしてくれる人なだけに、いつか顔が見たいと思っている今日この頃である。





「久しぶりやな、にいちゃん‼︎元気やったかあ⁉︎」
「横山さん」
「バカか、お前。元気なわけないだろ」
「バカ言うなや、松潤。傷つくやろ」
「お前がバカなこと言うからだろ」
「せめてあほにしてくれっていつも言うとるやん」
「うるさい、ヨコ。お前はちょっと黙ってろ」
「何や、松潤。やる気か?ええで?受けて立つで?」
「はいはい、ふたりとも櫻井さんに会えて嬉しいのは分かるけど、本当に出禁になるからその辺で」
「………」
「………」
「え」





嬉しい?


俺に会えて嬉しいの?


まじ?


そんなこと言われたら俺喜んじゃうよ?





風間さんの言葉にちょっとニヤけた俺に、松本さんがわざとらしく咳払いをした。





「俊介から聞いてはいたけど………櫻井さん、起きてて大丈夫なの?」
「はい。寝てても起きてても痛いので」
「………うわ、いっちばんやなやつや」
「そうですね」
「あれ?櫻井さん、まーくんは?」
「あ、今日は朝から会議室にこもってます」
「重傷のにいちゃんほっといて種かい」
「はい。種です」





はあああああ。





これぞ俺の日常。





横山さんの金髪にタオルに黒つなぎのヤンキー姿も、バリバリスーツでオールバックで目ビーム松本さんも、もうこわいなんて思わない。逆に求める日常。心休まる日常。





その日はもう、何度も何度も看護師さんにもう少し静かにして下さいって怒られた。