オレンジの木にコロサレル。
目の前にあるのは木。
たくさんのオレンジを実らせた木。
………見てる。木が俺を。実が俺を。
そんなはずないと思うのに、思うんだよ。見てる。見てるってより睨んでる。睨まれてる俺。
ザワ………
風もないのに木が揺れた。枝が揺れた。葉っぱが揺れた。音がした。ザワ………って。
やばい。
やばい気がする。めちゃくちゃやばい気がする。
全身に感じるのは危機感。やばい。わけもなく思う。やばいやばいやばい。
一歩、後退した。
続けてもう一歩。後退した。
背中を向けたらダメな気がする。アウト。終わり。一瞬で。
いやいや、クマじゃないんだよ。木だ。ただの木。オレンジの。
夢だよな?現実じゃないよな?そうだろ?そうだよ。
ザワ………
揺れる。
ザワ………
揺れる。揺れている。木が。枝が。葉っぱが。
そして、ほら。
絶対見ている。睨んでいる。俺睨まれてるってやっぱり。この木に。オレンジがたくさん実るこの木に。
夢だろって思う俺と、現実としか思えない俺。
一歩。また一歩。
俺はオレンジの木に顔と身体を向けたまま後退した。
どくどくとうるさい心臓。垂れる変な汗。込み上げる恐怖。感じる危機感。感じる………。
殺気。
やばい。
やばいやばいやばいやばいやばいって。
目の前がチカチカする。まじで絶対やばいって感じる。本能で。警告音が聞こえるレベル。
これ現実だ。絶対現実だ。夢じゃない。リアルすぎる何もかもが。
だってすごい。木からの圧。
ジリジリと後退して、そこから一気に逃げようとしたそのとき。
ザワッ………
木が一気に大きく揺れて、枝が。
「………くっ」
一瞬だった。オレンジの木の枝が俺の身体に、首に、巻きついた。
プラスで葉っぱが俺の鼻と口を塞いだ。
今の今まで普通に取り込んでた酸素が、一瞬にして遮断された。
これ。
待って。
俺はこれを知っている。すごくよく知っている。
パニクりながらも感じる俺への明らかな『殺意』に既視感がすごい。デジャヴ。
ザワ………
猫が威嚇で毛を逆立てるように、オレンジの木の葉っぱが逆立ってる。
よく見るとその葉は普通のオレンジの葉ではなく、黒く、赤く、棘棘しく禍々しかった。
ぎりっ………
身体と首に巻きつく枝が徐々に締まる。俺を容赦なく締める。
ぎりっ………ぎりぎりっ………
徐々にどんどん締まる。締められる。身体に食い込んでくる。
「んんっ………‼︎んんんんんっ………‼︎」
痛い。そして苦しい。
そうだ。
俺はこの夢をよく見ていた。毎日のように見てうなされていた。
じゃあこれは夢なのか?
でも、まだ覚めない。終わらない。ということは?
ぎりっ………
さらに締まる。絞められる。痛い。やめろ。苦しい。やめてくれ。折れる。骨が。できない。息がっ………。
もがいた。
鼻と口を塞ぐ葉っぱを振り払おうと頭を振った。
首に絡む枝を外そうと爪を立てた。
汗が出る。涙が出る。鼻水が出る。
迫り来る恐怖に。迫り来る死に。
知っている。
俺は知っている。
これを、この状況を。これからどうなるかを。
夢で、そして現実で、リアルに。
そう。
リアル、に。
ぎりぎりぎり………
みしみしみし………
鳴るのは枝。
鳴るのは骨。俺の。
シぬ。
シぬ。まじでシぬ。痛い。千切れる。折れる。締められてるところが。腕が足が身体が首が。苦しい。息が。できない。
ウソだろ。何でだよ。何でまた俺はオレンジの木に。『オレンジくん』に。
痛いのと苦しいので何も考えられなくなる。
あるのは恐怖と死。そのふたつ。
ぎりぎりぎりぎりっ………
みしっ………みしみしっ………
「んんんんんっ………‼︎んんんんんっ………‼︎」
やめてくれ‼︎助けてくれ‼︎誰か‼︎誰か誰か‼︎まさき………雅紀‼︎雅紀雅紀雅紀雅紀‼︎
シぬ。
オレンジの木に、オレンジくんに俺は。『また』。
コロサレル。
最後、俺の耳に聞こえたのは。
骨が鳴って軋んで軋んで。
ぼきぃっ………
折れた、音。
「しょーちゃん‼︎しょーちゃんっ‼︎しょーちゃん起きて‼︎」
「………っ‼︎」
「しょーちゃん‼︎」
目を開けたら、薄暗いそこに雅紀が居た。
ドッドッドッドッドッ………
ドッドッドッドッドッ………
心臓は早鐘を打ち、汗はびっしょり、呼吸も全力疾走後みたいになっていた。
………夢。
もう何度めか分からないほどに見ている、オレンジくんにコロされる夢。
現実に同じことが起きてから、リアルさが増した。絞められている時の痛みも息苦しさも生々しい音も。
痛い。
夢から覚めてもあちこちが痛い。
首が固定されているせいでまだ絞められているような感じがしている。
「………しょーちゃん」
ぐすって雅紀が鼻を鳴らす。
俺を見下ろしている目に涙が浮かんでいる。
「ごめん。毎日毎日うるさくて」
雅紀に手を伸ばして触れたいけれど、身体が痛すぎてそれもできない。
できるのはいつの間にか握られていた手を握り返すことだけ。
いつまで。
いつも思う。
こうして目が覚めると、覚めるたびに。
いつまで俺は、こんな風にうなされて、雅紀に心配をかけ続けなければならないのだろう。
この夢のきっかけになった元上司もその愛人ももう俺と関わることはないし、オレンジくんももういないのに。
雅紀はふるふると首を振って、両手で俺の手を包んでくれた。
手に雅紀のぬくもりを感じながら、同時にオレンジのある種の呪い的なものからまだまったく抜け出せないでいる自分を、感じていた。