花 279 | 舞う葉と桜〜櫻葉・嵐綴り〜

舞う葉と桜〜櫻葉・嵐綴り〜

腐女子向けのお話ブログです。

「しょーちゃん、大丈夫?何かいる?」
「………だい、じょう、ぶ」





いや、大丈夫じゃない。


全然微塵もこれっぽっちも大丈夫じゃない。痛い。そして痛い。痛いし痛いし、痛くて痛くて………痛いことに疲れた。


ただただ病室の………おそろしく広い病室の中を歩行器を使って一周して、トイレに行っただけなのに。





ベッドに座って、やっとの思いで足を上げて、え、ここからベッド倒すの?絶対痛いやつじゃん。って倒せず座ったまま休憩していたら、雅紀がお水飲む?ってストローがついたペットボトルを渡してくれて、ありがとうって一口飲んだ。





飲んだのだが、水を飲むだけでも痛い。ごくって動作で痛い。





しかもあれだ。


おそろしいことに、首のボルトが鳴るということに途中で気づいた。


気のせいなのか俺だけに聞こえているのか分からないが、動くと鳴る。メキメキ言う。





ああ、俺って首にボルトが入ってるんだなってすごく思った。


あと、首が1ミリも動かないってめちゃくちゃ不便なんだなと。


まじで1ミリも動かないため、足元なんかは手鏡で確認しながらの歩行だった。首ってすげぇんだな。まじで真面目に思った。





いや、それよりも。


そんなことよりも。





「あのー、雅紀くん?」
「え〜、何その呼び方〜」





右も左も向けないため、雅紀がベッドに横向きに座って、俺の視界に入ってくれている。





雅紀くんって呼び方にくふふふって笑うお天使過ぎるお天使に、リハビリのご褒美ってキスでもしてもらいたい。





だがしかし。


駄菓子菓子。


歩くって重労働だよ、たかはしたかし。





「この部屋は、一体1日いくらするのでしょうか………?」
「あー、ここ?」
「そう。ここ」





松本先生と超絶ゆっくり悶絶しながらぷるぷると一周したこの病室。





まず、俺が寝ているベッド。そのすぐ横に雅紀が寝るソファーベッドがあり、テレビがありテレビの前にひとり掛けのリクライニングソファーがある。


その向こう側にテーブルと向かい合わせ2個2個でソファーとテレビで、リビング的な感じのものがある。


ここまではベッドから見えていた。


そこからだ。





その奥には何とオシャレなキッチンがあり、わりとしっかりめの冷蔵庫があり、4人用のダイニングテーブルがあった。


さらにさらに扉の向こうは客室的なベッドルームがあり、まさかの会議室的なものまで。


もちろん風呂もトイレも完備、しかも風呂もトイレもめちゃくちゃ広くてオシャレでキレイ。





まじホテルのスイートルーム。


ここが病院とかウソだろ。





「ここは〜1日10万だったかなあ?あれ?20万だったかなあ?」
「は⁉︎………い、いてて」
「ああもう。ダメだよ、しょーちゃん、大きい声出したら。痛いでしょ?」
「………そう、だけど」





そうだけど、これが驚かずにいられるか⁉︎


1日で10万⁉︎20万⁉︎そう言ったよね、今この子⁉︎


ちょっと待って‼︎俺これから3ヶ月入院するんだけど‼︎


そしたらいくらになるの⁉︎


10万で90日として900万⁉︎


20万だったら1,800万⁉︎


は⁉︎はあああああ⁉︎


そんなの、腕時計と変わらないじゃん‼︎


俺この子にそんな大金を使わせるの⁉︎使わせてるの⁉︎は⁉︎はあああああ⁉︎


っていうか絶対20万だと思うよ⁉︎これで10万はないと思うよ⁉︎それぐらいの広さと豪華さよ⁉︎ここ‼︎





やめろってまじで‼︎俺の極小キャパ舐めんなってまじで‼︎


そんなのパニくるに決まってるだろ⁉︎





………ちなみに雅紀からプレゼントされた腕時計は、オレンジくんの締め技で傷がついてしまったため、修理にいっていらっしゃる。守りきれなかった。


ずっと肌身離さずつけていた大事な大事な時計なのに、今はしていないから、雅紀の想いの重みがないから、非常に手首が寂しい。





「どうしたの?しょーちゃん。魚になってるよ?」





いやだから腕時計じゃなくて。





冗談じゃないって‼︎


頼む‼︎頼むから今すぐ部屋を変えてくれ‼︎


っていうかどんな人がこんなとこ使ってるんだよ‼︎使うんだよ⁉︎総理大臣とかか⁉︎え、総理大臣⁉︎やば‼︎俺ただの研究員だぞ⁉︎会社員だぞ⁉︎





って思うのに、喋ると痛すぎて喋れなくて口がぱくぱくするのみ。





「………へ、部屋、変えてもらおう」





ぱくぱく後、かろうじて言えたのがカスカスの声でこれ。


もっと色々‼︎色々言いたいのに‼︎





「え?何で?」
「何でって………。俺、普通の部屋でいいよ。いくら何でも高過ぎる。キッチンとか客室とか会議室とか要らないよ」
「オレがイヤだからやだ」
「雅紀」
「だって、しょーちゃんがもう少し良くなったら松潤呼んでご飯作ってもらうし、きみちゃんが泊まりたいって言ってたし、会議室で仕事もしたいから、ここじゃなきゃダメ」
「いや、でも」
「ダーメ。絶対ダメ。オレがここじゃなきゃ無理。それに、このケガはオレのせいだし。だからここ。しょーちゃんはお金なんか気にしないで、1日でも早く良くなることだけ考えてればいいの」
「………そうは言っても」
「それにここだったらさ、ぴーだってできるじゃん」
「………え?」
「ん?」
「こ、ここで?」
「うん。オレ早くしょーちゃんとまたぴーとかぴーとかぴーーーーーーー」
「全部放送禁止用語‼︎いっ………いててっ………」
「だからー、大きい声出しちゃダメだって」





痛くてううって涙ぐむ俺の背中を雅紀がそっとよしよしって撫でてくれた。





3ヶ月の監禁生活。


でも、ずっとこの超絶痛いのが続いているわけじゃない。





はず。………で。





ごくり。





気持ちだけ飲み込む生唾。


本当にやったら痛いからやれない。やらない。けど。





「ちょっとぐらいなら全然できちゃうよ。ここならね」
「………」





お天使による悪魔の誘いに、結局俺はそれ以上何も言えなかった。





でも絶対絶対‼︎退院したらバリバリ働くから‼︎


雅紀のためにバリバリ‼︎パオンパオン‼︎





「だからリハビリ、頑張ろうね」
「………はい」





くふふってまた笑い声。のち。





雅紀の唇が、ちゅって俺の唇に触れた。