何をどこからどう説明したらいいのだろう。
分からなくて黙っていたのを、雅紀がどう捉えたのか。
行こって、俺より少し大きい手が俺の手首をつかんだ。
手は擦りむいていて痛いから、手首。
別に、イヤがる子どもじゃないんだから、こんな風にしなくても行く。一緒に。
それでもつかむのは、繋げない手のかわり。
本当は手を繋いで行きたいけど、繋げないから。
で、いいんだよな?
『シんじゃえ、しょーちゃん』
そう言ってニタリと笑った雅紀の顔が、頭の中にチラついた。
そのまま引っ張られ引っ張られて、納屋ドーム外にある手洗い場に連れて行かれた。
ここは収穫した作物や作業後の農道具、手や足を洗うところ。
「先に手ね」
いつもよりワントーン低い声の雅紀に促され、俺は雅紀にもらった腕時計を外してポケットに入れてから、ジャケットの袖を捲った。
「しょーちゃん、ほら、顔拭くよ」
「………ゔゔ」
返事と同時に拭かれる。
城島教授のところでもらったティッシュで。顔を。
汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔を。
俺はもう雅紀にされるがまま。お任せ。
全速力ダッシュ中に『何か』に躓いて転んでできた擦り傷は、想像以上にひどかった。
結構深くまでずしゃっといっちゃっていた。
それを洗って痛くないわけがない。
でも洗わなければ細かい砂利なんかが傷口に付着している。入り込んでいる。
ってことで洗ったのだが。
痛い。とにかく痛い。まあ、痛い。
泣いた。
いや、勝手に涙が出た。痛すぎて。
特に膝は悶絶した。叫んだ。いたいいたいいたいいたいいいいいいいい‼︎って。
痛すぎてすぐに手を止める俺に、オレがやろうか?って雅紀が言った。
それもありかと思ったが、自分のタイミングの方がいいだろ。
痛くてストップして欲しくても、あとちょっとだからってノンストップでやられるとかイヤだろ。
しかも雅紀は力加減ばか男だ。
ってことで何とか自分で両手両足を洗い、手足は水でびしょびしょ、顔は汗と涙と鼻水でびしょびしょで、雅紀にそのびしょびしょの顔を拭かれているのであった。
この一連の俺の大騒ぎで、さっきより雅紀の空気はやわらいだ。
「拭いたら病院行こう。ちゃんと消毒してもらおう」
雅紀はそう言いながらスマホを取り出して何やら打ち始めた。
何だろうと思ったら、ここから一番近い病院を探してくれていて、あと1時間半ぐらいで午後の診察が始まるって。
「途中コンビニ寄ったりして行って、駐車場で待ってればいいよ。しょーちゃん叫んで泣いて喉かわいたでしょ?」
「ん、めちゃくちゃかわいた」
「じゃあ行こう。その足じゃさすがにお店は入れないし」
「行こうはいいけど、そういえば雅紀ってここまでどうやって来たの?っていうか何で雅紀はここに………」
そうだ。
雅紀は今日地下にもぐるって言っていた。もぐっていた。俺はちゃんとそれを見た。
そして雅紀はもぐると基本音信不通になる。
俺以外の誰からの連絡も無視する。
え。
俺じゃない。
雅紀に連絡をしたのは。
俺は雅紀に連絡なんてしていない。しようと思ったけど、する前にオレンジくんの葉っぱでパニクって結局していない。
え。
これ。
今目の前にいる雅紀は………雅紀、だよな?
さっき俺に『シんじゃえ』って言った雅紀は雅紀じゃない。
雅紀は絶対、俺にそんなこと言わない。
じゃあさっきのは何だ、誰だって話は今はちょっと置いといて、あれは雅紀じゃない。
けど。
なら。
この、雅紀は?
ドッドッドッドッドッ………
ドッドッドッドッドッ………
おさまっていた心拍数が、また一気に、ぶわっと上昇した。