ここしばらくハウスには行っていなかった。
ここしばらく雅紀だけが行っていた。
それは、俺がオレンジくんに会うとおかしくなると雅紀が気づいたからで、雅紀にまだ言っていない、俺がオレンジくんに会うとおかしくなる原因が、ハウスに行くと聞こえる幻聴、だから。
元上司からの手紙やイタ電被害を受けるようになった少し前から、俺は幻聴に悩まされ始めた。
最初は知らない男の声で、でもいつからか雅紀の声でシねとかコロすとか消えろとかが聞こえるようになっていた。
『ハウスの中でのみ』聞こえるそれは、果たして本当に『幻聴』なのか。
もし本当に幻聴であるなら、それはもちろん精神的なもので、元上司の逮捕、ここしばらくオレンジくんに会っていなかったことによって、不安や心配、ストレスが大幅に減少され、聞こえなくなっている可能性が大いにあるはずだ。
でも、もしまだ聞こえたら。
以前と何も変わらず聞こえたら。
疑惑はあるのだ。
『幻聴ではない』疑惑が。
俺がはっきりさせていないだけで。
昨日、俺は雅紀とまた一歩進んだ関係になった。
最後まで致してはいないが、それはそれはもうかなり、相当、でろんでろんのえろんえろんなことをやった。いや、やりまくった。
俺のパオンがしょぼんどころかカスカスのスカスカになるほどに。
雅紀がまだやれそうなのが不思議なほどに。
24日の夜、寝る前にリビングを少し片付けて気づいた。
ラグの迷彩柄に紛れてオレンジの葉っぱがあったことに。
25日の夕方、ソイ御殿に戻る前に少し片付けて気づいた。
ベッドの下に、オレンジの葉っぱがあったことに。
リビングでベッドで、俺と雅紀はでろんでろんのえろんえろんなことをやった。やりまくった。
『盗聴器』。
いつも不自然に落ちているオレンジの………オレンジくんの葉っぱに、どうしても忘れられない言葉。
もし、本当にこの葉っぱを通じてオレンジくんが俺たちの会話を、様子を、盗聴をしているのだとしたら。
オレンジくんに意思があり、考える知能があったと仮定して、その知能でどこまでを理解しているのかは分からないが、俺と雅紀がオレンジくんの前でしたことがあるキス以上の『ただならぬ関係』になったことは絶対に確実に伝わったはずだ。
だから俺は、行こうと思った。
ハウスに。
横山さんに大きな誤解をされたままだとしても、行かないと、と。
できれば、幻聴であって欲しい。
オレンジくんは、雅紀が開発した、農業界に嵐を巻き起こす奇跡の木。
雅紀が愛情と時間をかけて育てた、革命の木。
カアアアアアッ………
カアアアアアッ………
カアアアアアッ………
カアアアアアッ………
雅紀に手を引かれて外に出ると、カラスの大きな鳴き声が聞こえた。
数はだいぶ減ったものの、暮れていく空に舞う、10羽ほどのカラスたち。
「ヤスくんに一回狩ってもらおうか」
俺の視線を辿ったのか、そして何を思ったのか、雅紀が静かにそう言った。
「やっぱり待ってる?」
「いや、行くよ」
無言だった俺に心配そうな雅紀の目。そして声。
大丈夫って無理矢理笑って答えて、俺はしばらく振りに、オレンジくんが待つハウスへと入った。