ふと気づけば俺はリーフシードの事務所に居た。
どうやら俺は、雅紀のキス暴露によりパルプンテパルパル以上のパルプンテで、どうかしていたらしい。
あまりにもパルパルが過ぎると記憶って飛ぶんだな。
俺が座っているのは、ここにレンタルが決まってすぐ、用意してもらった俺の席。
風間さんの前。
そこでファイルを開いていた。
どんだけ分溜まってんだよってぐらい溜まった領収証を整理するファイルを。
事務所内は静かだった。
聞こえるのは暖房の音と、風間さんの超高速タイピングの音。
外で鳴いているカラスの鳴き声も聞こえるぐらいの静けさ。
っていうか雅紀は?横山さんは?ご臨終されていた松本さんは?
みんな仕事?
え、松本さん、俺が言うのも何だけど、仕事できるの?あの状態で。
そもそも俺っていつの間にここに来たんだ?
雅紀に引っ張られて連れられて来たのは何となく覚えている………ような?
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ………
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ………
今日も今日とて忙しそうな風間さんに話しかけるのはちょっと気が引ける。
しかもキスがバレた後だ。
だがしかし。
駄菓子菓子。
顔が浮かぶよ高橋隆。
「ああああああの、ま、雅紀は………?」
風間さんは基本的に温厚で優しい人だと思う。
でもそれは、あくまでも基本的に、で。
風間さんは実はお三人の中で、一番こわい人だと思う。思っている。
絶対に絶対に絶対に、敵に回したらダメな人。怒らせたらダメな人だと。
何故なら。
何故ならば。
風間さんは、キレ方がやばい人だからだ。
めちゃくちゃやばい。めちゃくちゃこわい。
頭が良くて法律に詳しくて、多分人脈もある。その人脈の幅も多分広い。想像以上に。
人ひとり社会的に抹殺することは、この人には多分、冗談じゃなく本当に、普通にできるんじゃないかと。
実際見たわけではないけど、多分………絶対。
「まーくんならハウスに行ってます」
「あ、じゃじゃじゃじゃじゃじゃあ、お、俺も」
「まーくんに櫻井さんはおれとここに居るようにと言われてます」
「え」
そんな。
雅紀を手伝うという名目で、こわすぎる風間さんから逃げようと思ったのに。
え、本当に雅紀がそう言ったの?
風間さんが俺を雅紀に近づけさせないようにじゃなく?
「櫻井さんは何も言わないけど、ハウスに行くたびに調子が悪くなってってると思うからって」
「………あ」
ハウスに、行くたびに。
それはつまり、オレンジくんのところに行くたびにということで。
俺、雅紀には本当、オレンジくんのことは何も、言っていないのに。
「まーくんは種しか見てないようで、種しか見てないけど、ちゃんと見てることもあるんですよ」
そうか。バレてたのか、しっかりと。
雅紀も何も言わないから、誤魔化せていると思っていたのに。
「櫻井さん」
「は、はい」
「『櫻井さんとまーくんとのこと』については、前にまーくんから聞いて、おれは知っていました」
「………し、知ってた?」
「はい。知ってました」
「ちなみにいつら………?」
「少し前です。まーくん本人から聞いて」
「………」
雅紀。
雅紀くん?相葉くん?相葉さん?しゃちょ?お天使さん?
あなた何てことをしていらっしゃるんですか⁉︎俺の知らないところで‼︎
よりによって、よりによって一番こわい風間さんに言うって‼︎
しかも今はその一番こわい風間さんとふたり。ふたりきり。
お、俺は今から一体、何を言われるんだ?この人から。
「最初に櫻井さんがここに来てから今日まで、櫻井さんという人を見てて、おれなりに櫻井さんという人がどんな人か、分かってるつもりです」
「………はい」
「真面目で誠実で努力家。ちょっと頼りないところや残念なところもあるけど、配慮気配りもできる人だと思ってます」
あれ。
意外にも結構高評価な気がするのは気のせいだろうか。
風間さんなら、もっと厳しい査定をするのかと思っていたのに。
「あ、ありがとうございます」
「何より、『あの』まーくんがこの短期間にここまで心を許してる。それが、櫻井さんという人がどんな人かをすべて物語っていると思ってます。おれたち三人とも、それは」
え。
うそ。まじ?
この人まじでそんなこと言っちゃってる?
顔はごく普通だけど、めちゃくちゃハイスペックな風間さんが。
しかも、横山さん、松本さんもって。
どうしよう。
それはちょっと………いや、だいぶ嬉しいんだけど。
「人と人が一緒にいれば、時に喧嘩したりぶつかり合ったりすることもあると思います。それで泣くこともあるかもしれない」
「………はい。そうですね」
「だからそれはいいです。別に」
「………は、はい」
「でももし、櫻井さんがまーくんに対して不誠実なことをして泣かせたら………」
どきり。
びくり。
ぞくり。
一旦言葉を切って、パソコンの画面からすっとこっちに視線を向けた風間さんの目が、顔が。
………コロし屋かよ。まじで。
とんでもなく無表情で、とんでもなくあっちの世界にイっちゃっている表情。
「その時おれは、容赦なく櫻井さんを社会的に抹殺してあげますよ」
「ははははははいっ………」
表情や目だけが恐ろしいほどの殺気を含んでいたのではなかった。
声も。その声も、縮み上がるぐらいの殺気に満ちていて、もちろん最初からそんなつもりはZERO〜なのだが、絶対そんなことはしません‼︎って、俺はめちゃくちゃ自分に誓った。
「まーくんが好きですか?」
少しの沈黙の後。
止まっていたカタカタタイピングを再開しながら、さっきとはうってかわっての穏やかな声で聞かれて、俺は座り直した。
ここはちゃんと、答えねば。
「………はい。とても」
「じゃあ………。まーくんを、お願いします」
カタリと止まる手。
じっと俺を見る目。
………風間さん。
それって何か、娘をお嫁に出す父親のようなのですが。
「精一杯、大事にします」
って、いや俺、雅紀が俺をどう思ってるか知らないけど。
けど。
風間さんが目を伏せて穏やかな笑みを浮かべたのを見て、いいかって。
事務所はまた静かに、暖房の音と超高速タイピングの音だけになった。