pR0T0cErAt0pS:// -4ページ目

変化


去年はたしかに苦しかった
それは、もう、変な話、自信を持って、苦しかった!と叫べるくらい
とても、苦しかった、うん、確かにそう

苦しい事ばっかりで
「生きてても、楽しい事なんて1つもない」
「生きている限り、こんな苦しい事が続くなら、明日になるのがいやだ」
とかとかなんて中ニ病的な発言

本気で、うん、そう、心から、そう思っていた
じさつしがんしゃの心境がよく判るというか
こんな苦しいことだらけなら、何の為に生きてるんだって思う感じ

生きる事に比べたら、死ぬって事は、なんて容易いんだ
とかとかなんて

大げさとかじゃなくって、ね
これも、まぁ、今だから言える話
今だから、んなこたぁねぇぞ、と言えるからこそ、言える話




とても幸せです

今まであった、マイナスを覆うくらいのプラスが
今の自分に訪れてる 気がする

この幸せがあって、やっと、マイナスを取り戻した
そう、やっと、ゼロになったトコロ

やっと、やっと、プラスを増やしていける位置に戻った


これからは、良い事が、たくさんあるって
思えるようになってきた 少しずつ

ん?
良い事って何だろ・・・ってちょっと思うけど
でも何かしら「生きるの楽しい」なんて出来事が
種類とか大小とか関わらず、何かしら、起るんだろうなって
思えるようになてきた 少しずつ




去年の自分は
こうなるなんてこと
全く考えもしなかったね



人生 何が起るか 本当に判らない


今までは、その「何」が
「生きてても意味ない」と感じることばっかりに思えたけど
「生きるの楽しい」と感じることもあるって知りました



ただし、その分、ひどく臆病に、ひどく贅沢になったことも、確か


失うことが怖くって
必要最低限のものしか欲しがらず
来る物拒まず去る物追わずがポリシーだった自分が
絶対に失いたくない、なんて贅沢を考えるようになりました


温かい人、らしくなったのかなあ なんて


これはきっと、良い変化、だと思う事にします

つける薬はない!


自分が判らない病に
またまたかかりました

こんなに繰り返すということは
「持病」というこでよろしいですか自分?


何してんだろ
何でこんなことしてんだろ
何でこんなこと思うんだろ

わっけわかんね

判んなくていいって楽に考えられてたのに
なんだいなんだいこの状態は

判んなくっていいじゃん


だとすると
不安で不安でしょうがない

自分はいつでも自分の味方でいてあげる
そう思ってがんばってるのに
その味方がなんだか判らなくて不安

得体の知れない味方がいたって
怖さが増すだけだろって

そんな時
そうちょうどこんな時


ほらみろ!
やっぱりお前は独りじゃないか!


指差して大声で叫ばれてる感じがする
楽しくないのに笑ってるの
ほれみたことかって叱られてる感じ
なんにも悪い事してないのになぁ

頭ん中でそんなイメージが
映像としてずっと流れてる




きっと
夜だからです

早く寝ちゃえばいいんだよ
寝れないよ終わらないから



だから
逃げ出したくなるんだ!!!!

気持ちは伝染する


大切な人と一緒にいると
自分自身もその人と同じ気持ちになったりすることってある

もちろん100パーセントじゃないけど
その人が嬉しい気持ちなら 自分も嬉しくなる
悲しいなら なんとなく悲しくなっちゃったり


気持ちだけじゃなくて
なんていうか 上手く言えないんだけど
志っていうか 意思っていうか
そういうものも伝染する気がする


高い目標を持って生きている人に触れれば
自分も「目標を持ちたい」だなんて思えたりする
それまで自信が持てなくてうじうじしてたとしても
不思議と顔を上げていられるようになったり


流行にのったオシャレなコトとか
きらきらした女の子らしいモノとか
そんなことを共有したいんじゃない
それが無駄なんて思わないけど
「それだけ」じゃないもっと別のコト



トモダチって何?って聞かれたら


心から尊敬できて
一緒にいると自分も成長できる人




自分がトモダチだと思ってる人は
みんな本当にこう言える




濃縮還元型の人付き合いです
ギュッと、ね

背中がガラ空きだぜ


ジブリの歌
今になってもう一度聴いてみると
すごく良いね

そうか
こういう意味だったんだ

子供の時は、
いや、今も十分子供で未熟者だけども
その時は気づかなかったことが
今になってやっと理解できるようになった

ジブリの歌にかぎらず
何でもそうなのかもしれないね

今、見たり聴いたり読んだりしたら
前とは違う新しい何かが判ったりするかも


だから勇気を持って
もう一度、振り返ってみようかと、思えるようになってきた

今まで避けてきた作業をやってみようかと
違う何かがみえるように判るようになったかもしれない

前を向いて歩くことを盾にして
過去を振り返ることから隠れてた自分に
喝を入れて、たまには後ろを見ろ!と

後ろから斬りつけられたら
ひとたまりも無いよねぇ



甘やかされて育ちすぎた
背中だって自分で守らなきゃね
どう守るのかよく判らないけど
守る必要があるかどうかも判らないけど

とりあえず

背中がガラ空きだぜ!

生きいんぐ


もしかしたら
一生、ずっと、気がつかないままだったかもしれない
そう考えると、自分はなんて、幸せなんだろう

それとも
みんなとっくのとうに気づいてたのかな
自分が遅かっただけなのかな

「自分の事は自分が一番よく判る!」なんて聞くけど
あれってやっぱり嘘だよね うん 嘘だよ

自分の事、ちゃんと知ってる人ってどれくらいいるんだろ
全部知り尽くすなんて、きっと無理だと思うんだよね
だって、毎日、少しずつ、変ってくもんだし、自分自身
一日1ミリの変化だとしても
1年たったら、元いた場所からだいぶ動いてる
自分じゃ気づかないことでも、確実に、ゆっくり、動いてるもんだと
どっちの方向かなんて知らないけど
まぁ要するに変っていってるって、こと


生きてるい以上
じぶんの変化を止める事はできないから
きっと本当の意味で
自分の全部が判るのは
死ぬ直前なんだろうな




今たしかに生きてるので
自分の事が判らない!と嘆くのはやめにします

しょうがないよ
今生きてるんだからさぁ