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ミッツの旅行記

旅行記が中心です。ゲイボーイズとの交流が中心で、不健全な内容もありますので興味のある方のみお願いします。
自分の備忘録用で情報発信が主目的ではありませんので、情報が古かったり不正確だったりすることがあるためご了承下さい。

ラオス7日目。
翌日の昼便でバンコクへ戻るため、観光をするのはこの日が最後になります。
ビエンチャン市内の主要なところはほとんど行っていたので、グーグルマップで調べて、あまり有名ではないけれども評価が高い観光スポットを探しました。
市の北部に、ラオ・テキスタイル ミュージアムという、伝統的な織物の博物館があったので行ってみることにしました。
LOCAで呼んだ車で、15分ほどで到着。
大きな庭園の中に、ラオス風の木造の建物が配置されている博物館で、入場料は60,000キープ(420円)でした。
ラオスの伝統的な絹織物や染色技術の歴史を展示をして、なかなか見ごたえがあります。
機織り機による手織りの実演も見学することが出来ました。
藍染などの天然の染料の展示もあり、発酵した藍による染色の実演なども見せてくれました。
その他、古民家のような棟では、昔の着物や道具などの展示はありました。
物品販売のコーナーでは、シャツやスカーフなどの販売をしていましたが、どれも値段は高めでした。
休憩所ではお茶を出してくれたのかと思ったら、青色のハーブティーでした。
味も香りもほとんどしないので、何の薬草か分かりませんでしたが、添えられていたライムを入れると、赤紫色に変わりました。

1時間ほど見学した後、車で市内方面へ。
電動バイクで市内観光をした時に見逃してしまった、ワット・シーサケットの見学へ行きました。
このお寺は、ビエンチャンの中でも最も古く、信仰を集めているお寺で、定番の観光コースにもなっています。
入場料は60,000キープ(420円)、ラオス人は無料でした。
本堂内は撮影禁止ですが、大きな本尊の仏像がありました。
周囲の回廊には、たくさんの仏像が並んでいて、歴史を感じるものばかりでした。
それほど大きなお寺ではないですが、市内の中心部にあり多くの観光客や地元の信者が訪れていて、日本人も何人か見かけました。

その後、お昼ご飯を食べる店を探しながら、ホテルの方へ歩いて向かいました。
市内中心部には、タートダムという古い仏塔や、時計台などもあり、見学しながら散策しました。
時計台の広場の近くに、生ビールを出している点心の店があったので入ることに。
ラオス料理の店でしたが、中華風の点心もあり、味も美味しかったです。
軽くビールを飲みながら遅めの昼食を食べ、その後ホテルに戻って休憩しました。
ラオス6日目。
ビエンチャンの郊外のブッダパークを見学後、再び路線バスで市内のバスターミナルに戻りました。
お昼過ぎだったので、昼食のために前日と同じショッピングモールのフードコートへ行きました。
モールの中のスーパーでビールを買い、フードコートへ持ち込みました。
平日ですがお客さんも多めで、学校帰りの高校生のような人たちも食べに来ていました。
この日はラオス料理を中心にチョイス。
ラープ(肉入りサラダ)など、タイのイサーン料理と同じようなものがたくさんあります。
味付けも辛めで、イサーン料理と基本的に一緒です。
パタヤにもイサーン料理屋がたくさんあり、食べ慣れた味でした。

その日の夜は、前日バイクを借りたテー社長レンタルバイク店の隣にある日本料理屋に行きました。
3件ほど日本料理屋が集まっていて、それぞれ特色があるようでしたが、一番お客さんが多い店をチョイス。
お客さんは日本人が多いようで、韓国人やラオス人、ファランもいました。
店主は日本人の若い方で、従業員はラオス人が4,5人でした。
日本ビールなどもありましたが、レモンサワーやハイボーなどの種類が豊富。
メガサイズもあり、本格的な日本の居酒屋風でした。
料理も枝豆などのおつまみの他、日本風の麻婆豆腐など、和風居酒屋の定番がたくさんありました。
最後の締めは、近くのメコン川沿いの公園で開かれるナイトマーケットで食べることにして、お会計。

歩いてナイトマーケットへ向かいました。
そこへ行く途中の中国寺院で、たまたまお祭りが開かれていたので中を覗いてみました。
屋台がたくさん出ていて、獅子舞のパフォーマンスをしていたので見学することに。
少獅団という一座のようで、若い子男の子10人以上ののグループでした。
獅子舞の人形は3組くらいいて、かなりアクロバティックな演技でした。

パタヤのナイトマーケットや、ジョムティコンプレックスでも流しの獅子舞が来ますが、こちらの方がずっと本格的で見応えがありました。

しばらく見学した後、歩いてナイトマーケットへ。
細長い公園に、何百軒ものお店が出ていて、お客も溢れかえっていました。
売り物は、観光客向けというよりは、地元の人向けの日用品や衣類が多かったです。
メコン川の河川敷では、仮設遊園地や飲食店の屋台も出ていて、週末ということもあってとても賑わっていました。
公園はホテルの方まで続いているので、ブラブラとホテル方面に歩き、夜食を食べる店を探しました。
屋台もたくさんありましたが、ホテルの近くの食堂で美味しそうな麺があったので入ることに。
タイのクイッティアオに似ていますが、麺はラオス独特なもののようです。
スープと具材は、タイのものとほとんど一緒で、食べ慣れた味で美味しかったです。
この日は、美味しいものを食べ続け、飲み続けで楽しい一日でした。
ラオス6日目。
前日、ビエンチャン市内の観光をしたので、この日は郊外の観光へ行くことにしました。
朝は8時前に起きてゆっくり食事。
その後、メコン川方面へ散策に行きました。
この日は周辺の公園で何かの記念行事があるようで、警察による警備があり、VIPの黒塗りの車が通って行くのが見えました。
軍関係の行事のようで、軍人達は制服を着てトラックで移動していました。
このように軍が幅を利かせているところが、共産国っぽいです。

ホテルに帰って一服し、ブッダパークへ行くためにバスターミナルへ移動しました。
ホテルからはLOCAで呼んだ車で移動。
ブッダパークは、ビエンチャンの東にある、タイ-ラオス友好橋のさらに東で20キロくらい離れていますが、バス料金は18,000キープ(約130円)。
ホテルからのLOCAの料金が400円くらいなので、片道500円くらいで行けることになります。
バスは30分に1本くらい出ているようで、乗客が多かったですが、席は確保出来ました。
出発後に車掌が集金に来て、行き先を告げると、バス停に到着するときに教えてくれるようです。

友好橋に着くと、タイへ行くと思われる大きな荷物を持った乗客は下りて行き、その先に行くのは1割くらいでした。
ブッダパークまでは、延べ1時間くらいで到着。
バス停の目の前が、すぐに入り口になっています。
ここには6年前に一度来たことがありますが、かなり整備されて立派な作りになっている感じでした。
入場料は60,000キープ(420円くらい)
中にはコンクリート製の仏像がたくさんあります。
一般的な寺院と違い、デザインは斬新です。
ただ、素材がコンクリートなので、全般的にチープな印象があります。


お寺の仏像のように、拝むためのものというよりは、見て楽しむといった感じです。
仏像のエリアの奥の方も、広場が整備されていて、レストランや売店などもありました。
ここから、メコン川の向こうにタイのノンカイが見渡せます。
観光客は中国人の団体客が多いですが、タイ人のグループも多かったです。
一目でゲイだと分かる、若い子の集団も見かけました。
6年前に来た時よりも拡張して整備されている感じでした。

1時間ほど見学した後、バス停で帰りのバスを待ちました。
時刻表は無いですが、18時の終バスまで30分おきに出ているようで、休憩所もあるのでのんびりと待っていると、20分ほどでやって来ました。
乗客はファランが中心で、友好橋まではバスはガラガラでした。
友好橋で、タイからやって来た人たちを乗せるためにしばらく停車して再出発。
タイへの出稼ぎから帰ってきたラオス人や、ファランのバックパッカーがたくさん乗り込んで来ました。
友好橋からビエンチャン市内までは約40分で到着。
お昼ご飯を食べるために、バスターミナルの近くのショッピングモールへと向かいました。
タイのイサーンで、クレーンが列車に衝突する大事故が起きたそうです。
この路線、2年前に訪タイしたときに乗った列車と同じ路線です。
30人近くが死亡する大事故になっているようです。
2年前はパタヤに滞在した後、ウボンラチャタニまで飛行機で行き、その後コーラート、アユタヤ、バンコクまで列車で戻って来ました。
僕が乗った時も、在来線と並行して新しい高速鉄道の建設中で、線路の脇に高架線を建設する工事をしていました。

この新路線はラオスから中国まで繋げる計画があるようで、工事も中国の業者が請け負っているのでしょうか。

実は今回のラオス旅行の復路で、鉄道を利用してバンコクまで帰ろうと計画していたのですが、飛行機に変更しました。
僕らも巻き込まれる可能性もあったと思うとゾッとします。

ラオス5日目。
電動バイクで市内中心部を一通り観光し、お昼を過ぎたので、中心部の大型ショッピングモールにご飯を食べに向かいました。
タラートサオという古いショッピングモールの駐輪場に電動バイクを停め、タラートサオの中を見たところ、あまり食べるような場所はありませんでした。
少し離れたところに新しく大きなショッピングモールがあるので、そちらに歩いて向かいました。
パークソンラオスという大きなモールと、以前はもう一つ大きなモールがあったようですが、もう一つの方は閉店してしまったようでした。
パークソンラオスの方は、世界的なブランドの店も入っていて、日系ではユニクロなどのテナントもありました。
レストランもたくさんありますが、地下に大きなフードコートがあったので、そこで食べることにしました。
フードコートの近くには、食べ物を売っている店があったので中をのぞくと、日本のビールや缶チューハイなども売っていました。
柿の種やキットカットなど、日本のお菓子も売っていたので、お土産に少し買いました。
お酒をフードコートに持ち込んで良いか聞くと、OKと言うことだったので、日本のビールとレモンサワーを何本か買ってフードコートへ移動しました。
フードコートはラオス料理が中心ですが、洋食や中華風の料理もあり、タイのフードコートと同じような感じで、値段も安くて美味しかったです。
食後、駐輪場に移動する途中に両替屋に寄り、外に出ると、近くのお寺から煙が。
火事かと思いましたが、誰も立ち騒いでいなかったので、恐らく火葬ではないかと思います。
駐輪場から電動バイクを出し、ホテルへと戻りました。

この日は、ボーイ君の実家で夕食を食べることになっていたので、それまで一休み。
18時に車で迎えに来るということで、その前に電動バイクの返却へ。
テー社長のバイクレンタル屋は、19時までの営業なので、それまでに返却すれば大丈夫です。
ボーイ君の迎えの車が来るまで近くを散策。
和食の店が何店かあったので、翌日食べに行くことにしました。
ボーイ君の車は、お兄さんの奥さんが運転して来ました。
ビエンチャン中心部から空港を越え、さらに西へ走ったところで、30分ほど走った郊外でした。
途中の店で、ビアラオを2ダース買って手土産に。
住宅街ですが周囲は真っ暗で、どこにいるのかよく分からない場所でした。
屋外のガレージのようなところに、既に10人くらい家族や友人が集まっていました。
そこはお兄さん達家族が7,8人くらいで住んでいる結構大きな家でした。
台所にはかまどがあり、薪や炭で料理をしていました。
ラオスでは、市街地以外ではあまりガスを使っているところはないようです。
鶏や豚の焼肉や、タケノコのスープなど、素朴なラオス料理が中心です。
川海苔の佃煮のようなものもあり美味しかったです。
家族はほとんどの人が軍関係の仕事をしているということで、この日来ていた友達も、軍人や警察官ということでした。
英語を話せる人はほとんどいなかったですが、タイ語が通じるので、なんとかコミュニケーションが取れました。
軍人の中にはヘリコプターの操縦士もいて、その日パトゥーサイで見たヘリコプターの編隊飛行もしていたそうです。

いつの間にか、カラオケのセットが出てきて、カラオケ大会。
大きなスピーカーでガンガン音楽を鳴らします。
近所にも結構家がありますが、夜の10時くらいまでは大丈夫なようです。
しかし、皆公務員なので翌日の仕事を考えて、ポツリポツリと帰って行きました。
夜が更けてくるとかなり寒くなってきたのでホテルへ帰ることに。
お兄さんが運転する車に乗せてもらい、ホテルへと帰りました。