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今の自分を

    自分で分析するブログ


高校2年生から始まった摂食障害は、30歳の今になっても 完全には治ってません。


拒食⇒過食嘔吐⇒過食・・・


心から ”食べることを楽しめた” ときはいつだったか、もう記憶にありません。




これまで私は、一度もきちんとカウンセリングを受けたことはありません。

悩んだとき・うつ気味のとき など、いつも頼ってきたのは 本本 でした。

静かに本を読んで、自分に響く言葉を見つけ、

気持ちのザワザワ波が過ぎ去るのを待つのです。



一人暮らしをして10年以上が経ちました。

母の監視の目はもう そばにないのに、今でも時々

どうしようもなく落ち込んだり、怒りが込み上げたり、母を憎んでしまいます。




客観的に見れば・・・時計


成績が悪いことを責められても、サザエさんのカツオみたいに、

開き直って 笑ってれば良かったんですべーっだ!

できない自分をさらけ出して、弱さを認めてしまえば良かったんです。



でも、あの時は 弱くて・自意識過剰で・完璧主義者で

自分で自分を縛っていた。苦しめていた。




ずいぶん時間がかかりましたが、過去を完全に忘れる事はできません。

だから今の自分で、過去の自分を癒せるように、

何か気づいたら、このブログを更新して 心の整理整頓をしていこうと思います砂時計


そうしているうちに いつか、また心から おいしい食事を楽しめたらいいですナイフとフォーク



私は高校生になって、全然太っていなかったのに なぜかダイエットをしました。


始めたからには完璧主義グー

朝は一日のうちで1番しっかり食べ、甘いものが許されるのは朝食の後だけ!

昼はカロリーの少なそうなパンを1つ。

夜は夕食を17時に、カロリーを計算して食べる。18時以降は水以外 絶対口にしない!



今考えると、なんて心に悪い・・・しょぼん という生活を続けていったのです。

2ヶ月弱で、体重は8㌔くらい減りました。 生理が6ヶ月とまりました。

髪がよく抜けて、細くなりました。貧血をおこし、風呂場で倒れたこともあります。。。

今まで気にならなかった小さいホコリまで目に付いて、神経が過敏になっていた気がします。




身体の悲鳴が、 あの時は聞こえませんでした注意


拒食症の始まり。  


母には弱音をはけず、憎む気持ちばかりがふくらんで。

私がものを食べないと母は心配するので、《いい気味だ。おまえの作った食事など口にするもんか!》

と思いました。



いらないと言っても、学校のお昼にお弁当を渡されます。

私は、学校につくとすぐ、トイレのゴミ箱にお弁当を捨てました。

おにぎりを、母の顔を思い浮かべながら、勢いよく ゴミ箱にたたきつけました。



言葉で反抗しても、決して母の監視の目から逃れられなかった日々。

食べないこと・お弁当をゴミ箱にたたきつけて捨てることが、唯一 母にできる反抗でした。

あの反抗をしている時の快感は、今でも覚えていますDASH!




30年間を振り返って、摂食障害の入り口に立ったあの時は 本当につらかったなぁ。。。


そんな中でも 中学・高校と、恋愛をして彼氏はいました。

携帯携帯なんて持ってない時代だったので、家電電話の子機で彼と話をしていると、

親機で母は会話を聞いていました。盗聴!?

恋愛にまで 監視の目が光ります。

盗み聞きに気づいて以来、今日まで、母に恋愛話をしたことはありません。




ただただ当時は、 《この家から出たい!この親から逃げ出したい!》

と、考えていました。

そして、ものを食べないと誓った反面、食べ物への執着が どんどん大きくなっていました。


世の中には、様々な親子関係があります。


子供の立場から見て⇒  両親ともに元気な家庭 家 何らかの事情で父・母 どちらか一方の家庭 家

生まれた時から 親を知らない家庭 家・・・・・本当に様々です。




私の場合、両親がいて 姉妹がいて 祖母も元気で、

不満を言ったらバチがあたる環境で育ったと言えるでしょう。

(両親の仕事の関係で、生まれてすぐから5歳までは、祖母に育てられていましたが。)



そんな私が 摂食障害になったのは、高校2年生の時でした。



小さい頃から、勉強・スポーツ その他何でも、 教わったことはすぐに上手にできるほうでした。

できると素直に嬉しくて楽しくて、自分からすすんで頑張りました右上矢印



それが途中から、嬉しくなく 楽しくなく、つらいものに変化してゆきました右下矢印

勉強・スポーツ その他何でも、 両親のために頑張り出したからだと思います。



成績を報告すると、「すごいねー!」 と驚いて、誉めてくれるのは1回目だけ。

次からは、「今回はトップじゃないんだな。」 「前回よりも1つ落ちたな。」・・・・・・

最優秀であることが当然、の目で私を見るようになったのです。



頑張った過程はほめてくれません。

結果、トップであれば 「あたりまえ。」  そうでなければ 「どうしたの?」という冷たい目雷


戸惑いました。 《これが私の全力だよ。どこまで頑張れば誉めてくれるの?認めてくれるの?》



夕食が済むと、毎日すぐに勉強。 

夜中まで勉強していると、母は、音を立てずに部屋のドアをあけドア 机に座っている所をチェックしてから

満足げに眠りにつくのでした。




家にいても、常に監視されているようで、肩に力が入っていました。

そんな暮らしをしていた事から、摂食障害は始まったんだと思います。