今日の一言 「 小さな目標を確実に 」
おはようございます。
今日は、自称“日本一の変人にして三流経営者”、「カレーハウスCoCo
壱番屋」を展開する株式会社壱番屋の創業者宗次徳二の一言。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【今日の一言 2013年11月22日】
「大きな夢や目標など持たなくていいんです。
まずは目の前にある目標を達成していく。
たとえばウェイトレスをしているなら、誰よりも早くお店に行くとか、
誰よりもお皿を綺麗に洗うとか。誰よりも努力してみる。
私もサラリーマン時代は、誰よりも早く会社に出勤しました。
急には上には行けないものです。
地道にコツコツと目標の底上げをしていけばいいんです。
その継続の中で、大きなことが成し遂げられると思います。
だから、今日一日を頑張ることです。
私の場合は、大きな目標などは必要ないと思っています。
小さい目標を達成して、それを継続する。
それが全てだと思います」
(宗次徳二 壱番屋の創業者)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
宗次徳二は、25歳から経営者人生を始めていますが、超現場主義を
徹底して経営を成功させました。
常に現場を回る、常に全てのお客さまの声に目を通す。
これは、やろうと思えば誰でもやれることかも知れませんが、これを
長期間継続して実行するには相当な忍耐力・覚悟がいることだと思い
ます。こういう決断をしてやり続けたところが非凡です。
「多分、宗次がいなくても、うちのような業態は生まれていたでしょう。
でも、苦しくても何でも続けるという決断のできる彼がいなければ、
ここまで会社は生き残れなかったんじゃないかと思うんですよ」
(浜島俊哉 壱番屋社長)
「大概の人は、お金も体力も使いたくない。汗もかきたくない。
だから、私にはチャンスだったんです。私は経営の特別な才能は
なかったけれど、汗をかくのは平気。能力のある人に、私みたいに
朝から晩まで店の現場に入っていられたら、絶対に私も会社も芽は
出なかった」(宗次徳二)
「一日一生。最善を尽くして神に祈り、神に祈りて最善を尽くす。
悔いを残さないよう努力すれば、自ずから道は拓ける」
(藤井義弘 日立造船元社長・元会長)
(11/22)
今日の一言 「 自分の最高を 」
(11/21)
おはようございます。今日は、オズの魔法使・スタア誕生で有名な
アカデミー賞女優ジュディー・ガーランドの一言。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【今日の一言 2013年11月21日】
「他の誰かではなく、自分自身の最高を目指すべきである」
(ジュディー・ガーランド 女優)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
われわれは、ひとり一人与えられた条件が違います。
生まれてきた環境も違いますし、顔形・体形・性格・能力みんな違い
ます。
一つとして同じものはないはずです。だから、ある人にとっての
ベストは、他の人のベストではないのです。
条件が違うのですから。他人のベストを自分のベストと勘違い
しないようにしましょう!
自分自身のベストを目指しましょう!
とはいいながら、自分のベストを尽くすには、暴れ馬みたいな
自分の感情を常に操縦する必要があります。
他人との条件の違いに嫉妬したり悲しくなったりもします。
簡単ではありません。
最高の自分を創造すべく精進・精進・また精進です。
自分創造の“ING”、“I(=私、愛)”がなければ“NG(NO GOOD)”だ。
なんちゃって。
「幸運に恵まれたときも不運なときも、断固として最善を尽くすことが、
人生の意味を深めるだろう」(キングスレイ・ウォード)
「人は自分自身になりさえすればいいのだ。…自分をあるがままに
認めた瞬間、全ての重荷、山のように見えた重荷が、嘘のように
消えてしまうのだ。
すると人生が喜びそのものになり、光のお祭りになるのだよ」
(バグワン・シュリ・ラジニン)
「ベストを尽くして失敗したら、ベストを尽くしたってことさ」
(スティーブ・ジョブズ)
今日の一言 「 自分で守れ 」
おはようございます。
今日は、日本を代表する女性詩人茨木のり子の一言。
詩「自分の感受性くらい」より。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【今日の一言 2013年11月20日】
「初心消えかかるのを暮らしのせいにするな
駄目なことの一切を時代のせいにするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい 自分で守れ」
(茨木のり子 詩人)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
第二次世界大戦後の日本詩界をけん引した茨木のり子は、
2006年急逝します。
自宅に訪ねてきた親戚が遺体を発見したのですが、きっちりと
生きることを心がけた彼女らしく遺書が用意されていました。
「私の意志で、葬儀・お別れ会は何もいたしません。この家も
当分の間、無人となりますゆえ、弔慰の品はお花を含め、一切
お送り下さいませんように。返送の無礼を重ねるだけと存じ
ますので。“あの人も逝ったか”と一瞬、たったの一瞬思い出
して下さればそれで十分でございます」と。
死因は脳動脈瘤破裂だったので、突然にやってきた死だった
はずです。しかし、きちんとした遺書…、死期がわかっていた
かのような感があります。
わずかに光る尊厳を自分でしっかり守ったのですね。
「『ぎらりと光るダイヤのような日』
短い生涯 とてもとても短い生涯 六十年か七十年の
お百姓はどれほど田植えをするのだろう コックはパイをどれ位
焼くのだろう 教師は同じことをどれ位しゃべるのだろう
世界に別れを告げる日に ひとは一生をふりかえって じぶんが
本当に生きた日が あまりにすくなかったことに驚くだろう
本当に生きた日は人によって たしかに違う
ぎらりと光るダイヤのような日は
銃殺の朝であったり アトリエの夜であったり
果樹園のまひるであったり
未明のスクラムであったりするのだ」(茨木のり子)
「『わたしが一番きれいだったとき』
わたしが一番きれいだったとき 街々はがらがらと崩れていって
とんでもないところから 青空なんかが見えたりした
わたしが一番きれいだったとき まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で わたしはおしゃれのきっかけを
落としてしまった
わたしが一番きれいだったとき 誰もやさしい贈り物を捧げては
くれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて きれいな眼差だけを残し皆
発っていった
わたしが一番きれいだったとき わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで 手足ばかりが栗色に光った
わたしが一番きれいだったとき わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか ブラウスの腕をまくり卑屈な
町をのし歩いた
わたしが一番きれいだったとき ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら わたしは異国の
甘い音楽をむさぼった
わたしが一番きれいだったとき わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに 年とってから凄く
美しい絵を描いた フランスのルオー爺さんのように ね」
(茨木のり子)


