今日の一言 「 自分で守れ 」 | mituのブログ

今日の一言 「 自分で守れ 」


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(11/20)

おはようございます。

今日は、日本を代表する女性詩人茨木のり子の一言。

詩「自分の感受性くらい」より。

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 【今日の一言 2013年11月20日】

「初心消えかかるのを暮らしのせいにするな

駄目なことの一切を時代のせいにするな 

わずかに光る尊厳の放棄 

自分の感受性くらい 自分で守れ」

(茨木のり子 詩人)

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第二次世界大戦後の日本詩界をけん引した茨木のり子は、

2006年急逝します。

自宅に訪ねてきた親戚が遺体を発見したのですが、きっちりと

生きることを心がけた彼女らしく遺書が用意されていました。
「私の意志で、葬儀・お別れ会は何もいたしません。この家も

当分の間、無人となりますゆえ、弔慰の品はお花を含め、一切

お送り下さいませんように。返送の無礼を重ねるだけと存じ

ますので。“あの人も逝ったか”と一瞬、たったの一瞬思い出

して下さればそれで十分でございます」と。

死因は脳動脈瘤破裂だったので、突然にやってきた死だった

はずです。しかし、きちんとした遺書…、死期がわかっていた
かのような感があります。

わずかに光る尊厳を自分でしっかり守ったのですね。

「『ぎらりと光るダイヤのような日』

短い生涯 とてもとても短い生涯 六十年か七十年の

お百姓はどれほど田植えをするのだろう コックはパイをどれ位

くのだろう 教師は同じことをどれ位しゃべるのだろう
世界に別れを告げる日に ひとは一生をふりかえって じぶんが

当に生きた日が あまりにすくなかったことに驚くだろう
本当に生きた日は人によって たしかに違う 
ぎらりと光るダイヤのような日は 
銃殺の朝であったり アトリエの夜であったり 

果樹園のまひるであったり 

未明のスクラムであったりするのだ」(茨木のり子)

「『わたしが一番きれいだったとき』

わたしが一番きれいだったとき 街々はがらがらと崩れていって 

とんでもないところから 青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき まわりの人達が沢山死んだ 

工場で 海で 名もない島で わたしはおしゃれのきっかけを

落としてしまった
わたしが一番きれいだったとき 誰もやさしい贈り物を捧げては

れなかった 

男たちは挙手の礼しか知らなくて きれいな眼差だけを残し皆

発っていった
わたしが一番きれいだったとき わたしの頭はからっぽで 

わたしの心はかたくなで 手足ばかりが栗色に光った
わたしが一番きれいだったとき わたしの国は戦争で負けた 

そんな馬鹿なことってあるものか ブラウスの腕をまくり卑屈な

町をのし歩いた
わたしが一番きれいだったとき ラジオからはジャズが溢れた

煙を破ったときのようにくらくらしながら わたしは異国の

甘い音楽をむさぼった
わたしが一番きれいだったとき わたしはとてもふしあわせ 

わたしはとてもとんちんかん わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに 年とってから凄く

美しい絵を描いた フランスのルオー爺さんのように ね」

(茨木のり子)