良心軸で生き抜こう!
(1/16)
おはようございます。
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【今日の一言 2024年1月16日】
「『良心に恥じない生き方をする』と決意
しよう! 他人からどう思われようと、
損したように思えることがあっても貫き
とおそう!」
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「きれいごとでは、人生うまくいかないよ」という
批判が聞こえてきそうですが、本当にそうでしょう
か?
徹底的にためしたことがありますか?
単なる思い込みを信じていませんか?
そりゃ、他人と比較する視点は「馬鹿正直は損す
るだけ」というふうに見えるかも知れません。
でも、過去の自分との比較、魂の成長という本
当の満足を与えてくれるものの視点では、正直
や思いやり・親切・譲ることで損することはない
のです。
自分の我欲に打ち克ってこそ自分が磨かれて
いくのですから。
さあ、今、「良心に恥じない生き方をする」と
決意し、実践しましょう!
損して徳をとる覚悟を決めましょう!
「自分の良心に道案内をさせなさい」(カルロ・
コッローディ 『ピノッキオの冒険』の作者)
「良心に恥じない生き方をしたことへの最大の
報酬は、誇りを持って死ねること」(サインズ・
オブ・ザ・タイムズ編集部)
「偉大な人間は、人がほめようが批判しようが
動じない。いつも自分の良心の声を聞いている」
(ナポレオン・ボナパルト フランス皇帝・軍人)
自分磨きの邪魔になる習慣を断捨離しよう!
(1/15)
おはようございます。
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【今日の一言 2024年1月15日】
「自分のためにならない習慣を捨てよう!」
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人は習慣でできています。
考え方の習慣、行動の習慣が人生を創っていきます。
ただ、問題なのは、悪い習慣の方がとっつきやすい
ことです。
例えば、歯磨きしないと虫歯だらけになるのは当た
り前ですが、歯磨きはめんどくさいのです。
習慣にしてしまうまでは。
運動もそうです。
早起きもそうです。
身体にいい食事、食事に気を配ることもそうです。
人付き合いもそうです。
よいことはたいていめんどくさいのです。
自分を本当に大切にしたいのなら、悪い習慣を捨て
ましょう!
そして、めんどくさくても、よりよく生きることに
つながる習慣を身につけましょう!
めんどくさいことに神が宿っているのです。
「我々自身は繰り返し行っている行動により作られる。
したがって、優秀さは行動ではなく習慣によるものだ」
(アリストテレス 哲学者)
「成果をあげる人に共通しているのは、自らの能力や
存在を成果に結びつける上で、必要とされている習慣
的な力である。私の知る限り、知能や勤勉さ、想像力
や知識がいかに優れようと、そのような習慣的な力に
欠ける人は成果をあげることができなかった。成果を
あげることは一つの習慣である。習慣的な能力の蓄積
である。習慣的な能力は、常に習得に努めることが
必要である。習慣になるまで、いやになるほど反復
しなければならない」(ピーター・ドラッカー 経営
学者)
自分が元気でいられる人生の意味を自分で創ろう!
(1/12)
おはようございます。
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【今日の一言 2024年1月12日】
「あなたは、神さまに試され続けているの
です。試しだと信じ込んで、
試練に負けないようにしましょう!
『こんなの平気の平左だ!』と
神さまをあざ笑ってあげましょう!」
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人生の意味は、自分で決めるものです。
誰かが「こうだ」と言っても。正しいかどうかは
わかりません。
証明のしようがありません。
だから、意味を探して悩むのではなく、
自分なりに自分が明るく温かく元気に生きる
ことができるように、意味づけすれば良いのです。
そして、本当にその目的に役立つのであれば
それを誰が何と言おうと信じ込んで生き抜けばいい
のです。
そういう意味で、例えば、今日の一言のように
信じることも有効です。
自分なりの答えを見つけて実践しましょう!
「生きる意味を見出した者は、たいていのことは耐えられる」
(フリードリヒ・ニーチェ 哲学者)
「苦難の極限状態にだったからこそ、自分を待っている仕事や愛する人間に対する責任を自覚できた人がいる。そのような人は、生きることから降りられない。そして、収容所で最後まで生き延びたのは、未来に対する希望や生きる意味を見失わなかった者だ」
(ヴィクトール・フランクル 医師)
「君は、自分が呼吸して、自分が食べるから、自分が生きているんだと思っている。でも、呼吸も消化も、全然君が意志してやっていることなんかじゃないんだから、その意味では、君が意志して君を生きているというわけじゃないんだ。じゃあ誰がこの体を生きているんだろう」
(池田晶子 哲学者)


