2016年11月9日(水)うす曇
彦根駅〜近江鉄道〜高宮駅
多賀大社大鳥居
大鳥居の裏側です。石の階段があり、そこを登り、火を灯すのです。
宿場外れにお茶屋さんがありました。
お店のご主人が新聞を読んでいます。
「おはようございます。この高宮は多賀神社の門前町から発達した待ちですか?」
と聞くと、
「多賀神社ではありません。多賀大社です。」
とたしなめられてしまいました。
「どこからいらしたのですか?」
と聞かれ。
「日本橋からです。京都三条大橋まで歩いてゆこうと思っています。近江路に入り、
間も無くつくと思います。」
というと、
「ほーそれは大変ですな!、まずはここでお茶でも飲んで行きなさい。」
「それはありがたい!いただきます。」
するとご主人。あまり大きくないお茶碗を二つ用意します。
ポットのお湯を、丁寧に洗うように何度もお茶碗に入れたり出したりして、温度の調節(?)をしています。ちょうど良い湯加減になってお湯を急須に入れ、それをお茶碗に注ぎ込み、お茶碗に入れたお茶をまた急須に入れ、それを3回ぐらい繰り返し、やっとこさっと子小さなお茶碗に入れて私たちに
「どうぞ、召し上がれ」
と出してくれました。
ポットからお湯を出してから、とても長い時間が経ったように思えます。お寿司屋さんの大きなお茶碗に比べとても小さく感じるお茶碗でお茶を用意してくれました。
少し大きめの「おちょこ」ぐらい大きさの三分の2ぐらいの量です。
飲みやすい温度で、一気に飲んでは一口でなくなってしまいます。
少しづつ口に含みお茶を飲みました。本当に、美味しくて、美味しくて
「今まで飲んでいたお茶はなんだったんだろう!」と思い感謝、感謝です。
ご主人がこの辺り(高宮)の昔の話をたくさんしてくれました。
カミさんが棚にあった「飴玉」を見つけ、これをください。と言ったら・・・。
それはうちの商品でないので、持って行きなさい。とお金を取りません。ありがたく頂戴し、ご馳走になったお茶と同じものを一袋買い。お店を出ました。
※家に帰り、お茶屋のご主人の真似をしてお茶を入れたのですが・・・。この時の味
は出ませんでした。
広重 高宮
橋脚だけの「むちん橋」土手の向こうに常夜灯が立ち、高宮宿の家並み、遠景の山は
伊吹山です。
江戸期には橋を渡るのは有料のところが多かったようです。犬上川に架かるこの橋は「むちん」の橋でした。
「彦根市のモニュメント」右側の夫人は「高宮布」になる麻を背負っています。
豊郷小学校旧校舎
なんだこの建物、どこかの大企業の建物かな?と近づいてみると、小学校の校舎と解りました。
昭和12年(1937年)「丸紅」専務古川鉄次郎の寄付により建てられました。
校舎の中の階段の飾り物で、「ウサギとカメ」がお話のように階段を登って行きます。たくさんの子ども達が触ったのか?ピカピカに光っています。
現在の豊郷小学校
伊藤忠兵衛生家の中庭
伊藤忠兵衛は「高宮布」の行商から身を立て、大阪で呉服問屋「丸紅」を設立し、
神戸で海外貿易を扱う「伊藤忠商事」を設立発展させた。
大きな「伊藤忠」の基礎を築いた人のせいかとしては、とても静かで整理されていますが、コンパクトで質素でした。
伊藤忠と丸紅、日本の大きな大きな二つの商社のルーツがここにあったのです。
日本ではこの2社とも、現在でも大きな存在で、経済の柱として活躍しているわけです。「近江商人」の力の大きさを知ることができました。
広重 愛知川
愛知川の「びんてまり」
愛知川駅の待合室に飾ってありました。作り方を聞きましたが、よく解りません。
瓶の中にどうやっててまりを入れたのか本当に不思議です。
愛知川〜近江鉄道〜彦根
彦根のホテル
夕方車に乗って、食事場所を探し、焼肉屋に入りました。
近江牛のヒレ肉を食べました。少し高かってけれど・・・。
「さすが!近江牛!美味しかったです。」






































































































