2019/04/17(水) ナゴヤドーム
ベイスターズ 1-3 ドラゴンズ

勝 山井
負 濱口
S 鈴木博

ハマのキャプテン。侍の四番。筒香嘉智を欠く闘いが続く。

敵地で連敗。だが、光明もある。

2017年首位打者が、この日マルチヒット。
チーム唯一の得点を、難敵山井大介から記録。

打率1割台に苦しんだ彼が、きっかけを掴みつつあるのだ。

1988年12月12日生まれ。
佐賀県唐津市出身の30歳。

佐賀県立厳木高校、日本文理大学、セガサミーを経て、2012年ドラフト6位で入団。

「ハマのプーさん」

その風貌と、飾らない人柄からついたニックネームだ。

ベイスターズの長年の弱点の一つは、サード。

野球の華と呼ばれるポジション。

2003年の入団からから不動の三塁手として、村田修一が9年間守り続けた。

強打だけでなく、守備にも定評のあった村田は、チームの精神的支柱としても活躍。

2011年オフにフリーエージェントでジャイアンツに移籍。

その後、多くの選手が定位置に挑んだが、ハマのホットコーナーを守り続ける選手は現れなかった。

2017年シーズン開幕直後から、彼は頭角を現す。

何年もレギュラーを張っているかのような風格だが、意外と遅咲きだった。

しなやかなバットコントロールから、ヒットを量産。

初めての規定打席に到達し、首位打者を獲得。

19年ぶりの日本シリーズ進出の大原動力となった。

昨2018年シーズンは、レギュラー陣に故障者が相次ぐ中孤軍奮闘。142試合に出場。

チームの看板選手となった。

「彼は天才」

同級生の梶谷隆幸をして、こう言わしめるポテンシャル。

「今のポジションは自分で勝ち取ったもの。彼のようにファームから成長して一軍で活躍する選手の存在が、若い選手たちのいいお手本や目標になると思っています」

彼の担当スカウトだった万永貴司二軍監督は、圧倒的な信頼を寄せる。

「彼のコメントを見ていると、きっと元からそういう純粋な気持ちでプレイしていると思いますから、今年もやってくれると思います」

背番号51のレジェンド、2年連続首位打者(1997-98年)の鈴木尚典も、万感の思いで語る。

闘いは、まだ始まったばかり。

努力の天才が、チームを栄光に導く。

さあ振り抜け宮﨑
気迫あふれるパワーで
夢描け鮮やかに
空高く

横浜DeNAベイスターズ。
背番号51。
宮﨑敏郎。

ALL THE BEST!!
成功を願って!!

Go Beyond the Limit.


2019/04/16(火) ナゴヤドーム
ベイスターズ 1-7 ドラゴンズ

勝 大野
負 上茶谷

プロの仕事は、脚光を浴びる舞台ばかりではない。

地味で目立たぬ仕事がほとんど。

その着実な積み重ねの先に、結果がついてくる。栄光の頂が姿を現す。

敗色濃厚のナゴヤドーム。

6回裏のマウンドに、ベイスターズ4年目のシーズンを迎える右腕が向かった。

1985年3月12日生まれ。
大阪府豊中市出身の34歳。

宮崎日大高校から、JR九州を経て、2005年大学社会人ドラフト3位で福岡ソフトバンクホークスに入団。

ルーキーイヤーからセットアッパーとして活躍。

2009年には、先発投手としての初勝利を奇しくもベイスターズから記録している。

2014年、フリーエージェント宣言をした鶴岡慎也の人的保証選手として北海道日本ハムファイターズに移籍。

2016年開幕直後に、金銭トレードでベイスターズへ入団。

この日も1イニングを16球。
サイドスローからの巧みな投球で3者凡退。
反撃のバトンを次の選手に託していった。

「コントロールの精度を上げて、リリーフとして50試合以上は絶対に投げたい」

今シーズンへかける並々ならぬ思いには、チーム最年長日本人選手となったことと無縁ではなかろう。

「自分のことに気を取られすぎて、バッターと勝負する気持ちを忘れていた」

15登板という不本意な成績に終わった昨シーズンにも、原点回帰とも言うべき気付きがあった。

「チームとして優勝する力はあると思うので、少しでもそのためのピースになれればと思います」

常に優勝争いをしてきたチームで戦ってきた男の言葉は力強い。

凌ぎを削りあうペナントレースは、まだまだ始まったばかり。

若きチームにあって、豊富な経験が有形無形の力になろう。

全ての経験は、現在のために。

百戦錬磨のサイドスローは、今日もマウンドに向かう。

たたかうぞ
闘志みなぎらせて
勝利の海
行くぞベイスターズ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号68。
藤岡好明。

LIFE HAS ITS UPS AND DOWNS.
人生は七転び八起き、失敗してもいかに前を向けるか。

Go Beyond the Limit.


2019/04/14(日) 横浜スタジアム
ベイスターズ 4-2 カープ

勝 井納
負 九里
S 山﨑

2日連続の球団創設70周年記念試合。

始球式のマウンドには、偉大なレジェント稲川誠さん。

1962年から7年間在籍し、通算83勝。
1963年に記録したシーズン26勝は今でも球団記録。

おそらく破られることのない金字塔だ。

引退後はコーチ、スカウト、選手寮の寮長も務めた。

球団にとっての遺産であり、歴史であり、大恩人だ。

恩を忘れないこと。
伝統を大切にしていくこと。

一つ一つの積み重ねが、新たな時代を切り拓いていく。

現役時代の背番号は15。

304登板169先発で50完投18完封。
元祖イニングイーター。

大先輩の背番号を受け継ぐ男が、先発マウンドに立った。

1986年5月1日生まれ。
東京都江東区出身の32歳。

木更津総合高校から、上武大学、NTT東日本を経て、2012年ドラフト3位で入団。

188cmという体格を活かした本格派先発右腕として、ルーキーイヤーから活躍。

2016年シーズンでは、シーズン開幕投手と、クライマックスシリーズ1stステージの先発。

2017年シーズンでは、日本シリーズ第1戦の先発。

大舞台での経験も豊富だ。

転機は昨2018年シーズン。

セットアッパーへ転向するも、結果を出せずに二軍での再調整。

横須賀スタジアムでノーヒットノーランを達成し、1軍の先発ローテーションに戻ってきた。

「中継ぎを経験して、その大変さ、調整の難しさを実感した。そしてその経験で確実に自分の投球の幅は広がった」

満を持して臨んだ2019年。
キャンプはファームスタートだったが、着実に結果を残し、開幕先発ローテーション入りを果たす。

先発した3試合全てで試合を作ってきた。
今日の勝利で2勝目。防御率は1.69。

若いチームにあって、その経験と度胸は不可欠。

偉大な歴史を受け継ぎ、新たな栄光へ。

ハマの宇宙人、本領発揮の時来る。

たたかうぞ
闘志みなぎらせて
勝利の海
行くぞベイスターズ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号15。
井納翔一。

KEEP ON ATTACKING.
どんな状況でも弱気にならず、強い気持ちで攻め続ける。

Go Beyond the Limit.



2019/04/13(土) 横浜スタジアム
ベイスターズ 1-6 カープ

勝 床田
負 京山

球団創設70周年記念。
ホエールズとベイスターズ。
下関、大阪、川崎、そして横浜。

鯨と星の歴史を刻んだユニフォームで、選手は試合に臨んだ。

ビハインドの6回表。
ノーアウト1,2塁のピンチで彼はマウンドに向かう。

唸りを上げる速球と、鋭い変化球。

わずか9球で3アウトをもぎ取り、カープに行きかけた流れを食い止めて見せた。

1995年7月20日生まれ。
北海道札幌市出身の23歳。

秋田県の明桜高校から、2013年育成ドラフト1位で入団。

伝統的に左腕不足に喘いでいたベイスターズにあって頭角を現し、一軍先発のチャンスを掴む。

「ファームで良いピッチィングをしている。是非とも一軍で使ってみたい」

中畑清監督は彼を大抜擢。

「是非とも故郷の札幌で投げさせてください」

彼の直訴で、デビューの舞台が決まった。

2015年6月14日。
札幌ドーム。
相手は二刀流・大谷翔平。

堂々と投げ合うも、リリーフ陣が打たれて敗戦投手に。

ここから彼の勝負が始まった。

その活躍が呼び水となったのか、
横浜左腕先発陣は大きな成長を遂げる。

全ての球団が羨む「先発左腕カルテット」が誕生。

2017年からはリリーフに専念。

リードの場面でも。
同点でも。
ビハインドでも。
延長戦でも。

どんな場面でも、彼は投げ抜く。
仕事を成し遂げていく。

「数字の上では2年連続70試合登板を目指してはいますが、それ以上にチームに貢献することが大事だと思う。そのために70試合でも80試合でも投げるつもりです」

鉄の左腕は今日もマウンドに向かう。

今日も全力投球。
明日も全力投球。
それが我らの使命。

左腕がうなれば
狙いは外さない
ピンポイントの技
攻めろ  攻めろ  ヨシキ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号47。
砂田毅樹。

BE SINCERITY AND
HUNGRY FOR BASEBALL.
野球に対して誠実に、貪欲に。

Go Beyond the Limit.


2019/04/12(金) 横浜スタジアム
ベイスターズ 6-0 カープ

勝 今永
負 大瀬良

9回表の横浜スタジアム。
今宵、ヤスアキ・ジャンプは必要がない。

3万を超える大観衆からの大コールが轟き渡る。

左腕はゆっくりと、それを噛み締めるようにマウンドに向かう。

大きく息を吐き、帽子をとって一礼。

本拠地で初めて経験する9回のマウンド。

9回105球1安打9奪三振。

威風堂々の完封劇に、横浜の夜空は青く染った。

「『援護がない』と言うのは防御率0点台の投手が言うこと」

「三振を取れる投手より、 勝てる投手の方がいい。力のない人間は練習するしかない」

「今日は広島打線相手ではなく、過去の自分と勝負出来た」

その秀逸なコメントから、彼はいつしか「投げる哲学者」と呼ばれるようになった。

現実の苦悩を克服してこそ、哲学の価値は生まれる。

「評価するに値しない1年だった」

苦しみ抜き、足掻きもがいた昨シーズン。

オフを返上し、オーストラリアに遠征。
自身と徹底的に向き合い、見事な復活を果たした。

背番号21は、かつての最多勝左腕 野村弘樹が背負った左腕の象徴。

1998年日本シリーズの開幕勝利投手となった栄光の証。

令和元年は今永元年。

投げる哲学者が新たな時代を創る。

左腕がうなれば
狙いは外さない
ピンポイントの技
攻めろ 攻めろ 昇太

横浜DeNAベイスターズ。
背番号21。
今永昇太。

THE FLOWER THAT BLOOMS IN ADVERSITY IS THE RAREST.
ピンチの時こそ自分が成長できるチャンス。

Go Beyond the Limit.


2019/04/11(木) 阪神甲子園球場
ベイスターズ 5-2 タイガース

勝 大貫
負 秋山
S 山﨑

9回裏のマウンドには、小さな大魔神 山﨑康晃。

タイガース打線を3人で抑え込む。

マウンドに歓喜の輪が広がる。

ウイニングボールを手に、ナインとハイタッチ。

記念のボールは、彼の手に渡された。

精悍な青年の顔が、野球少年のような笑顔に変わる。

ガッツポーズで指揮官と記念撮影。

生涯の思い出に残るプロ初勝利となった。

1994年2月3日生まれ。
横浜市青葉区出身の25歳。

ベイスターズファンの野球少年は、ユニフォームに身を包み、ハマスタで熱く声援を送った。

地元の横浜青葉シニアから、静岡県の桐陽高校。
日本体育大学、新日鐵住金鹿島へ。

順調な道のりではなかった。
「中学も投げた記憶がほとんどない。大学も右肘のトミー・ジョン手術して2年投げていません。プロなんて縁ないと思っていました」

保健体育の教員免許も取り、製薬会社の営業職の内定も取っていた。

だが、夢を諦められなかった。

社会人に進み、その努力が実を結ぶ。

2018年10月25日。
横浜DeNAベイスターズがドラフト3位で指名。

少年時代からの夢が実現。

「続けていれば、いいこともあるなって。諦めずに頑張っていれば、自分みたいなやつでもプロに入れるんだって。自分が地元のチームのユニホームを着られる日が来るなんて。感慨深いですよ」

背番号は16。

鈴木隆。
野村収。
右田一彦。
欠端光則。

ホエールズ、ベイスターズの70年の歴史を飾った名投手たちの系譜に連なる。

現二軍コーチの川村丈夫。
優勝時のローテーション投手として。
2000年代前半はクワトロKの一員としてリリーフで。

昨年引退した加賀繁。
先発にリリーフに大車輪の活躍。
スワローズのバレンティン・キラーとしても知られ、引退試合にはビデオメッセージまで寄せられた。

新日鐵住金鹿島の先輩の背番号を継承する右腕は、プロ2度目の先発。

流れるようなピッチングフォームは川村。

粘り強い投球は加賀。

誠実で、温厚な人柄は、同じく社会人出身の、川村、加賀の両先輩の姿を彷彿とさせる。

「ここまで面倒を見てくれて、支えてくれた方に感謝したい」

謙虚な青年は、既に闘志を次戦に向けている。

横浜出身の右腕がベイ戦士の陣列に加わった。

新たな歴史が幕を開けた。

たたかうぞ
闘志みなぎらせて
勝利の海
行くぞベイスターズ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号16。
大貫晋一。

SEIZE THE DAY.
今を懸命に生き抜く。

Go Beyond the Limit.


2019/04/10(水) 阪神甲子園球場
ベイスターズ 2-0 タイガース

勝 濱口
負 青柳

最高の笑顔が甲子園のマウンドに弾けた。

9回136球1安打の大熱投。

27個目のアウトを取った瞬間、女房役の伊藤光がマウンドに駆け寄る。

バッテリーは手を大きく広げて、満面の笑みで抱き合った。

今シーズンチーム初完投にして初完封は、自身プロ入り3年目にして初完投初完封。

最悪の大逆転負けから一夜。
その左腕でチームを覆う暗雲を吹き払った。

1995年3月16日生まれ。
佐賀県三養基郡基山町出身の24歳。

佐賀県立三養基高校から、神奈川大学を経て、2016年ドラフト1位で入団。

豪快無比なピッチングで開幕先発ローテーション入り。

チームのルーキーとして川村丈夫二軍投手コーチ以来20年振りの10勝を記録。

19年ぶりに進出した日本シリーズ第4戦では巨大戦力ホークス相手に快投。

VICTORY is WITHIN US.
彼の快投を見て、指揮官は2018年スローガンを決めた。

充実の2年目になるはずだった。
左肩の違和感から開幕に間に合わず。

復帰後も前半戦は0勝。

7月1日のカープ戦では、1イニング6四球4連続押し出しという不名誉な記録をつくってしまう。

「思い切り腕を振ってこい。全部受け止めてやるから」

デビュー以来、彼とバッテリーを組み続けた髙城俊人のオリックス・バファローズへの移籍が発表される。

あの屈辱の登板直後の知らせに、きちんとした挨拶も出来ないままの突然の別れとなってしまう。

しかし、それは新たな出会いの始まりでもあった。

髙城のトレード相手は伊藤光。
2014年のゴールデングラブ賞、ベストバッテリー賞キャッチャー。

「今までの僕にないものを引き出してくれる」

左腕は再び起ち上がり、後半戦だけで4勝。
復活への手応えを掴む。

そして迎えた2019年シーズン。
開幕ローテーションを勝ち取った。

「三浦コーチが『俺が監督に推しておく』と言ってくださった。それに応えるだけだった」

「一番大事なのは、気持ちなんです。それを選手たちに伝えたい」

投手コーチとしてチームに復帰することが決定した時、ハマの番長 三浦大輔は力強く語った。

技術。
戦術。
セオリー。

プロの世界で勝つために様々な要因があろう。

だが、最後の最後は、やはりハートなのだ。魂なのだ。

「めっちゃうれしいよ。俺は。めっちゃうれしい」
監督に彼の続投を進言した三浦は、我が事のように喜びを爆発させた。

三浦は、現役時代「虎キラー」としても名を馳せた。

Hit it! If you can.
打てるもんなら打ってみろ!

デビュー以来、甲子園で負けなし。
この番長の魂を受け次ぐ、新虎キラーの誕生だ。

創設70年の春。
栄冠への進撃が始まった。

左腕がうなれば
狙いははずさない
ピンポイントの技
攻めて攻めろ ハルヒロ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号26。
濱口遥大。

BE HONEST, BE HUMBLE AND BE GREEDY.
素直に、謙虚に、貪欲に。

Go Beyond the Limit.


2019/04/09(火) 阪神甲子園球場
ベイスターズ 8-12 タイガース

勝 桑原
負 パットン

全ての野球少年の憧れの舞台。
阪神甲子園球場。

ハマの番長三浦大輔もそうだった。

タイガースファンだった彼は、奈良県の高田商業高校から1991年ドラフト6位で横浜大洋ホエールズに入団。

現役時代には、甲子園で無類の強さを誇った。

マウンドで相手の声援や応援歌を、そして7回のジェット風船をマウンドから眺めるのが楽しみだったという。

「あれが見られるというのは、そこそこいいピッチングをしているということなんですよ」

その三浦コーチが彼なら大丈夫、と送り出したルーキーは、その7回のマウンドに一度は立った。

そこで、交代が告げられる。

6回97球8安打3失点。
失点はすべてエラー絡み。

打たれながらも粘りのピッチングは、番長の現役時代を彷彿とさせた。

だが、またもや、初勝利はならなかった。

背番号27はカミソリシュートの平松政次。
201勝196敗の伝説の大投手だ。

「27番を輝かせてほしい。投げ方もいいし、関節の使い方もいい。開幕からローテに入って、自分を超えてほしいね」
レジェンドは大きく期待を寄せる。

「チームを代表する番号。それに見合った活躍をしたい」
本人もそれを深く自覚している。

デビューから2戦続けての不運のマウンド。

だが、闘いはまだ始まったばかり。

「優勝できなかったことが心残り」(平松)

「優勝できたことが一番の思い出」(三浦)

鯨と星のエースの遺伝子を受け継ぐ右腕。

球団創設70年の伝統。
そこに栄光の歴史を刻むため、また彼はマウンドに向かう。

優勝への厳しき道のりを、その手で切り拓け!

たたかうぞ
闘志みなぎらせて
勝利の海
行くぞベイスターズ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号27。
上茶谷大河。

ALL IS WELL.
すべてに勝ち抜いていく。

Go Beyond the Limit.


2019/04/07(日) 横浜スタジアム
ベイスターズ 5-1 ジャイアンツ
勝 井納
負 畠

球団創設70周年の春。
通算4000勝を鮮やかな試合展開で達成。

春光まぶしき超満員の横浜スタジアム。

3万人を越える鯨の遺伝子と熱き星たちは、歓喜の雄叫びを上げた。

その中心にいるのは紛れもなくこの男。

この日も鮮やかなタイムリーヒットで、チームを勝利に導いた。

1991年11月26日生まれ。
和歌山県橋本市出身の27歳。

小学2年生から野球を始めた彼は、1998年夏に人生を決定づける出会いがあった。

横浜高校の松坂大輔。

日本中が熱狂したその活躍を目にした少年は、横浜高校への進学を決意。

横浜高校では1年生から4番打者。

2年夏の甲子園では、1学年先輩の倉本寿彦らと共にベスト4。

2009年ドラフト1位でベイスターズが指名。

花巻東高校の菊池雄星に指名が集中したドラフト。

「彼は横浜の宝だ。絶対にウチが獲得する」

社長就任直後の故加地隆雄氏の決断で、一本釣りに成功。

球団は左の強打者の称号背番号55を彼に与える。

「僕の憧れは、横浜高校の先輩の鈴木尚典さんです。できれば、背番号51がよかったな」

当時から大物ぶりを発揮していた。

その鈴木尚典二軍コーチの指導で、ファームで本塁打と打点の二冠王。

シーズン最終盤に一軍に昇格。
横浜スタジアムで、タイガースJFKの一角・久保田智之からプロ第1号ホームランを放つ。

暗闇に彷徨い、出口の見えないトンネルにハマり、最下位に喘ぐチームの希望の光となった。

2012年。
新球団横浜DeNAベイスターズ誕生時に、伝統の背番号25を継承。

2014年に外野手に転向し、レギュラー定着。

2015年にはキャプテンに就任。

このオフには侍ジャパン代表。
ドミニカ共和国のウインターリーグへの出場。

2016年、2017年のポストシーズン進出の大黒柱として、戦い抜いた。

ベイスターズが本気で優勝を目指せるチームになったのは、彼の存在抜きには有り得なかった。

彼の闘いは、グラウンドの中だけではない。

野球を愛する少年たちが、より良き環境で練習に臨み、試合に出場できるよう提言を発表し、著書を出版し、具体的な取り組みをしている。

日本代表の現役の四番打者がここまで考えて実行する。

誰もが成し得なかった闘いの舞台に彼は立っている。

そして、今目指すは21年振りの栄冠。

今日もハマスタのフィールドに、我らのキャプテンは一番に飛び出していく。

横浜の空高く
ホームランかっ飛ばせ 筒香

さぁ 打て 筒香
飛ばせ 空の彼方
横浜に輝く大砲
かっ飛ばせ ホームラン

GO GO TSUTSUGOH!

横浜DeNAベイスターズ。
背番号25。
筒香嘉智。

VAMOS A SEGUIR ADELANTE!
前に、前に、積極的に行こう!

Go Beyond the Limit.


2019/04/06(土) 横浜スタジアム
ベイスターズ 9-2 ジャイアンツ
勝 国吉
負 澤村


球速161km。

スタジアムがどよめきに包まれる。

プロ10年目にして自己最速記録。

逆転した直後、5回から登板。
2イニングを無失点。4三振。

4年振りの勝利投手となり、彼はヒーローインタビューに立った。

ファンは知っている。
彼の本当の力を。
ここまでの苦悩の日々を。

だからこその大歓声なのだ。

1991年9月24日生まれ。
大阪府枚方市出身の28歳。

熊本県の秀岳館高校から2009年育成ドラフト1位で入団。

キャプテン筒香嘉智とは同級生にして同期入団。

3年目の2011年シーズン後半。
彗星のように一軍のマウンドに登場。

196cmの長身を活かしたダイナミックなピッチングで一軍のローテーションに定着。

前年に身売り話が頓挫し、あえなく最下位を迷走するチームの、数少ない希望の光となった。

このオフ、新球団横浜DeNAベイスターズが誕生。

中畑清新監督は、本拠地開幕戦のマウンドを彼に託す。

しかし、結果は残せなかった。

以降、チャンスは何度もあった。
それをものにすることは出来なかった。

着実にチームが力をつけていく中で、彼の出番は減っていく。

2018年シーズン終了後。
三上朋也、今永昇太、青柳昴樹と共に、オーストラリアに遠征。
オフ返上で試合に出場し続けた。

2019年オープン戦。
変わったのは投球フォームだけでない。
精悍な顔立ちが、自信に満ち溢れていた。

彼のダイナミックなピッチングは、新装なった横浜スタジアムに実によく映えた。

登板の度に自己最速記録を更新。

ファンの期待は最高潮となった。

「ここまで不甲斐なかった」

謙虚に語るその瞳は次の闘いに既に向かっている。

「ハマのダルビッシュ」
「遂に現れたスーパースター候補」

皆が待ちに待った、未完の大器の覚醒。

いよいよ本領発揮の時が来た。

新たな物語が、幕を開けた。

たたかうぞ
闘志みなぎらせて
勝利の海
ゆくぞ ベイスターズ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号65。
国吉佑樹。

WORK’LL WIN WHEN WISHING WON’T.
願いが叶わないとき、勝利を勝ち取るのは努力だ。

Go Beyond the Limit.