山盛りのミニトマトの皿から、
2つのトマトをピックアップして、
コクトウ君
「甘いトマトを見分ける方法、知ってる?
例えばこれと、これ。
どっちが甘いでしょうか?」
みつろう
「小さい方が甘いとか?」
ザラメちゃん
「色が赤い方が甘いんじゃない?」
ハニートースト
「マ~マ~は答えを知ってるよ。
前に、雑誌に載ってた。
透き通ってる方が甘いんだよね?」
コクトウ君
「じゃあパパとザラメは左のトマトで、マ~マ~は右でいいね?
もう、変えるの無しだよ?
じゃあ、まず左のトマトから食べてみて。」
ハニートースト
「パク・・・。
まぁまぁ、甘いわね。」
コクトウ君
「じゃあ、右のトマト食べてみて。」
ハニートースト
「あ!全然違う、こっちの方が甘い!!」
コクトウ君
「ね?
分かったでしょ。」
みつろう
「いや、
どうやったら見分けられるってこと?
大きさってこと?」
コクトウ君
「今のでみんな分からなかったの?
甘いトマトを見分ける方法は、
食べてみたらわかる。」
兄弟の会話風景 in sunday↑
昨日は姉ファミリーと、ビーチへ。
年下のお義兄さんジェームスは、白人なのでスキン(肌)がサーンバーンしやすくて。
沖縄の直射日光は、黄色人種の俺らにもきついけどさ。
「食べてみたら、分かる」とコクトウ君が言いたかったように。
今日から始まる1週間も、「過ごしてみたら、分かる」。
「過ごす前に、良い人生を見分ける方法」なんて考えは、捨ててみて。
公演:2018/06/21(木)
公演:2018/05/25(金)19:00~
↓見分ける方法があると思い込んでたらば、
まさかの、「食べたら分かる」発言。
でも、おっしゃる通りで。
味覚は、味を見分けるためにあるわけで(笑)
「どっちの方が、甘いか?」を、
味覚を使わずに当てようとしている、この無意味。
雑誌に「大きい方が甘い」って書いてあっても、
例外はちゃんとある。小さくて甘いトマトが。
あなたのこれまでの【経験】が、「赤い方が甘い」って言っても、
例外はちゃんと起こる。
今回もそうとは、限らない。
だから、結局のところ食べてみないと分からないのだ。
そして、そのために味覚という機能が付いているのだから。
【どっちの方が、甘いか分かる方法】
⇒食べてみたら分かる
⇒味覚は味を見分けるためにあるから
【どっちの方が、重いか分かる方法】
⇒持ってみたら分かる
⇒痛覚は重さを見分けるためにあるんだから
【どっちの方が、楽しいか分かる方法】
⇒両方やってみたら、分かる
⇒感覚は楽しさを見分けるためにあるんだから
【どっちの方が、成功するか分かる方法】
⇒両方やってみたら、分かる
⇒人生は、体験するためにあるんだから
【どっちの方が、幸せになれるか分かる方法】
⇒どっちをやっても。または、怯えてしまってどちらも「やれなかった」としても。
その、起きたこと、が【体験】となる。
やって成功したことが、【体験】なら、
やって失敗したことも、【体験】であり、
イジイジ悩んで、「やれなかった」という事さえも【体験】なのだ。
これら【体験】の価値に、差などある訳無いのだから。
全ての選択にも差は無く、
これから先、あなたが何を選んでも、何も選べなくても、
あなたは素晴らしいまま。
あなたの選んだ全てが、
最後に振り返ると【幸せ】だったと思える体験になっているはずだから。
だから、だから。
「やって」も、「やらなくて」、「やれなくて」も良いけど。
やっぱ。
両方のトマトを食べれたという【体験】を残して、
死んで行きたいような気は、する・・・。
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