みつぐの「蒼穹の果て」 -320ページ目

そりゃカラオケで歌うでしょ!11

シリーズ11弾は「ギア戦士電童」のオープニング、W-Infinity(ダブルインフィニティ)です。
三重野瞳さんと影山ヒロノブさんのデュエットがステキw



ギアの副司令、ヴェガさんが大好きでした。いや過去形にするなw 今でも好きです。中の人は三石(マリュー)琴乃さん。三石さんはミサト(エヴァンゲリオン)以来、大人の女の役が多くなりましたね。もう若い子の役はむつかしいのかなw まぁ若い子の役は若い子に任せろってか?www

しかしこの「電池」で戦うロボットっていう発想は好きでしたが、必殺技一回につき背中の電池の電力すべて使ってしまうというのはなんとも大きな弱点というかw まぁそのためにセルファイター(交換用電池を乗せて飛ぶ戦闘機)があるのですがw

出撃すると同時に衛星軌道上からミサイルがロボットめがけて毎回発射されるのよりはよほどましな弱点か(ばーいメカンダーロボw)

今日買ってきた漫画(11月8日)

今日のお目当ては「恋愛ラボ」だったんですが、他にも興味ある新刊が出てたので買ってきましたw
この記事も何となく久しぶりだなぁw

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「〆切様におゆるしを」 1巻 上田キク 富士見書房
「学園カラ~ズ」 1巻 カワハラ恋 芳文社
「恋愛ラボ」 5巻 宮原るり 芳文社

「〆切様におゆるしを」…え~主役は貧乳の神様ですw…それで終わるわけにはいかんわねww 日本には八百万(やおよろず)の神がいる、とはよく言いますが、まさか「〆切」にまで神様がいるとは思いませんでした。 明日の〆切を前に、数多くの白紙の原稿用紙を要し(シャレ?w)絶望と悲嘆にくれる漫画家・四木サトル。そんな彼の前に現れたのは、〆切をつかさどる神、ウスハ様。名前の通り薄いのは胸だけではなく(ほっといてあげなさいw)ベタもホワイトもトーンも出来なかったw ホワイトの精霊はカーネルサンダースおじさんみたいな感じだし(ホワイトの精製方法は秘密)ネームの精霊は中年なのに中二病w こんなんでホントに〆切に間に合うの…? いやいや、実は描き手の寿命さえ削れば、〆切には間に合い、〆切に間に合えば間に合うほど、〆切神様の身体は成長するとのことw
AAカップをAカップにするまでに60年分の寿命が必要とのことですが…w
(この漫画、めちゃセクハラじゃねぇ?ww)

「学園カラ~ズ」…帯にも「二キロ痩せて三キロ食べる」とか書いてあるし、ダイエットテーマかなと思ったけど全然違いましたw おたくでめがねで気風のいい、メグミちゃんが好きです。…えっ、そういう漫画でしょ?w まぁ普通といえば普通の女子高生たちのつややか学園ライフ…みたいな?(笑)
あ、ちなみにこの漫画、フルカラーなので通常のコミックスより少々お高めなのは買ったあと気づいた私からの重要な情報ですw 無駄にスタイルのいい、名もなき担任(ちなみに松木美也子と判明w)もすてがたいなぁ。というかこの人が一番いいなぁ。めがねだし(そこかw)。

「恋愛ラボ」…勉強もスポーツも優等生、生徒の鏡と先生方の信頼も厚い生徒会長・マキ。だが彼女の正体(?)はいまだ恋に焦がれつつ、誰もいない生徒会室で抱き枕人形とキスの練習に明け暮れる、へんな子でしたw そこに恋愛経験などまったくないくせに「恋愛経験豊富」と誤解されたリコが巻き込まれて…w ほわほわ妹系で書記のスズ、勘違いお嬢さまの副会長・エノ、守銭奴にして会計のサヨとキャラクターも出そろった第5巻。もう抱き枕人形の出番はありませんw 彼女たちの、育まれていく友情を大切に見守りたい、そんな漫画です。…あいかわらず恋愛観のほうはちょっと暴走しがちですが…www

輪廻転生(リンカネーション)

リンカネーション、もしくはリインカネーションと表記されます。簡単に言うと「生まれ変わり」もしくは「生まれ変わること」そのものをさす言葉ですが…また難しいテーマをもってきやがったなw

まずは下の動画をどうぞ。「喰霊-零-」のなかでも「霊喰い」と並んで好きな歌です。本編でも一度だけ流れたと記憶しています。



「輪廻転生(生まれ変わり)」という概念はもともと仏教、もしくはその基礎になっているチベット密教やバラモン教からきています。人は死ぬとその生きて来た所業(カルマ)によりまた他のところに違う生命として誕生を遂げる、というお話ですね。

「人は死ぬと神の元に召される」というキリスト教の概念とはかなり違いますし、「天国と地獄」の考え方とも違います。ちなみにキリスト教にも宗派によって「輪廻」の教えはあるようですし、そもそものキリスト教の教えは「最後の時、キリストが再臨して人類(の一部)を救う」ですからまた趣が変わってくるのですがw それはさておいて(おくんかいw)。

チベット教の「輪廻転生」の考え方において顕著なものが「ダライ・ラマ」の存在。今は国外亡命を果たしてらして、チベットにはおられませんが、代々のダライ・ラマは死ぬとすぐ生まれ変わり、次のダライ・ラマになるといいます。輪廻転生には「時間の制約」はないので、死んだ人が必ずしも今より未来に生まれ変わると決まったわけではなく、過去に生まれ変わる、ということもあるようです。ちょっとしたタイムパラドックスですがw

自分はこの「輪廻転生」という考え方に非常に魅かれていまして、自分が作り出すお話の中のいくつかにもこのテーマで作った作品がありますし、あまり表立ってはテーマとしてかかげていなくても、作品の中にちりばめられていければな、と思っておりますw

とはいってもこの「輪廻転生」という概念、たとえば過去で結ばれなかった恋人同士が未来において出逢う、などというロマンチックというか前後不覚というかそういう簡単なものではなくて、厳しい掟に縛られておるようなのです。その掟に直接かかわってくるのが「カルマ(所業)」なのですが、まぁ私も修行僧ではないので詳しいことなどわかりはしませんw

ひとつ言えるのは「魂」というのは「一でありまた全」だということ。ユングが唱えた「集合的無意識」という考え方に近いかな、と自分では思っていますが、わたしの魂もあなたの魂も、大きな魂の集合体のかけら、とでも表現すればよいでしょうか。その考え方でいけば、私の魂は私だけのものではないし、あなたの魂もあなただけのものではないのです。そしてその魂、もしくは命を、自分のものであれ、他人のものであれ傷つけた、もしくは否定した者には、転生の機会は訪れにくくなる、という考え方が「輪廻転生」には含まれています。

考えてみれば、大量殺人で多くの命を奪った人間が「また人間に生まれ変わってくる」なんて、恐ろしいじゃないですかw ただまぁその掟もある意味「ゆるい」ようで、新しく生まれてくる生命体の中にはやはり「命を否定する」人たちがいつでも含まれているのは事実ですけどねww

まぁただ漫画やシナリオに使うだけならロマンチックなままで充分なんですがw

ちなみにここまで書いておいて言うのもなんですが、自分はどこの宗教にもかかわっておりませんw 子供のころ、強制的に「南無妙法蓮華経」を唱えさせられたことはありますが、その経験が、かえって自分を「宗教嫌い」にしてくれましたw ただ宗教、そして神話や伝説は「面白い」し創作のヒントになりうるので、その手の本を読んでしまうのですけどねw

…だってさぁ、「信者」って漢字をひとつにしたら何て読むか、それだけでもこの世の多くの宗教が誰かの金儲けに役立っていることくらい、わかりそうなもんじゃありませんか…?@_@;