実写版「妖怪人間ベム」・来週最終回
実写版の「妖怪人間ベム」がいよいよ来週、最終回を迎えます。
作品の制作発表時には「え~これはちょっと違うなぁ…」と思っていた
自分でしたが、放送第1回目を観てから「意外といけそうかな?」と思いつつも
毎回、拝見していました(実は1話分だけ見損なってますw)。
発表時の「違うなぁ」も第1話視聴時の「意外といけるかな?」も
どちらもこのブログの過去に記事がありますので興味のある方は
ご一読のほどをw
で、何が言いたいかというとやっぱりこのドラマ、見ごたえがありました。
もちろん、原作のアニメとはまた違うもの、なのですが、
「妖怪人間たちが人間に焦がれる心の描写」や
「正体を知られながらも人間に受け入れてもらえた嬉しさ」などは
非常に上手く表現されていたのではないでしょうか?
そして原作には(おそらく)なかった、なぜ「妖怪人間たちは
正義の心を持って生まれてきたのか」に対する答えも、今回の放送で明らかにされました。
それも非常に説得力のあるかたちで。
「なるほど、こう来たか」と、一本取られた感じですね。
妖怪人間たちの心がなぜ「善のかたまり」なのか。
それは、人間の心の本質に迫ったものでした。
しかし、この妖怪人間(擬似生命?)たちを作り出した「博士」というのは
やはり天才だったとしかいいようがありません。
自分は、この地球上で「理性的、理論的」に「善を規範にした行動を取れる」のは
人間だけだと思っています。
人間以外の動物たちにも、根源的な愛は宿っています。
それは「仲間が危険なときに助ける」とか「親子が助け合う」とかそういう象(かたち)で
現れることがあります。
だけども例えば「他人の命や財産を奪ってはいけない」とか「基本的人権」に関するもの
などは少なくとも「動物の本能」にはありえない事柄です。
ユダヤ教では、神によって人間に「十戒」が与えられました。それがユダヤ教、ひいては
キリスト教を信仰する人たちの「規範、戒律、倫理」となっています。
日本ではどちらかというと「道徳」の形で「人として生きる道」のようなものが
教えられてきました。
もちろん「それ」は道教だったり儒教だったり、人により国により様々ではあります。
簡潔な言い方をすれば「地球上で人間のみが手に入れた(入れてしまった)ある種の知恵」
みたいなものでしょうか。
では、この「道徳、もしくは倫理」というようなものを「人は生まれながらにして
持っている」ものなのでしょうか?
逆に「悪の心」というものも、人間が「生まれながらに持っている」ものなのでしょうか?
そこのところの考え方が、自分と、この「妖怪人間ベム」のスタッフ(というか脚本家)とは
相容れないものがありそうですが…。
これが「有機体」ではなく「無機物」つまり「ロボット」などであれば
「アシモフのロボット三原則」を組み込むなり「良心回路」をプログラムするなりして
「善の心」を恣意的に作り上げることもできます。
「良心回路」といいましたが、まさにその回路を組み込まれたロボットの苦悩を描いた
石森章太郎(当時)先生の傑作「人造人間キカイダー」のラストは
正義と悪の心、二つの心を手に入れてしまい、より「人間に近く」なってしまったジロー
(キカイダー)の苦悩のセリフでその幕を閉じます(原作漫画版)。
またまた話がずれてきましたが「人の心の本質」に関しては自分の中では
あやふやな結論さえまだ出ていません。
あくまで「自分がやっていることは正義に違いない、自分の考えはいつも正しい」という
考え方には懐疑的でいよう、と心がけてはいますが。
しかし個人的には、ベラの変身後の「レゲェダンサー」みたいなかっこは
なんとかならんかったかなとは思うのですが…。
(いや、原作アニメの「恐竜」みたいなベラもちょっとな…w)
例えば「デビルマン」に出てきた「妖鳥シレーヌ」みたいなデザインでも
良かったかと…(あれだと美しすぎてだめかw)。
作品の制作発表時には「え~これはちょっと違うなぁ…」と思っていた
自分でしたが、放送第1回目を観てから「意外といけそうかな?」と思いつつも
毎回、拝見していました(実は1話分だけ見損なってますw)。
発表時の「違うなぁ」も第1話視聴時の「意外といけるかな?」も
どちらもこのブログの過去に記事がありますので興味のある方は
ご一読のほどをw
で、何が言いたいかというとやっぱりこのドラマ、見ごたえがありました。
もちろん、原作のアニメとはまた違うもの、なのですが、
「妖怪人間たちが人間に焦がれる心の描写」や
「正体を知られながらも人間に受け入れてもらえた嬉しさ」などは
非常に上手く表現されていたのではないでしょうか?
そして原作には(おそらく)なかった、なぜ「妖怪人間たちは
正義の心を持って生まれてきたのか」に対する答えも、今回の放送で明らかにされました。
それも非常に説得力のあるかたちで。
「なるほど、こう来たか」と、一本取られた感じですね。
妖怪人間たちの心がなぜ「善のかたまり」なのか。
それは、人間の心の本質に迫ったものでした。
しかし、この妖怪人間(擬似生命?)たちを作り出した「博士」というのは
やはり天才だったとしかいいようがありません。
自分は、この地球上で「理性的、理論的」に「善を規範にした行動を取れる」のは
人間だけだと思っています。
人間以外の動物たちにも、根源的な愛は宿っています。
それは「仲間が危険なときに助ける」とか「親子が助け合う」とかそういう象(かたち)で
現れることがあります。
だけども例えば「他人の命や財産を奪ってはいけない」とか「基本的人権」に関するもの
などは少なくとも「動物の本能」にはありえない事柄です。
ユダヤ教では、神によって人間に「十戒」が与えられました。それがユダヤ教、ひいては
キリスト教を信仰する人たちの「規範、戒律、倫理」となっています。
日本ではどちらかというと「道徳」の形で「人として生きる道」のようなものが
教えられてきました。
もちろん「それ」は道教だったり儒教だったり、人により国により様々ではあります。
簡潔な言い方をすれば「地球上で人間のみが手に入れた(入れてしまった)ある種の知恵」
みたいなものでしょうか。
では、この「道徳、もしくは倫理」というようなものを「人は生まれながらにして
持っている」ものなのでしょうか?
逆に「悪の心」というものも、人間が「生まれながらに持っている」ものなのでしょうか?
そこのところの考え方が、自分と、この「妖怪人間ベム」のスタッフ(というか脚本家)とは
相容れないものがありそうですが…。
これが「有機体」ではなく「無機物」つまり「ロボット」などであれば
「アシモフのロボット三原則」を組み込むなり「良心回路」をプログラムするなりして
「善の心」を恣意的に作り上げることもできます。
「良心回路」といいましたが、まさにその回路を組み込まれたロボットの苦悩を描いた
石森章太郎(当時)先生の傑作「人造人間キカイダー」のラストは
正義と悪の心、二つの心を手に入れてしまい、より「人間に近く」なってしまったジロー
(キカイダー)の苦悩のセリフでその幕を閉じます(原作漫画版)。
またまた話がずれてきましたが「人の心の本質」に関しては自分の中では
あやふやな結論さえまだ出ていません。
あくまで「自分がやっていることは正義に違いない、自分の考えはいつも正しい」という
考え方には懐疑的でいよう、と心がけてはいますが。
しかし個人的には、ベラの変身後の「レゲェダンサー」みたいなかっこは
なんとかならんかったかなとは思うのですが…。
(いや、原作アニメの「恐竜」みたいなベラもちょっとな…w)
例えば「デビルマン」に出てきた「妖鳥シレーヌ」みたいなデザインでも
良かったかと…(あれだと美しすぎてだめかw)。
「借り暮らしのアリエッティ」を観た(ちょいネタバレ・放言注意)
アリエッティが可愛かった。 はい、感想終わり。…え!?w
…だって、なんかなぁ…あまりにも何もないというかw
事件らしい事件が「お手伝いのおばさんにお母さんが捕まっちゃったよう」じゃあねぇ…w
あのおばさんの魂胆みたいなのもよくわからんし…。
いや、別にこういう話は、事件なんて特になくてもいいんですよ。
ただもう少し、人間と小人たちの交流の話とか、そういうのが
見たかったんですけどね。
少年の部屋で、あのドールハウスで暮らし始めるアリエッティ一家とか
恐る恐るながらもその内に心を開き始めるお手伝いのおばさんとか。
少年の手術の成功を、あのドールハウスで祈るアリエッティとか…。
少年のおばあさんとアリエッティのお母さんが茶飲み友達になるとか。
そういう展開でよかったんじゃないかなぁ?
スタジオジブリがここまで劣化したとは思いたくないけど。
もう「ジブリのアニメ」ってだけで観客が動員できる世の中になってしまいましたからね…。
女の子が主役のアニメ、という点で「魔女の宅急便」や「耳をすませば」とは
較べるべくもありません。ただ「小人の一家がいた」というお話でした。
実験アニメの「On Your Mark」の方がまだドラマ性があったと思います。
それとは関係なく、少し前から思ってたんですが、どうしてスタジオジブリ作品は
主役級に「専門の声優さん以外」を使うようになってしまったんでしょうね…。
今回のアリエッティ役の「志田未来」さんもへたくそではなかったものの
別に上手くもありませんでしたし…w
…だって、なんかなぁ…あまりにも何もないというかw
事件らしい事件が「お手伝いのおばさんにお母さんが捕まっちゃったよう」じゃあねぇ…w
あのおばさんの魂胆みたいなのもよくわからんし…。
いや、別にこういう話は、事件なんて特になくてもいいんですよ。
ただもう少し、人間と小人たちの交流の話とか、そういうのが
見たかったんですけどね。
少年の部屋で、あのドールハウスで暮らし始めるアリエッティ一家とか
恐る恐るながらもその内に心を開き始めるお手伝いのおばさんとか。
少年の手術の成功を、あのドールハウスで祈るアリエッティとか…。
少年のおばあさんとアリエッティのお母さんが茶飲み友達になるとか。
そういう展開でよかったんじゃないかなぁ?
スタジオジブリがここまで劣化したとは思いたくないけど。
もう「ジブリのアニメ」ってだけで観客が動員できる世の中になってしまいましたからね…。
女の子が主役のアニメ、という点で「魔女の宅急便」や「耳をすませば」とは
較べるべくもありません。ただ「小人の一家がいた」というお話でした。
実験アニメの「On Your Mark」の方がまだドラマ性があったと思います。
それとは関係なく、少し前から思ってたんですが、どうしてスタジオジブリ作品は
主役級に「専門の声優さん以外」を使うようになってしまったんでしょうね…。
今回のアリエッティ役の「志田未来」さんもへたくそではなかったものの
別に上手くもありませんでしたし…w
平成23年12月14日に買ってきた漫画
うおっ、12月14日といえば赤穂浪士の討ち入りの日…かな?
最近はあんまりテレビでも赤穂浪士のドラマとかやらなくなったみたいなのですっかり
忘れていました。…え、やってました?…まぁいいか、赤穂浪士きらいだし(笑)

ちはやふる 15巻 末次由紀 講談社
リミット 6巻(完結) すえのぶけいこ 講談社
はぢがーる 1巻 みやびあきの 芳文社
ちゃんと描いてますからっ! 2巻 星里もちる 徳間書店
「ちはやふる」…テレビアニメも絶賛放送中、競技かるた(百人一首)漫画の決定版も、はや15巻目です。主人公・千早率いる創立2年目の瑞沢高校かるた部は、全国大会都予選を勝ち上がり、近江神宮で行われる「全国大会」においても決勝戦まで駒を進めた。
相手は個人個人の力量では瑞沢を遥かに凌ぐ常勝・富士崎。そしてその決勝戦のさなか、千早は利き腕の人差し指を痛めてしまう…。
敵も、味方も。高校生たちのかるたにかけるひたむきさが伝わってくる、そんな感じがする。
「チームに興味がないなんて言わないで…」涙ながらの千早の叫びが意味するものは…?
「リミット」…楽しいはずのバス旅行が一転、バスの崖下への転落という事故から地獄絵図と化す。そんな事故から生き延びた5人の少女の、絶望と希望を描く物語もついに完結。
人が人として生きる、人が人を生かすとはどういうことなのかをあらためて認識させてくれる、そんな物語。そしてそんな物語の先に待つのは、やはり奇跡というしかない結末…。
自分はこの漫画は「ちはやふる」とはまた別の意味で、2011年の何らかの漫画の賞を取ってもよかったのではないかと思います。それくらい、心に沁みました。
「はぢがーる」…一見、クールに見えるメガネの美少女・神楽紗江(かぐらさえ)。だけど彼女は実は、男の子と口をきくことさえ苦手な「恥ずかしがり屋」…。恋に恋することだけは人一倍な、そんな彼女の日常を変えたのは「愛の神様の卵」。その卵が出してくる「無理難題」をクリアしていかねば、「卵が死んでしまい、永久に異性と結ばれることはなくなる」らしい…。
そして、最初の課題は「24時間以内にクラスメートに抱きつく」ことだった…w
しかし、もっとびっくりするのはここまで「萌えキャラ」に等しい主人公を創作しているのが今や一児の母の女性漫画家とは…いや、世間は広い…w
全然関係ないけど「人一倍」って言葉、意味は「人の2倍、3倍」って意味だけど字面(じずら)だけみると「人並み」って意味にも見えますよねw 「人倍」だったらまだわかるのですが…。
「ちゃんと描いてますからっ!」…中学生の平原歩未の父はそこそこ人気のある漫画家。だが彼は、ネーム(漫画の設計図みたいなもの)こそ編集者との打ち合わせの間に完成させてしまう才能の持ち主だったが、その後はいつも失踪してしまう。そんな父に代わって原稿用紙に立ち向かう、それが歩未の日常だった…。
コミックスの帯にも書いていたし、自分も前にチラッと書いたけど、この設定、ほんとにご自分の日常じゃありませんよね、星里先生…w
最近はあんまりテレビでも赤穂浪士のドラマとかやらなくなったみたいなのですっかり
忘れていました。…え、やってました?…まぁいいか、赤穂浪士きらいだし(笑)

ちはやふる 15巻 末次由紀 講談社
リミット 6巻(完結) すえのぶけいこ 講談社
はぢがーる 1巻 みやびあきの 芳文社
ちゃんと描いてますからっ! 2巻 星里もちる 徳間書店
「ちはやふる」…テレビアニメも絶賛放送中、競技かるた(百人一首)漫画の決定版も、はや15巻目です。主人公・千早率いる創立2年目の瑞沢高校かるた部は、全国大会都予選を勝ち上がり、近江神宮で行われる「全国大会」においても決勝戦まで駒を進めた。
相手は個人個人の力量では瑞沢を遥かに凌ぐ常勝・富士崎。そしてその決勝戦のさなか、千早は利き腕の人差し指を痛めてしまう…。
敵も、味方も。高校生たちのかるたにかけるひたむきさが伝わってくる、そんな感じがする。
「チームに興味がないなんて言わないで…」涙ながらの千早の叫びが意味するものは…?
「リミット」…楽しいはずのバス旅行が一転、バスの崖下への転落という事故から地獄絵図と化す。そんな事故から生き延びた5人の少女の、絶望と希望を描く物語もついに完結。
人が人として生きる、人が人を生かすとはどういうことなのかをあらためて認識させてくれる、そんな物語。そしてそんな物語の先に待つのは、やはり奇跡というしかない結末…。
自分はこの漫画は「ちはやふる」とはまた別の意味で、2011年の何らかの漫画の賞を取ってもよかったのではないかと思います。それくらい、心に沁みました。
「はぢがーる」…一見、クールに見えるメガネの美少女・神楽紗江(かぐらさえ)。だけど彼女は実は、男の子と口をきくことさえ苦手な「恥ずかしがり屋」…。恋に恋することだけは人一倍な、そんな彼女の日常を変えたのは「愛の神様の卵」。その卵が出してくる「無理難題」をクリアしていかねば、「卵が死んでしまい、永久に異性と結ばれることはなくなる」らしい…。
そして、最初の課題は「24時間以内にクラスメートに抱きつく」ことだった…w
しかし、もっとびっくりするのはここまで「萌えキャラ」に等しい主人公を創作しているのが今や一児の母の女性漫画家とは…いや、世間は広い…w
全然関係ないけど「人一倍」って言葉、意味は「人の2倍、3倍」って意味だけど字面(じずら)だけみると「人並み」って意味にも見えますよねw 「人倍」だったらまだわかるのですが…。
「ちゃんと描いてますからっ!」…中学生の平原歩未の父はそこそこ人気のある漫画家。だが彼は、ネーム(漫画の設計図みたいなもの)こそ編集者との打ち合わせの間に完成させてしまう才能の持ち主だったが、その後はいつも失踪してしまう。そんな父に代わって原稿用紙に立ち向かう、それが歩未の日常だった…。
コミックスの帯にも書いていたし、自分も前にチラッと書いたけど、この設定、ほんとにご自分の日常じゃありませんよね、星里先生…w