みつぐの「蒼穹の果て」 -169ページ目

いわゆる「南京大虐殺」と日本人

ブログタイトル、硬い硬い(笑)

今回の「河村たかし名古屋市長の発言」に関しては、銀狼さんの意見とほぼ同じ感想を
持っているのでそこのところは割愛させていただくとして、
3月1日づけの朝日新聞の「声」欄に寄せられていた意見を読んでちょっと
びっくりしたのでひとこと言いたくなった。

投稿者曰く「南京大虐殺は死者数について日中双方の見解に相違があるとはいえ、日本軍による大規模な無差別殺害があったことは国際的にも明らかになっている」そうである。

もしかしたら未だに、こういう意見をお持ちの方が日本では大多数を占めるのだろうか?
「朝日新聞」に踊らされているに等しい意見だというのに。

いわゆる「南京大虐殺」
いわゆる「従軍慰安婦問題」
いわゆる「A級戦犯靖国合祀問題」

根っこはほぼ同じ。
大戦(第二次)当時の日本軍にはどんな汚名を着せてもOK、という
戦後のみにくい日本人のもたらした、無知と誤解と戦勝国のプロバガンダによる
大いなる歴史の改ざん問題にほかならない。

少し歴史を紐解いてみれば、容易に結論の出る問題だというのに。

どこまで自分たちの祖父世代(既に曽祖父世代か?w)を傷つけて、自分たちは
「正義の味方」のような面をしていれば気が済むのだろう?

国際的に「これが常識」という意見は確かにある。だがその全てが「真実」であり
「唯一正しいものである」とはとても言えない意見も数多い。
いわゆる「南京大虐殺」や「従軍慰安婦問題」が国際的な情勢を鑑みて
「あったこと」だという意見の方は、大戦末期にアメリカが行なった「東京大空襲」や
「広島・長崎への原爆投下」も「戦争を早く終結させるためにやむを得ず行なった」という
意見に頷くのだろうか??


かつて東京裁判で唯一国際法の専門家だったパール判事はその法廷において「日本無罪」を
唱えた(正確にはA級戦犯、全員無罪)。
そのパール判事が残した言葉が以下の文章である。

「時が、熱狂と、偏見をやわらげた暁には、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、
そのときこそ、正義の女神はその秤を平衡に保ちながら過去の賞罰の多くに、その所を変えることを
要求するであろう」

平成も24年を迎え、あの裁判から永劫と呼べる歳月が過ぎた今になっても、
ある種の日本人の心の中からは、あの日の熱狂、あの日の偏見は消えず、その理性もまた
虚偽からその仮面を剥がすに足りないのは致し方のないことなのだろうか。

(文章も硬い、硬いw)

なつかしの昭和特撮「正義のシンボル・コンドールマン」

「正義」という言葉がまだ色あせてない昔。

「愛の戦士レインボーマン」「ダイヤモンド・アイ」とこの「コンドールマン」とで
川内三部作と呼ばれました。もちろん、原作は川内康範氏。
ちなみに自分はこの三部作では「ダイヤモンドアイ」が一番好きだったりしますw

川内氏は、日本特撮ヒーローの草分け、「月光仮面」の原作者でもあります。
さすがに自分は「月光仮面」を生で見る機会は年齢的にありませんでしたが…w

動画はYoutubeより転載。



「正義」という言葉はその後、色々な意味を持たされ「価値便覧」の世の中、
その価値そのものを下げられてきました。
「悪には悪の正義がある」とかね。でもそんなの「嘘」ですよw
創作者が物語に深みを持たせるために使った方便です。

それを言うなら「悪には悪の『言い分』がある」が正しいと思います。
自分には自分の言い分がある、大義がある。そういう人は信用できます。
たとえ為していることが「悪」でも理解はできる。歩み寄ることもできるかもしれない。
でも、自分が唯一「正義」だなんて思い込んでいる人は信用できません。

まぁそんなことはどうでもいいんですがw

子供心に「コンドールマンにはなれなくても、決してゼニクレージーやスモッグトンには
なるまい」と固く心に思っていました。


でも、今の自分はどうなのかな…w
少なくとも、子供の頃憧れてたような人間にはなっていない気がする…。
いや、なってません(笑)

「ルナル・サーガ」7つの月、しろしめす世界の物語

最近、少し前の和製ファンタジー小説のりプレイや文庫を読み直しています。
ソード・ワールドの「スチャラカ冒険隊」や「ぺらぺらーず」「へっぽこーず」あたりが
楽しいのですが、それに勝るとも劣らないのがこの「ルナル・サーガ」シリーズです。

$みつぐの「蒼穹の果て」

写真は小説版「ルナル・サーガ」の1・2巻。

この小説は「テーブルトークロールプレイングゲームシステム」の一つである
「ガープス(GURPS)」をわかりやすく解説するために友野詳氏(グループSNE)が
行なったゲームの「リプレイ」記事が元になってはいますが、「ルナルの世界」そのものは
友野氏のオリジナルです。

何しろ夜には7種類の月が天上に輝くこの世界。
 
 遙かなるは輪となりし「白の月」
 惑いを映すは万色なる「彷徨(さまよい)の月」
 眠れるは異貌なる「銀の月」
 静けきは「緑の月」
 歪みに誘うは「黒き月」
 人の守りは双子の月
  すなわち統べる「青の月」
  すなわち解放(はな)つ「赤の月」

この7つの月に司られた世界・ルナル。

正直、最初はこの世界には戸惑いました。
よくあるファンタジー世界での人間、エルフ、ドワーフなどの存在も、この世界では
ちょっぴり趣が違うんですものw
正直、今でもその設定には首をかしげるところがないわけでもありませんが、
「小説そのもの」はもう、文句なしに面白いと太鼓判を押せましょう。
(私に太鼓判押されても仕方がないでしょうが…w)

ちなみに1巻の初版は平成4年ですから、もう…えっと、ちょっと待ってね。
ひのふの…20年前なわけですね(よかった、指が足りたw)。
うわぁ。この年に生まれた子が成人してるわw

それほどの月日が経っても、この物語は色あせていません。
日本のファンタジーワールドは自分的には「ロードス島戦記以前」と「以後」に分かれると
思っているのですが、この「ルナルサーガ」は「ロードス以後」の名作の一つであると言っても
過言ではないと思っています。

主人公は双子の兄妹。
かたや秩序を重んじる青の月の主神・ガヤンの神官、アンディ・クルツ。
かたや自由と個性を重んじる赤の月の主神・シャストアの神官、エフェメラ・クルツ。

二人は父の仇である「青い爪の女」を追って故郷の街を後にしますが、その行く手には
ルナルの世界を破滅から救わんとして「月に至る子」を計画的に生み出そうとする
「聖なる母の結社」と、その結社から生まれながら結社をつぶさんとする「四姉妹」との
非情な戦いが待っているのでした…。


まぁ当然のことながら、自分はこの「エフェメラ」が大好きなわけですが。
胸はないけど。←「うるしゃーい」(エフェメラ談)
ちなみに1巻の表紙の、黒髪の美少女がエフェメラ(エフィ)です。

あと2巻にしか登場はありませんが、その後のアンディの行動に微妙な影を落とす
悲運の踊り子、レルシェ(2巻表紙の赤毛の女の子)もまた魅力的なキャラクターだと
思います。

ファンタジーが好きな方なら、絶対に好きになる。
そんな、おすすめの小説です。
ちなみに「ルナル・サーガ」は1~6巻、「ルナル・サーガ完結編」は全2巻。
そのほかには「ルナルジェネレーションズ(双子の物語以前)」などの刊行も
なされておりまする。(いずれも角川スニーカー文庫。もしかしたら今は違うかもw)。