勉強の本には、
勉強する意味が、
書いてあります。
「夢を叶えるための心を養うもの」の
ようなことが書いてある。
わからなくもない。
そんなような気もするけど、
違うような気もする。
なぜ、しっくりこないのか?
直ぐに、この意味を忘れてしまうのか?
考えてみた。
だいたいのみんなが知っている勉強は、
「他人から言われたこと」だから
だと思う。
他人から言われたことを
やっても、夢は叶えられないと思う。
それは他人の夢だ。
自分の夢じゃない。
大前提に、
自分がやりたいことで、
なければならないと思う。
その上で、
自分のやりたいことの先駆者に
勉強の仕方を教えてもらわないと
自分の夢は叶わないと思う。
だいたいのみんなが知っている勉強は、
他人に押し付けられたものだから、
「会社で上司に言われたことを
我慢して言われたまんまやる習慣」を
身に付けるためのもののような気がする。
たぶん、
他人に言われたことを我慢してやれば、
それなりに食っていくことはできると
思う。
だけど、
自分の夢は、ちゃんと叶えられないと
思う。
この勉強は、最低限の、
生きる方法だ。
他人から言われたことを守れば
生きれる。
それだけのことの勉強だ。
夢は違う。
目標を立てないといけない。
目標を立てないと、
どこにもいけない。
目標を立てた上での勉強は、
全然違う。
勉強の本に
次のように書いて欲しい。
他人から押し付けられた
勉強をする意味は、
最低限生きるための我慢を
身に付けるためです。
夢を叶えるものではありません。
夢を叶えたいなら、
自分で見つけて、
自分で目標を立て、
自分で調べ、
自分で行動し、
自分で先駆者の先生を見つけて、
自分で教えてもらいに行き、
自分で叶えてください。