疑問の毎日 -16ページ目

疑問の毎日

生きるって疑問だらけ・・・


誰が誉めるの?


今のオレを誰が誉めるの?


誰も誉めない。


オレ自身も、
絶対誉めない。


自分が嫌いだ。



頭が良い人は誉められる。

人を助けてあげれば誉められる。

手伝ってあげれば誉められる。











誰を?





「やりたいことは
誉められないと
生まれない。」

頭の中で
ずっとずっと
響いてた。

自分で考えた言葉だけど、
考えてみると
確かにそうだ。


ボクが好きになったものは
全部、誉められたものだ。

絵を描くのが好きになったは、
学校で、落書きしてたら、
みんなにウマイと誉められたからだ。

やりたいことや、
興味を持つことは、
やれば誉められそうなことだ。

叱られることは
やりたくないことに
なっていく。


だとしたら、
単純な法則だ。

誉められそうなことを探せば良くなる。

やりたいことという
意味がイマイチワカラナイ言葉より
よほど分かりやすい。


仕事は、だいたいが
叱られることだから
嫌いになるのは
当たり前なんだ。



誉められそうなこと。。


誉められそうなこと。。









…思い付かない。。


勉強しても、最近は、叱られる。

大人は、
他の人が勉強していると
勉強を中断させようとする。

子供同士のときと同じ
遊ぼうと言って邪魔をする。
抜け駆けと思い遮断してくる。





でも、これでは何も進まない。
新たなことは、
やっぱり学ばないとできないと思う。


学ぶことは
手段の1つで
目的ではない。




目的を掲げないといけない。


誉められそうな目的。




思い付かない。

こんだけ具体的に
なってきたのに
わからない。




誉められることが、
なんだかわからない。


テレビに出てくる一般の人は、
とても頭が良いように見える。

「投票が、18才からできるようになるが
どういう基準で投票しますか?」

という質問に、
素晴らしい回答が、
次々と出てくる。

だいたいは、
自分がやってほしいと願うことを
かかげている政治家に投票したいと
言っているように見える。

素晴らしい
投票方法だ。





ボクなんて、
政治家さんたちが、
だいたい同じようなことを
みんなかかげているので、
見分けがつかない。


だから、
ボクは立候補者さんの
ブログやサイトを見て、
マジな人に投票している。


具体的にいうと下記みたいになる。


ホームページがない人は、
時代に乗り遅れているので
投票しません。

ブログで、
「今日は遅刻してしまいました」と、
バカ正直に時間のルーズさを
アピールしてる人には、
まかせられません。

ホームページに膨大な量のデータを
書いている人に投票します。
二行ぐらいしか書いてない人は
よくわからないので
投票しません。

そんな風に削いでいくと
だいたい1人ぐらいになる。


政治家のみなさんは、
やるべきことをだいたい全部
わかってるし書いてるから、




ボクは、
政治家さんたちが、
誰が、
何を言っていて、
信用できるかどうかも、
わからないよ。。




だから、ボクは、
マジで、やってくれちゃいそうな
天才肌の人に投票している。




ボクにはそれが精一杯だよ。
何をやってほしいとか、
思い付かないもん。
何が問題なんだかも
わからない。



一般の人は、
ホントに天才だと思う。



ボクは、到底、かなわない。





ボクは、
ナマケモノだ。


ナニモシナイをしたい。


なにをしても、
喜びを感じられないのなら

いっそ、
なにもしたくない。



なんでだか知らないが
ボクの親は
ボクがやってることを聞かない。

なので、ボクのこと、
何も知らないと思う。

たぶん、
ボクの好きな食べ物も
知らない。

ボクが絵を描くのが
好きだったことも
知らない。

就職活動で、
何十社も受けたことも
知らないし、

大学の成績も知らないと思う。

何も聞いてこないから
ボクが話さなかったのもあるだろうが
ホントに何一つ知らないと思う。

そして、
押し付けがましく、
ボクに合わない進路を言う。

でも、
みんなそんなもんだと思う。

親は親の理想がある。

自分の子供は、
こう育つと思っている。

親の理想、親の夢、
その道筋に合う言い方をし
その道筋に沿って提案をするので、

言ってしまえば、

子供の意見など
どうでもよいのだと思う。

どうでもよいのだ。

親も結局は自分の幸せを願う。
子供に親の理想を叶えてもらい、
子供がニコヤカに笑う姿をみたい。

でも、
何も聞いてこないから、
親の理想と、子供の意思が
一致することないと思う。

ボクがニコヤカに
親と接するときは、
ボクの心の中は暗闇だ。

ボクが笑えば親は喜ぶ。
だけど、本気で笑えたことはないと思う。

何一つ聞いてくれない人は、
信じられない。



好きな食べ物ぐらい
聞いてほしい。

だけど、ずっとずっと、
言ってても、
嫌いな食べ物をウマイから食べろと
すすめてくる。

それは、あなたの好きなものだ。





「やりたいことがあれば成功する。」

というようなことが
だいたいのビジネス本に
書いてあります。

そして、「誰でもできる」そうです。

この二つの言葉の意味が
わかってきた。




やりたいことは、
一生懸命、ツラくても
やらなくてはいけません。

しかし、
それでも、
やりたくてやりたくて
たまらないものだ。

ずっとずっとやってても
飽きないような
ものでなければならない。



そんなものは
普通、みんな持ってないと思う。


パチンコでも、
テレビゲームでも、
競馬でも、
旅でも、
音楽でも、
読書でも、
仕事でも、
何でも良いけど、


めんどくさくなったら、やらない。


と思う。
ボクは、テレビゲームが
やりたいようだ。
何日もやってた。

スプラトゥーンを
ずっとずっと
やってた。

たぶん何日やっても飽きないで
ずっとずっとやってられそうだったが
これでも、違う。

スプラトゥーンで稼ぐなら、
これを動画にしないといけない。

または、記事にしないといけない。
秘密の道具や、
バグや、裏技、練習方法、
オススメ武器など、

全部、事細かに書かないと
いけない。

それは、「やりたくない」ものなのだ。

めんどくさいし、
調べれば出てくる。
それをわざわざ
自分なりに
まとめなきゃ
いけないなんて
ユウウツになる。

それに
裏技やバグなんて、
知りたくもない。

何よりも、
せっかくの好きなものを
大嫌いにしてしまう。

その人にとって
「やりたい所」というのが
あると思う。


スポーツのプロだって
ミュージシャンだってそうだ。

ファンがいないと成立しない。

ファンから、カネを
提供してもらっている。

自分を大好きで大好きで
たまらない人達から、
カネを巻き上げないといけない。

そんなのツラいじゃん。

大好きなもので、
大好きな人達から
おカネを巻き上げないと
いけない。

たぶん、
大好きなものが
大嫌いになる。


やりたくないとこもあるが、
それは考え方を変えて、

人に、夢、興奮、喜び、悲しみなど、
たくさんの、人として必要なものを、
与えていると考えなければならない。


夢や感情を
プロに代わりにやってもらおうと
しているめんどくさがりやさんたちに
お届けするのだ。



はっきり言って、
めんどくさがりやさんたちしか、
この世にはいないと思う。


だから、やりたいことを、
ビジネスにしたいなら、
やりたくないことも、
やりたいことにしないといけない。


やりたいことを
どんどんどんどん拡大しないと
いけない。


やりたくないことが
多い人は、
たぶん何をやっても
成功しない。


叱られ体質の人は
かなり大変だ。

叱られ体質の人は、
ほとんどのことは、
やりたくないけど、
我慢してやっている状態だと思う。

我慢して我慢して我慢して我慢して
極限までやってストレスになり、
ユウウツになる、
そして、人生で生きる意味をなくし
ジサツする。


もしも、我慢じゃなくて、
やりたいことだったら、
何でも、やりたいことだから、
逆に我慢しないで
やっていい状態になる。


子供のときに
誉められるのと
叱られるのを
両方経験した人が
この世では最強になれると思う。


ただ、正しくないといけない。


天才が叱るときに
叱らないといけない。

天才が誉めるときに
誉めないといけない。


親は天才ではない。
普通は一般人だ。


親だって、悪いことと良いことの
区別がつかない人だっている。

最近の情報社会なんて、
何が本当なのかワケわからない。
一昔前はバブルで、
さらには暴落だ。

親だって何を信じていいのか
わからなかったはずだ。

だから、
だいたいの今の大人は
間違った育てられ方をしていると思う。

だから、
みんなだれでも、
ひとつ以上は、
間違った感情が
でるんだ。


その改善方法も、
わかってきた。

たぶん、極めれば
自分の感情を自由に
コントロールできる。

「感情は、生まれ持っていて
変えられない」なんてことは
ないと思う。

自由に時代に合わせて
感情や、性格を
変えなければならない。


作り替えなければならない。


たぶん、このままだと
ボクは、ジサツする。


どうも、躁鬱っぽい。


躁のときは、
何でも出来そうな気分になり
こんな風に文章をあてもなく書いたり、
とてもポジティブなことをかき、
何でもやってみたり
挑戦できたりできる。

しかし、いったん
鬱になると、
嫌なことばかり思いだし
それに伴う感情も
何倍にも増幅して出てくる。
そういうときは、
別の意味で何でも
出来るような気分になる。
ジサツ、コロシなんでもありだ。


鬱は、開放されたくて
だれかに叱られた
間違ったことを
したくなる。

躁は、もう開放されているので
だれかに誉められたことを
熱中して、ハマり続ける。


躁は、なんでもかんでも
跳ね返せる。

鬱は、なんでもかんでも
マトモに打ちのめされる。





「やりたいこと」とは、
誉められないと生まれない。






人が言い切ったことに対して
あげあしを取るようなことを言うのは
イラッとする。


「ボクは、好き嫌いはない。」

と言ったとき、

「豆乳は飲めないって
言ってたじゃん。」

って言われると、

「ごめんなさい」

としか言えない。

でも、
食事で、豆乳が出てくることは、
まず、ない。
ほぼ、ない。

だいたい、
好き嫌い聞くときって、
昼食、一緒にいくときとか、
食事を作って貰ったりするときしか、
ないじゃん。

豆乳は、絶対、
でてこないと思うのさ。

話が、シラケるだけじゃん。


何聞かれたのか
わかんなくなっちゃうじゃん!


「カエル食えないって
言ってたじゃん」って
言ってるのと同じじゃん!






ちなみに、
豆乳は最近は、
なぜか飲めるようになった。

そういうのあるよね。。

友達に仕事のことを聞かれ、
月3万ぐらい稼げば生きてける話をしたら
「クソヤロウじゃん(笑)」と言われた。

クソヤロウなのかな。

イチイチ疲れるわ。
なんで、そんなこというかな。
また、考えこんじゃうじゃん。

別に高価なものも欲しくないし、
結婚なんてする予定もないし、
ギャンブルもしないし、
タバコも吸わないし、
酒も飲まない。

ただ、本をずっと読んでたいだけだ。

どっちが、クソヤロウだよ。

最近、献血車をよく見かけるので、
久々に献血しに行きました。

ボクは、ここ何年か
血を見ると恐怖を感じてしまい、
嫌なので何年も行ってなかったです。


だけど、
献血車のスタッフさんが、
メガホンで言っていた言葉に
ボクは、心を打たれました。


「あなたのほんの少しの勇気で
救える命があります。

冬場はインフルエンザなどの影響で
献血できない場合がありますので
数が少なくなってしまいます。

どうか、ほんの少しのお時間、
ほんの少しの勇気を
おわけください!」



ボクの血で、
誰かが救えるんだって
思った。

あと、ボクの知り合いには
入院経験のある人が結構いるので
なんか、他人事じゃないような
気がした。



そして、
ボクは、入院や、大きな病気に
なったことがなく、
風邪でさえ、
めったにならないほどの
健康体質。


行かなければ
バチがあたる。


でも、せっかくだから、
献血バスじゃなくて、
献血ルーム行った。



最近の献血ルームってスゴいね!


カフェだった。


マンガや本がいっぱいあった。
最新刊もあった。


ミルつきのコーヒーメーカーがあり、
ひきたてコーヒー無料だった。
ジュースも、無料。


ボクの恐怖感覚は、
どんどん小さくなった。


さすがに針が出てきたときは
ぞっとしたけど、
看護婦さん優しかった。。


献血できた。


立ちくらみも
ほぼ起きなかった。






3ヶ月後が待ちどおしくなった。
また、ここに来たいと思った。


もう献血での恐怖は
なくなってしまった。







寄せ書きみたいのがあって
300回以上献血やってる人が
いるみたいだ。

1年に4回しかできないから、75年??
30回の間違えかな??
30回なら約7年間。



大きな目標ができた。