疑問の毎日

疑問の毎日

生きるって疑問だらけ・・・

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ピグが終了してた。

 

あの世界が終わってた。

 

あの世界の思い出が溢れるように思い出される。

 

不思議な世界だった。

 

たくさんの出会いがあって、

 

たくさんのお別れがあった。

 

キャラが可愛いせいか、みんな優しかった。

 

ピグが大きくなった時があってさ。

大きくなったピグから逃げ回って遊んだり。

 

みんなが一列になって遊んでたり。

 

教室でガキ大将になってみたり、

 

全く違う自分が、そこにいた。

 

なんか、あの世界があったから、生きてられたのに

もう、現実世界も終わってしまったかのように感じる。

 

もう、生きてても仕方ないような

もう、生きててもつまらないような

 

新しい世界が、

見つけられないだけ、

なんだけどさ。

 

 

生きることに意味なんてないと思う。
人、一人いなくなったところで、
世界は変わらない。

明日しんでもくいのないよう生きればいいと思う。
ぜんぶつまんないなら、つまんない、つまんない、言いながら探し続けてもいい。

意味を求める人ならば
意味がないと感じることでも
意味が生まれると思う。

国立大学清掃員というブログを見つけた。羨ましいようなそんな気もする。ボクも早い話、生きているだけなのだから、お金なんて、そんなにいらないわけだ。だったら、掃除だけして、生きられるものならばそうしていたい。努力を放棄しているのか?でも、努力をしろなど、だれに、強制されているわけではない。清掃員でも、生きれるのであれば、それでいいわけだ。俺みたいにわざわざ人間関係に悩まされる仕事なんて選ばなきゃいい話だ。ボクは、人と話すのが本当につらい。それが仕事とあらば、なおさらギクシャクするわけだ。いっそまた転職するか。でもどこへ行っても、人と会うわけで、人に叱られる。どこいってもかわりゃしない。清掃員になったところでまた、叱られるに決まっている。同じように叱られるならと、ぼくは、プログラマを選んだ。地位もプライドも捨てて楽を選んだ挙句にそこの上司に叱られるというのは、耐えがたい屈辱だとは思わないのか。それこそ死んだほうがマシだという思いに達しないのか?同じように叱られるなら、プログラマという頭がよさそうな仕事を選んだんだ。そうすることで、親からの批判がマジで減った。毎日、顔を合わせるわけだから、その文句が減らせるのであれば、そのほうが楽に生きれる。雇われて働く仕事なんて、結局皆おんなじだ。地位とか名誉とかのせいで、周りがごちゃごちゃいうだけだ。それさえなければ、俺だって清掃員したい。羨ましいな清掃員。勉強なんてしなくていい。毎日、まじめに出社して、トイレをピカピカにするなんて、なんて楽しそうな仕事なんだ。よく周りの批判に耐えられるよなと思う、ボクは批判や否定や罵声が本当につらい。罵声に耐えられるようにと、罵声をあげる人にはついていけない。お前が罵声をあげなきゃいい話だとは思わないのか?どうやったら一人で孤独に生きていけるのだろう。

夢の中で、学生だった。
記憶も学生までの記憶だった。

だらだら出掛けてって
講義に間に合わなくて
そのまま帰ろうとしたときに
目が覚めた。

現実は社会人なかば、
記憶が一気に追加されてく、

あれ、就職してたっけ?
あれ、あれ、あれ、
予定とは全く違う未来が
追加される悔しさ切なさ
寂しさ恐怖

最後に月曜日が追加。

しばらく、恐怖と絶望感に
耐えられなかった。

夢はひどい
記憶は消さないでよ
負の気持ちを消す
努力まで消えちゃうじゃん。
常識は、武器じゃなくて、盾だと思う。

常識は、人を傷付けるものじゃなくて、
人を守るものであって欲しいと思う。

正義を信じる人は悪を信じない。
悪を信じる人は正義を信じない。

別に文章を書きたいというわけではない。文章を書くことに関しては抵抗はないというべきだろうか。他のことは、かなり抵抗がある。この抵抗のないことが得意分野であればよいのに、でも、そうというわけでもない。書いたからってお金が出てくるわけでもない。それだったら、お金が出てくるようなことに夢中になりたい。書いてどうなる。前に進むわけでもない。いつも同じようなことばかり思いつき、いつも同じように迷ってばかりいる。物語でも書きたいものだ。物語でも書いてみようか。頭の中にある物語を。

 

題、ごちゃごちゃの頭の中の部屋。

 

僕の頭の中には部屋がある。

その部屋の中は、ごちゃごちゃしている。

その中に、くたびれたボクがいる。

 

ゴミばかりのごちゃごちゃな部屋の中で

ボクはラジオを聞いている。

聞きたくもないラジオを聞いている。

 

バカだのアホだの大声で叱られているような

嫌な罵声がラジオから聞こえてくるんだ。

 

このラジオ、壊れてんだ。

OFFのスイッチが効かないんだ。

 

たたいても、踏みつけても、投げても、

音がずっと鳴り響いて、聞きたくもない罵声が

ずっとずっと、鳴り響いてんだ。

 

もう、聞き飽きたんだ。

壊したいんだ。

どうやったらこのラジオ壊せるんだ??

いつもそのことで頭はいっぱい。

 

壊せなくてもいい。

この部屋から、この檻のような部屋から、

外へ出たい。この体から抜け出したい。

どこかへ行ってしまいたい。

 

少し冷静になろうか。

あるとき、そう思った。

真剣に理屈で考えたことあっただろうか。

感情に流されてばかりいるだけだったとも思う。

よく考えてみると、

 

この部屋には窓がある。

窓の外には何がある。

窓の外には見慣れた世界が広がっている。

ほんとうに見慣れているのだろうか。

見慣れた気になっているだけなんではないだろうか?

 

この世にあること全て見れるはずがない。

いろんな世界に行ったことない。

いろんな世界の写真を見たことあるだけだ。

実際に見たことないことたくさんあるはずだ。

写真に写ってないことなんてたくさんあるはずだ。

 

それに、あの人は何で笑ってるんだろう。

頭の中のラジオは存在してないのか?

そういえば頭の中のラジオの音って、

僕の嫌いな人の声だ。

 

あの人は、僕の嫌いな人を知らないはずだ。

じゃあ、あの人の頭の中はどうなってんだ。

 

人の頭の中を見るには、どうしたらいい?

本がある。本屋に行けばたくさんの本があって

たくさんの人の頭の中が載っている。

 

一つ目の本の人は、こう言った。

嫌な記憶は消せるのだと。

そんなはずはない。

実際僕の頭の中のラジオは消えない。

だけど、その本の人は、

字に書きだすことで消せるのだと言った。

実際は消えない。だけど、嫌な感情がかなり和らいだ。

消えたに等しかった。

 

二つ目の本の人は、こう言った。

やりたいことをやるべきだと。

やりたいことなんてできるはずがない。

だけど、その本の人は、

できることからやればいいのだと言った。

やりたいことが大きすぎたのだ。

実際は細かいことがたくさんできる。

長年行きたかった場所に行ってみた。

長年の思いが解き放たれ涙が出た。

 

三つ目の本の人は、笑ってた。

笑ってるというのは凄いことだ。

なんの変哲もない日常で笑っている。

世界というのは、実は面白いものなんではないのか?

少なくともこの人にはそう見えているということだ。

 

四つ目・・・は、曲だった。

今まで音楽を聴いたことあっただろうか?

ただ教科書のなかで載っていたものだけしか知らなかった気もする。

感情がこんなに込み上げる曲を聞いたことあっただろうか。

僕のことを知りもしない誰かが、

僕のことを知ってるかのように歌ってる。

ボクは自分の頭の中の部屋ばかり見ていた。

世界を知った気になってただけだ。

 

五つ目・・・六つ目・・・七つ目・・・

 

僕の部屋にはラジオがある。

OFFにできない壊れたラジオだ。

だけど昔とはちょっと違う。

そのラジオからは、いろんな音が流れてくる。

楽しい音、悲しい音、面白い音、辛い音。

世界は少しずつ変わってる。

 

 

 

作ることって何だろう。こどものころ、何かしら工作していた僕にとって、何かを作ることが、生きている証なにかもしれない。それをやめてしまった今は、ほんと死んでいるのと同じ。存在がないんだ。このまま死んだって誰にも気づかれないかもしれない。まぁ、それは言い過ぎで、さすがに親には気づかれるかもしれない。でも、それまでだ。世界の中で、目立たないまま死んで、それで終わって、それで人生成立して、本当にそんなんでいいのだろうか。人とはかかわりたくない。だけど、人には評価されたい。今いる自分の意味を作りたい。他人が評価されたのを見て、歓喜するのは、僕には、とてもつまらないことだ。自分がその立場になりたい。必要とされたい。誰かに、僕の意味を作ってもらいたい。何かをしなければ、何かを作らなければ、何かを、何かを。

昔は、たくさん自分の気持ちを書いてた。書いても書いてもうまく伝わらない。だけどきょうは書きたいままに書いてみよう。あたまのなかで、やっぱりパッと思いつくのが、生きていることがとてもむなしい。生きてて何になるのか。叱られて何になるのか。つまらない気持ちでいっぱいだ。ずーっとそうだ。楽しいこととは何だろう。生きてることに少しでも価値を与えることはできないのか。自分がやれることは実はたくさんあるんじゃないのか。ボクは勝手に自分の能力を決め、目立たないように行動し、波が立たないようにいつも生きてる。波が立ったら本当にめんどくさいじゃないか。人の意見なんて、その人のほんの一瞬だけ切り取った感想だけ述べてる薄っぺらいものだ。それに右往左往させられて、感情に支配されるのは、本当に苦しいし辛いじゃないか。ほんとボクはつまらない人間だ。めんどくさい。すべてがめんどくさい。いやでいやでたまらない。全部ぐちゃぐちゃにしてしまいたい。だけど、ぐちゃぐちゃにしてところでいいことなんて何もない。また叱られ、寂しさにさいなまれ、つらくて、逃げ出したくて、やっぱりつまらないんだろうな。だけど、これは妄想。やったことないのにやった気分になってるだけ。頭のなかで、はじけ飛んでは、また抑えての連続で、冷静を装ってる。書きたいものがある。作りたいものがある。描きたいものがある。行ってみたい場所がある。試したことがある。だけど、すべて、誰かの評価を恐れてる。何もしちゃいけないような気がする。いやな気持が僕の周囲を囲んで、やる気を削いでいく。人の作ったものを見るのは簡単だ。楽だ。完成品は、僕に少しの暇つぶしをくれる。でも、すべてを覆すぐらいのパワーは持っていない。やっぱり何かこの手で作りたい。どうすればいいんだ。やればいいのに力が出ない。ブレーキだらけだ。あー。もう、書くことがない。意外に少ないな。ボクはこれぽっちの気持ちに支配されてたのか。ほんと、ちっぽけで、どうしょうもないクズだよボクは。


1日が過ぎるたび、
寂しい気持ちになる。

また、1日、
お別れに近づいたって
心が叫ぶ。

キミが先に行くの?
ボクが先に行くの?

どちらにしても、
お別れに近づいているのは
変わらない。

生きるのなんて
寂しさしかない。

ツライよ。
寂しいよ。
何も受け入れないで守ってる人は、
喧嘩ばかりしてる。

何でも受け入れて戦ってる人は、
とても優しい。