自虐的な差別意識 | 疑問の毎日

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生きるって疑問だらけ・・・

自分が
経済的にも地位的にも高いと
思ってる人が
自分よりも、
経済的にも地位的にも低いと
思う人に
対して、

差別するのは、
問題になりやすい。




しかし、
経済的地位的にも低いと思ってる人が
自分よりも
経済的地位的にも高いと思う人に対して
差別するのは
問題にならないように見える。




昔、国内だが、
本土とは離れた島に
観光で行ったとき、

その島の人達は、
ボクのことを「内地の人」と
呼んだんだ。

それに、
関東以外の地域に出掛けたとき
その地域の人達は、
ボクのことを「都会の人」と
呼んだんだ。


ボクは、関東だが、
緑と畑ばっかの地域で育った。

「都会の人」と呼ばれるほど、
都会人ではないはずなのに。


ボクには、
そういう差別的意識はなかった。

同じ日本人なのになんで
そういう呼び方をするのか
不思議に思った。


まるで差別されてるみたいだ。


しかし、問題にはならない。
どちらかと言えば、
相手を誉めている差別だからだ。


相手をけなす差別は、
相手を侮辱する差別だから、
いけないんだ。


だとしたらなんで
「差別」と言う言葉は、
「相手を侮辱する差別」と言う
意味を含んでいるのか不思議だ。

差別と言う言葉では、
自分と相手を分ける言葉でしか
ないように聞こえてしまう。


だから、必要以上に意味が
増えてしまっているように
感じるんだ。


ただ、わかりやすく、
分けられただけで、
差別だ!って思ってしまうように
なってしまうように思えるんだ。


「差別」という曖昧な言葉が
いるせいで、火種だらけに
なってしまうような気がするんだ。


「相手を侮辱する言葉」か、
「相手を敬う言葉」という
言い方をしてほしい。

みんな。

みんなが、しないと
意味ががない。

無理だけどね。



まあ、無理だとしたら、
ボクだけは、
区別するし、
意識する。




自分でも
何をいってんだか
わからなくなりそうなくらい
微妙なことだから、

きっとまた、忘れる。



とりあえず、
相手を侮辱しそうな言葉は
言わないことだ。