今の地場に存命の教祖がご不在という言説 | 「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

 

 天理教の一般の信徒なら、ご本部の神殿を参拝して、東の回廊を経て、教祖殿に参拝することが習わしである。生前同様に教祖(おやさま)がご存命であるから、朝食、昼食、夕食、洗濯など、生前同様に本部婦人の方々が、目に見えない教祖に対して奉仕されているという。そして、不思議なお助けがあれば、教祖のお陰であると無垢な信徒なら発言するであろう。

 

 ただ、こうした「教祖存命の理」に対する現在の解釈には、限界がある。すなわち体制維持のロジックとして、ご都合主義の教理解釈をもたらす原因となり、一歩も踏み出せない真柱ワントップ体制を温存させる限界が次第に見えてきた。

 

 すでに何度も本ブログで解説してきたが、教祖存命の理とは、本席様の時代に作られた新たな教理であり、おさしづは教祖存命のお言葉であると、本部の権威者もすでに語っている。

 

 以下のように、『おさしづ索引』3巻が天理教教義及史料集成部で教祖百年祭を記念して出版され際の発言を再度引用する。

 

 

 

 教祖存命の理とは、本席様の刻限話など、飯降伊蔵さまを通じた肉声が神の詞を意味していた。お地場に、そのような神の詞を伝える天啓者(この道では機械と形容される)がいないという意味で、お地場には教祖はご不在であるという言説が生まれた。

 

 肉体をもった教祖はこの世にはおらず、扉を開いて世界の助けに出たと本席様が語っている。目には見えないが、働きの理として教祖は存命だという素朴な信仰を否定するものではない。 教祖殿にいけば、教祖のぬくもりが何となく感じられ、おさづけを取次がれる信徒の姿には心打たれるものがある。そうした素朴な信仰心を否定するものでもない。

 

 ただ、教祖が令和の今の時代に何を語っているのかという現実的な問題に、本部からは打ち出すことはできない。 本年が大変革の時旬だという教祖の思惑は、本来、総ての信徒が聞くべきご発言である。

 

 「扉は開かれた」ことに関して、「おさしづ」には以下の様なご発言があった。

 

さあ/\ろっくの地にする。皆々揃うたか/\。よう聞き分け。これまでに言うた事、實の箱へ入れて置いたが、神が扉開いて出たから、子供可愛い故、をやの命を二十五年先の命を縮めて、今からたすけするのやで。しっかり見て居よ。今までとこれから先としっかり見て居よ。扉開いてろっくの地にしようか、扉閉めてろっくの地に。扉開いて、ろっくの地にしてくれ、と、言うたやないか。思うようにしてやった。さあ、これまで子供にやりたいものもあった。なれども、ようやらなんだ。又々これから先だん/\に理が渡そう。よう聞いて置け。」(明治20・2・18)

 

 この「理を渡す」とは、おさづけを渡すことだけなく、刻限話など神の詞そのものが含意されているという。「扉開いて」とは無形の教祖が永遠に語り、指導を続けることを意味しているのである。  

 

 「ろっくの地にする」とは、人間世界に差別や戦争を無くすことが語られている。令和の今の時代、世界には戦争があり、分断があり、教祖の思惑とは逆行する現象が起きている。教祖はこの様を悲嘆され、助けを急きこまれている。

 

 教祖と一緒に、「おつとめ」をする。

 

 そのつとめる人の心の仕込みが今の時旬においてもかなめとなる。 

 

 つとめを唱える唱え一条が仕込まれている。

 

 おふでさき、おさしづ、みかぐら歌に込められた神意を我心として、勤めて欲しい。

 

 ただ同じことを神様は伝えている。

 

 つとめが世界救済の要なのであり、そのつとめの人衆の魂が仕込まている。

 

 

 

 天啓の継承問題について、100年前には、以下のような説もあった。