茨木事件について(2) 以前書いたものを、一部改訂して再掲します。 『100年前の「おさづけ」停止事件を回顧して - 大正7年のターニングポイント』<天理教のトップ倒れる> 真柱様の中山善司様が、2018年5月に脳梗塞か何かで半身不随となられ、おさづけの運びをできなくなっております。大変な事態です。その後…ameblo.jp 当時の教会本部員筆頭の松村吉太郎が茨木事件にいかに対処したのかは、本人の自伝『道の八十年』に詳しい。 モリジロウさんが、以下の中で引用されていました。 中々良識のあるサイトで、大変関心しました。私と同じ年齢位の方が書かれたようです。 私も還暦となりました。 天理教団の未来に憂いを感じ、教祖の本当の教えを求める精神で共感致しました。 私の「茨木基敬」考…その2|モリジロウ 前回では茨木事件の概要などをまとめてみたが、今回はそこから考えられることをまとめていきたい。天理教では神の言葉を伝えるものは教祖ご在世時から、教祖一人だったわけではないようである。天理教本部側でもそれは認められていることなのかと思う。若い神として教祖みきのもとに仕えた末女小寒さんは、元治元年の頃から神懸っていたという。(「翁より聞きし咄」『ひとことはなし』…note.com 私の「茨木基敬」考…その1|モリジロウ 天理教の異端関係について研究をしていると、天理教の歴史や隠蔽されているような事実がわかって来る。なぜ分派するのか、なぜ異端が起こるのか、またなぜ教内で隠さなければならないのか、タブー扱いしなければならないのかも、だんだん見えてくる。やはり現体制を維持するためには教会長、信者に知られない方がいいようなことが多いのかとも思える。 しかし、時代はもう変わってい…note.com 私の「茨木基敬」考…その3|モリジロウ 前回では、『道の八十年』(松村吉太郎)も引用しながら、茨木事件についてまとめてみたが、今回は、他の情報から考えられることを、まとめていきたい。 松村吉太郎の「茨木父子免職の顛末」『道の友』大正7年2月号によれば茨木基敬の天啓を今後、信じないと、息子の基忠らに詫び状を提出させたこともあったようだ。しかし、そんなことで天啓は止むはずもなく、むしろ、松村…note.com 神殿回廊を歩きながら思ったこと|モリジロウ 時間もあり、すっかりご無沙汰している教会本部に参拝した。神殿回廊を歩きながら、いろいろな思いが溢れてきた。時間帯もあるのだろうが、ほとんど人はおらず、がらんとした印象を受ける。この回廊を何度、跪いて拭いたことだろう…。回廊から中庭を見ると、ほとんど人もおらず、祭典がない日に来ると本当に寂しい感じがした。 天理教の歴史を詳しく研究するようになってから、…note.com
『100年前の「おさづけ」停止事件を回顧して - 大正7年のターニングポイント』<天理教のトップ倒れる> 真柱様の中山善司様が、2018年5月に脳梗塞か何かで半身不随となられ、おさづけの運びをできなくなっております。大変な事態です。その後…ameblo.jp
私の「茨木基敬」考…その2|モリジロウ 前回では茨木事件の概要などをまとめてみたが、今回はそこから考えられることをまとめていきたい。天理教では神の言葉を伝えるものは教祖ご在世時から、教祖一人だったわけではないようである。天理教本部側でもそれは認められていることなのかと思う。若い神として教祖みきのもとに仕えた末女小寒さんは、元治元年の頃から神懸っていたという。(「翁より聞きし咄」『ひとことはなし』…note.com
私の「茨木基敬」考…その1|モリジロウ 天理教の異端関係について研究をしていると、天理教の歴史や隠蔽されているような事実がわかって来る。なぜ分派するのか、なぜ異端が起こるのか、またなぜ教内で隠さなければならないのか、タブー扱いしなければならないのかも、だんだん見えてくる。やはり現体制を維持するためには教会長、信者に知られない方がいいようなことが多いのかとも思える。 しかし、時代はもう変わってい…note.com
私の「茨木基敬」考…その3|モリジロウ 前回では、『道の八十年』(松村吉太郎)も引用しながら、茨木事件についてまとめてみたが、今回は、他の情報から考えられることを、まとめていきたい。 松村吉太郎の「茨木父子免職の顛末」『道の友』大正7年2月号によれば茨木基敬の天啓を今後、信じないと、息子の基忠らに詫び状を提出させたこともあったようだ。しかし、そんなことで天啓は止むはずもなく、むしろ、松村…note.com
神殿回廊を歩きながら思ったこと|モリジロウ 時間もあり、すっかりご無沙汰している教会本部に参拝した。神殿回廊を歩きながら、いろいろな思いが溢れてきた。時間帯もあるのだろうが、ほとんど人はおらず、がらんとした印象を受ける。この回廊を何度、跪いて拭いたことだろう…。回廊から中庭を見ると、ほとんど人もおらず、祭典がない日に来ると本当に寂しい感じがした。 天理教の歴史を詳しく研究するようになってから、…note.com