郡山城は筒井順慶の築城(1580年)に始まる大和でもっとも大規模な城郭で、近世期には、豊臣家、水野家、松平家、本多家、柳澤家の居城となりました。
城郭は徐々に整備されましたが、豊臣秀長の時代にほぼ完成し、増田長盛の外堀普請によって城郭の規模が定まったとされています。
現在、天守は残っていませんが、天守郭、毘沙門郭、法印郭などの城郭中心部は奈良県の史跡に指定され、内堀や石垣が良好に残っています。近年、追手門・追手向櫓・東隅櫓などの門や櫓(やぐら)が復元され、往時の威容をしのぶことができるようになりました。
郡山城天守台は、築城から400年以上が経過し、天守台の石垣は変位、変形、破損が進み、崩落する危険が生じたために天守台への立ち入りが禁止されていましたが、郡山城の歴史的な景観や奈良の原風景の眺望を享受できるように、天守台石垣の修理と施設の修景を行い、石垣の修復と展望施設の整備事業が行われ、2017年3月に完成しました。
展望施設からは、大和郡山のまちなみの他、若草山から三輪山のやまなみと、平城京大極殿・薬師寺などの史跡など、奈良盆地を一望することができます。
2026.4.27.撮影























