母の引っ越し | 淑女との戯れ ダットサン フェアレディ

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高齢者はつらいよ!

 

ここのところブログが中断していたのは訳があります。

急遽実家を引き払わなければならない事情ができ、母の引っ越しをしなければならなくなったため、淑女の作業なぞはやってはおれない状況となったのです。振り重なる自然災害が親戚を襲い、更には新型コロナによる影響で大変な状況となってしまったために助けると言っては聞こえは良いですが、こちらも普通では考えられないほど今まで大変助けられているので当然のこととしてのものなのです。この家系は本当にみんなが仲良く稀にみる素敵な関係だと感じています。そして優秀な方がそろっているのも感謝に値します。(小生はダメですが・・・)そんなわけです。

 

2年半前にちょうど新型コロナのことが大事になり始めた矢先に、脳梗塞をはじめとする病によって言葉も失い半身不随であった20年以上の長い闘病生活を終え父が他界しました。もうちょっと長生きしていたら面会もままならず葬儀さえ行えない状況になってしまうようなそんな時期のことでした。ただ、尋常ではない前向きさであったことは、その生命を永らえた糧であったのだと思います。逆に言えば、その積極さがその病を誘引してしまったともいえるのですけれどね。その後も心臓病や敗血症にも打ち勝ちましたが、直腸がんが発覚し、人工肛門の生活が始まりました。ケアマネさんに様々な組み立ても行っていただき訪問看護ステーションの看護師さんの協力もあって人工肛門ケアの内容を軽減できたものの母には介護の内容が重くつらくなり、それまでの時間をうまく使った大好きな山登りなどの息抜きもままならない状況で次第に気丈な母の精神にもきたすようになって、とうとう弱音を吐くようになってしまい、更には認知症の症状も出てきてしまいました。小生も兄弟も可能なものはしていましたが同居しているわけではないので、その負担は母を蝕んでしまったようでした。

 父の他界後も更に進行していくのを感じていましたが、あまり環境を変えない方が良いという考え等々錯綜し2年が経ちました。

 

そして、冒頭の状況となり母の引っ越しをする算段を取ることになりました。

やはり、施設には入れたくないというのが一番で、できるだけ近い方が良いということも大事なものです。

もちろん今後はケアマネさんにも相談しながら良いものを模索していかなければなりませんが、最終的には施設入所も必要になってくるのかもしれません。

 

まずは、物件探しです。世間一般では80を超えるような高齢者に物件は貸したがりません。

これが一番の障壁でしょう。それと、閉鎖的な空間ではすぐさま精神的な問題も出てくるかもしれません。

さらに、家賃も抑えなければなりません。そんなことを考えながらいろいろと考えました。

様々な物件も検討しましたが良いものがなく決めかねていました。

 

そして、実は小生の家の隣に古いアパートがあるのは認知していました。ただ、もう大家さんは貸す気がなく管理していた不動産屋とも契約を解除していました。その一室には大家さんの息子さん一家が住んでいるので、その内取り壊して一戸建てでも立てるのだろうと思っていました。ですが、聞いてみる価値はあります。

そこで、大家さんに聞いてみたところ、いろいろ問題はあるけれども、貸しても良いという返事をいただきました。しかもすごく格安で!その問題についてはココでは書きませんが以前の居住者はそのことがきっかけで退去されたとのことでした。けれども、我が家にとってその問題は大したことではないので、「大丈夫です」と答え内覧させていただき、すぐに母にも見てもらいここに移住することを決めました。

 

このアパートは昭和50年の建築です。大した断熱材も入っていません。良いところは、この地区は防衛省の防音工事というものはあり、防音サッシと各部屋にはエアコンが完備していることです。しかも更新してそれほど年月が経ってないものです。洋式トイレにも改修済みで浴槽もきれいで釜ではなく湯沸かし器なので安全性が高いものです。

ただ、洗濯機は外に置くことが標準とされた時代のものなので室内に置くような作りにはなっていません。以前の住人は風呂場に置いていたそうですが、洗い場のスペースがなくなってしまうのでよろしくありません。

 

そこで、入居前にしかも契約前の段階から少しずつ改良をさせていただくこととなりました。

 

洗濯機は検討した結果、キッチンに置くことにしました。

 

 

6畳くらいの広さがあるので、大きさは問題ないのですが、洗濯排水をどうするかが問題です。

そうですここにはシンクの排水管しか排水できるところがありません。

そこで、改良工事を実施することにしました。

 

まずは、シンクをどかすと排水管の入口があります。

こちらに写真のY字管を取り付けて合流させようという考えです。

 

 

床下に潜り、匍匐前進で目標地点に到達し塩ビ管を切断し取り付けました。

 

 

上面の体裁を整えて一丁上がりです丁

 

 

更には、システムキッチンにホールソーで穴をあけ、塩ビ管を取付けます。

 

 

排水ホースを通していきます。

この時摩擦で引っかかるので、シリコンスプレーを使うことでスムースに導くことができました。

 

 

シンク下はまだ通していませんが、洗濯機の位置が決まり次第余分なホースを切断し垂らし込んで右の配管のように密閉すればOKです。

 

 

ホース入口には飾り版を入れているので見栄えも純正?に見えるかもですね。

 

 

防音断熱の観点からタイルカーペットを敷き詰めました。

母が楽しくなるようなイメージでカラフルにやってみましたところ、とても喜んでくれたので良かったです。

 

 

畳の下も、断熱アルミシートを敷き詰めました。4mm厚のものを2つ折りし8mm厚にし、両面にアルミ地が出て効果も倍増を期待しています。

 

 

写真にはありませんが、押し入れも棚を取り去り床板を張り、母の結婚記念の桜の木のタンスを収納するようにしました。

 

引っ越しは台風の中、9月17日に行いました。

その他順次、元の家の片づけをしながら運び込みをしています。

 

元の家は昭和44年に或る大工さんが自分で住むために設計し建てたものでちょっと凝った作りになっていました。

それを父が、中古で購入し長らく貸家としていました。父が病気で倒れ事業も清算することになったときに伯父のものになりその相続によって従兄弟のものになっています。この20年以上家賃も取らずに、こちらが家賃を払いたいと言ってもいいから住んでいてくださいとの言葉には感謝に堪えません。今回はその従兄弟の営む食品工場が水害で被災し大変なことになってさらにコロナの追い打ちを受けてのことです。良いことも悪いこともこのタイミングが「時」というもので与えられたのだと思っています。

 

母も兄弟も、小生の隣に住むことになったことで安心することができているように思います。

 

一応実家の写真をお見せします。

 

ガラスブロックのエントランスの彩は趣があってよい感じですね。

玄関は無粋なものですがこれは例の防衛省による防音工事によって取り付けられたものなので仕方ないですね。何か飾りつけでもすればよいかもですが、この家も近々壊される運命だと思います。

 

 

玄関灯は取り外してアパートに移設する予定です。

 

まだまだ片づけは続きます。