お台場旧車天国 2018 ③ 街角に溶け込んでいたクルマ 編 | 淑女との戯れ ダットサン フェアレディ

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フェアレディSP311の再生記事を中心に、あれこれと気ままにつづっています。

なにげなくそこにいて、いつのまにかそこからいなくなった。

 
いつの世もそうですけれど、その時代にはそのときの新車が街を闊歩しているものです。
子供の頃当たり前だった光景がいつのまにか時を刻み変化していき意識する間もなく過去になっている。
この会場にいる車はみんなそのときの主役だった。
そうでない車もまとめてご紹介します。
 
初代スバルレックス
てんとう虫やR2のような個性を見出せず常に地味な存在だったような気がします。
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初代サニークーペ
たぶんデビューしたときは待望のクーペとして受け入れられたんだろうけれど、セダンほどは見かけなかった。
田舎に帰ったときに小生が始めてハンドルを握ったクルマ。小学生だったのでエンジンはかけずに従兄弟たちに押してもらって走った思い出の車でもある。色も同じサンキストエロー。叔父の運転で色々出かけた。
ファストバックなので、リヤシートからトランクの荷物を取り出せます。
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コルトギャラン
端正ないでたちでそれまでのどこか野暮ったい三菱車とは一線を引いた車。
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ブルーバード 
SSSの歴史はこのR411から始まった。
鍵穴テールの初期型は65年式のみ。ウィンドウ越しに見える3連独立メーターが誇らしい。
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ブルーバード GL 
 510 SSSでなくてもレザートップを施すととてもお洒落にグレードアップします。
タイムスリップしたような当時の佇まい。へたくそ棒(失礼)も機能する良いアイテムです。
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プリンススカイライン S57
 S54ばかりがもてはやされますが、なんのなんの1500だってステイリッシュ。
時間を刻むヤレ感が良い味です。
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ケンメリのワゴン
 この頃はエステートとはいわなくなったようです。
ワゴンと書いたバッジが付いているので間違いないでしょう。
後方視界は良くないこの頃のデザインのトレンドには特別な感情。
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ケンメリのハードトップ
較べたし。スタイリッシュなデザインコンセプトは一目瞭然ですね。サーフィンラインは切ってない方が好きです。
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ニューシルビア
 まるでどこかのホテルのように ”ニュー” と付いてしまうところが新しい。
日産がロータリーエンジンを搭載して華々しくデビューさせるはずだったが石油ショックで断念し、ブルーバードと共通のL18エンジン搭載でデリバリー。
UFOなどと呼ばれた特異なデザインは好き嫌いが激しく販売もいまいちだったみたい。
ケンメリ同様後方視界の悪さが好デザインでもあります。
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シルビアLSEX
 微妙なグレード名が高評か?とってもよく売れ兄弟者のガゼールがあり、240RSはラリーでも活躍。
当時のマンガ、高橋留美子先生の「めぞん一刻」では、主人公五代裕作を脅かす恋のライバル、テニスコーチの三鷹瞬の愛車でした。
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サニークーペ エクセレント
 210 ロケットサニーと呼ばれた。なぜなら後ろを見ればよくわかります。
見えませんね~ そのうち見てください。
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カリーナハードトップ 
セリカの兄弟車だけどどこか地味だった。だけど、草の根のようにどこでも見かけた足のいいヤツ。
この色はオリジナルカラーなのかな?
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セリカ
 ダルマが愛称。ターコイズブルーはやはりこのクルマのものですね。
レーシングジャケットが決まってます。井桁のトムスはお決まり定番ですね。
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5代目ファミリア セダン 
 赤のXGサンルーフ付は当時1.5ボックスカーのブームの火付け役になるほどどこにでも走っていたし、陸サーファー御用達みたいなナンパ車の代名詞でもあったような気もしましたが、転じてセダンは全く目立たずファミリーカーに徹していました。
 初期型はこの逆スラントノーズだったけれど、マイナーチェンジでハッチバックと同じようなスラントノーズになりました。
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バネットラルゴ 
 通常サイズの初代バネットの幅を広げたクルマ。ワゴンの印象が強いクルマですが、バンも丸目4灯ライトで走ってましたね。
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はい!タウンエースです!と言いたいところですが、実はダイハツデルタなんですよ!
なんて珍しい!と飛び跳ねはしなかったもののちょっと興奮しました。
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プリンス スカイラインスーパー
 当時も珍しかった。これから起こすのでしょうね。日活映画だったかな?港で海に落とされるシーンがあったのを覚えてます。
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プリンスグロリア
 1964年のオリンピック広報車仕様でしょうか。画角が取れず後ろ切れちゃいました。
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ニッサン プレジデント
  セドリックスペシャルからこちらへフラッグシップカーは交代になりました。
父が510ブルの後に乗っていました。東京の仕事では3ナンバーは駐車場が止められないと言っていて、数年後、5ナンバーの330セドリックに買い換えて問題解決し良かったみたいでした。
当時も今もこの手の車はオーナーカーというよりも運転手付で乗る方が様になるのでしょうね。
スペアキーが家の片付けをしたら出てきました。
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