某ドラマで
「子捨ての怪談」という話を聞きまして。
昔々、子どもが産まれても
育てる余裕がないほどに貧しく
産まれてすぐに川に幾度も流していた夫婦の話で
そこに産まれた子が
うんたらかんたら、という内容なのですが。
落ちは怪談…ではあるものの
その、子どもを間引く行為自体は
おそらくそう珍しくもない
価値観だったのだろうな、と。
産んだ子を川に流すなんて…と
だいぶショッキングではありますが。
それは今
この令和の時代だからこその感覚で。
だったら避妊をすればとか
そもそも育てられないのなら
産むべきじゃないとか、
今だったら
外野がめちゃめちゃ言うでしょうが。
だけども。
そんな考えすら及ばない
時代だった、
というだけの話で
それ以上でも
それ以下でもなかった
…のでしょう。
なんていうか。
昔を生きた人々を
今を生きる我々が
責め立てることは
出来ない…と思うのです。
時代が進んだ人類の方が
必ずしも成熟しているとは言えないが
傷ましいと思うくらいに
あってはならないと思えるくらいには
倫理観がここまで育ってきてはいるはずで。
何か、子捨てや姥捨山だとか
その手の話は
もはや個人がどうこうではなく
時代の影響によるところが
大きいのだろうなと
想像するのです。
(個人では抗えないほどの大きさというか)
羽よりも命が軽いと
カナメさんも歌っていたけれども。
本当に本当に
命というものが儚かった時代。
たとえ手にかけずとも
生き延びられずに
病に罹れば
あっという間に
亡くなってしまうような。
徐々に徐々に
倫理観が育ってきての今ですが。
で、それが
近代の昭和の時代でも
まだあったのかと思うと
ゾッとしますが。
(川に流すまでいかずとも…。
慣習ではなく事件の話なので
若干系統は違いますが)
あってはならないことだと憤り
傷ましいと嘆くのは
それはやはり
積み上げてきての
「今」だからこその感覚であり
なんというか、
その土台の上に立っているということは
忘れてはならないのではないかなと。
彼らと我々は
別個のものではなく
結局
地続きでしか
存在しえないのに。
小さな命を蹂躙するような
行為そのものを肯定し
理解することはしなくていいと思う。
ただ、その行為だけを
取り上げて
人間性を責め立てるのは
その時代に生きてない人間は
すべきではないのではと。
その行為をする側もまた
時代の犠牲者なのではなかろうか。
そして後進は
それらを繰り返さず
後戻りせず
よりよく生きるための
学びとしていくだけで。
…ただいつか。
食料が枯渇していったり
世の中全体が
昔ほどに貧しくなったら
また復活するのかな…。
今度は
未来ある子どもや
若者を生かすために
定年退食時代、到来…?
藤子F不二雄の世界だあ…。
最後ちょっと違うくなったが
歴史は繰り返す…という
オチかな?
(やだー)
なんて言ってないで
そうならないように
生きていくしかないのでしょうが。
(使い回し)
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