Running up the stairs! -3ページ目

マイレージマイライフ

うーレビューが遅くなってしまった……見てきましたよ、ジョージ・クルーニー。

Spoiler!!
もう劇場公開は終わったかなぁ……ネタバレやな人は読まないで!







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 自分が信じてきた生き方以外に、もしかしたら別の生き方もあるんじゃないの?と気づくのは、やっぱり30代を過ぎてからだと思います。それが成功の連続の人生であれ、挫折だらけの人生であれ……でも、それまで生きてきたやり方を変えるのって、大きなきっかけか舵きりが必要になります。それも、自分を納得させられるだけも力技の。

 この映画では、一人で生きるのが楽だ、自分の信条だと信じてきた男が、ある時あるきっかけでもって、やっぱり人間には絆とか家族とかそういうもんが必要なのでは?と気づきに至るお話です。主人公のライアンは、リストラ宣告人という仕事をしているために、全米を出張に次ぐ出張で毎日を過ごしています。この仕事をしているために彼は、なるたけ人生の重荷を背負わない、つながりを持たない人生を歩むことを信条としています。恋人のアレックスも同じような出張族で、会うなら出張先、お互い束縛せず、詮索せずが暗黙の了解です。でもある日、彼は新人のナタリーという女の子の教育を請け負うことになります。ナタリーと出張を繰り返すうち、ライアンの中に、ほんとに一人がいいのか、という疑問が湧いてくるのです。

 まるで独身貴族万歳みたいな男のように書きましたが、実はライアンはリストラ宣告人という職業を通して、人間が最後に必要とするものは、家族、恋人、友達といった人間のつながりだということを、潜在的に理解してる節があります。リストラ宣告を、オンラインで行おうといったナタリーの提案に、この仕事は(すなわち人間の感情というものは)、そんなマニュアル通りに処理できるような簡単なものじゃない、リストラされる人間には面と向かって、真摯に立ち合うべきだということを言ったりしてます。わかってるんだけど、自分自身のこととなるとうまくいかない。というか、自分自身のこととなると途端にわからなくなってしまう。私にもありがちです。

 ライアンは、ナタリーとの出張や妹の結婚を通して、人間とのつながりを背負う覚悟をするわけですけれど、それは叶わないわけです。人生の大きな方向転換を決心して、いったん自分の生き方を曲げてしまったのに、ハッピーエンドにはならない。しょうがないから、もとの生活に戻っていく……ほんと、切なっっ!!ってお話でした。それでも人生は続くんだよ、みたいな、ちょっと後味に苦いものが残ります。

 印象的だったシーンは、ライアンの妹の結婚式の当日に新郎が、やっぱ結婚ってなんか怖いから結婚やめるとか言い出し、ライアンが彼を説得するシーン。「いいかい、今まで君が一番幸せだった時を思い出してごらん……」とか彼を説得しながら、ライアンが自分自身でも一人<家族であることを気付いていくシーンは、ジョージ・クルーニーいい演技しやがんな~ってなりました。

 山も谷もあるけれど、それでも人生は続いていくんだよ。

 大人になればなるほど、味わい深くなる映画なんじゃないかと思います。



こんくらいスーツケースをビシッッと詰められるようになりたいです……

ハート・ロッカー

この映画、3/6(土)公開でしたよね?そんでアカデミー賞6部門受賞してんですよね?なのに、なんでもうこんなに上映館が少なくなってんの?Why?と思いながら見てきましたよ。

Spoiler!!
ネタバレしてます!見に行く人は読まないで!んで、急いで急いで!








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 うーん、なぜこんなにお客が入ってないのかわかった気がする……私が見てた回では、あるカップルの女性のほうがもうつまんない、とか言って映画半ばで席を立ってました。

 いい映画か、と言われればまぁ、悪くはないとしか答えられない。爆弾処理をするシーンなんかは、神経にテンションがかかって苦しい感じがしたし、アメリカ人兵士と、現地の民間人の隔たり感(言葉が通じない上に、民間人かテロリストか見分けがつかない恐怖感とか)なんかよく伝わってきました。でも、なんでこれがアカデミー賞?とか思ってしまった私は人非人でしょうか?平和ボケしてんでしょうか?

 『ハート・ロッカー』とは、爆発で腕や足を失った人間、またはそのような悲劇や苦痛がある場所、を意味する軍スラングらしいです。確かに、それは悲劇であり、しかも現実に今もそういう悲劇にあう兵士も存在する。でも、その重い現実をきちんとこの映画は問題提起できてるんでしょうか。

 まず、爆弾処理兵ジェームズの心情が理解できないので、いまいち『戦争とは麻薬である』に共感ができない。むしろ、爆弾処理のセオリーを無視するジェームズの行動にとまどう、サンボーンやエルドリッチの心情のほうがよくわかる。こういう周りを巻き込むだろう処理を自分の「死ぬんなら即死したいから」とか、「どうせ俺がやらなきゃならないんだから」とか言って自分のやり方を押し通す人間を、日本人は和を乱す人間って呼ぶんです。そりゃ、自分はいいかも知んないよ、死んでさっぱりでしょう。でも、後処理する人間の身にもなれよ、たとえ何日しか口きいてない人間だって、死んで後処理するとなったら後味悪いんだよ。それくらいわかれよ、大人なんだからさ。

 しかも、ジェームズの向こう見ずさが何に由来してんのか、過去の傷とか、心の闇とかがほとんど描かれてないと思う。いや、確かにイラクに派遣されて、めちゃめちゃ緊張する爆弾処理班で働いて、そりゃ心も疲弊してるってのはわかる。でも、その疲弊が何故彼の中に蓄積されたのかが描かれてないと、全然ラストシーンに重みが感じられないし、なんで人間爆弾にされた少年を見た途端(勘違いだったけど)心の均衡を乱したのかとか全然共感できないんですよね。

 これはもう前提としてわかっとくもんなんですかね?やっぱり私は、人非人の平和ボケなんですかねー?この映画大絶賛してる人の意見がものすごく聞きたいです。そして私の人間的ダメなところを指摘して欲しい。この映画に、微妙な感想をもったことについて自分自身がちょっと不安です。

イラク戦争の悲惨さを描いた作品、ってだけで受賞してんだとしたら、ちょっと気が楽ですけども。


爆弾のワイヤーをそんなふうに引っ張るのは止めて下さい。心臓縮みます……

NINE

話題のゴージャスなミュージカル映画『NINE』を見てきましたよ。
確かにゴージャスでした。出てる俳優が。

Spoiler!!
ネタバレしてます!見に行く人は読まないで!!







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 面白いミュージカル映画ってどんなんかと言うと、やっぱりミュージカルとして成立してるだけでなく、物語が面白いものだと思います。その点『シカゴ』はミュージカル抜きにしてもあるダンサーの人生の野望と波乱が描かれていてとても満足できるものでした。また、『マンマ・ミーア!!』や『ヘアスプレー』も魅力ある主人公の人生がストーリーとして面白いと感じました。しかし、この『NINE』は、主人公である映画監督グイドにそこまでの魅力を感じられず、私としてはもう音楽とダンスを楽しむしか……となってしまいました。残念。

 ストーリーは、新しい映画の脚本が思い浮かばないイタリア人監督のグイドが、なんとかアイデアを得ようと女達の元を訪れ、妄想(だろう)を巡らすという話。グイドは、「天才肌の人間って、自分の頼りにする才能が飢えたら、途端にダメ人間になってしまうのね」という典型です。グイドを取り巻く女達は以下の通り。

ペネロペ・クルス(奔放な愛人)
マリオン・コティヤール(貞淑な妻)
ニコール・キッドマン(最高の女優)
ジュディ・デンチ(有能な衣装係)
ソフィア・ローレン(永遠のマンマ)
ケイト・ハドソン(切れ者記者)
ファーギー(過去のファムファタール)

確かにゴージャス。でも、ダメンズウォーカー。

いくら映画監督だからって、こんな男好きになっちゃ女は身の破滅です。でも好きになっちゃうのかなーやっぱり。確かに私がいないとこの人ダメだわ感は全身からプンプンしてました。

 私的に好きな女性はリリー役をやったジュディ・デンチ。多分彼女もグイドのことが好きなんだろうけど、あえて友人の足場を守って、最後まで彼の側にいた人。少し悲しいけどかっこいい生き方です。ある意味唯一無二。彼女がいなかったら、多分グイドは今でもどこぞの海辺の街で、めそめそ過去を振り返っていたことでしょう。

 しかしラストはいただけんなー。グイドに愛想をつかして、去って行った妻ルイザが最後の最後で彼の元に戻る気配を残して終わる。言っときます、こんな別れ方したら、女は過去を振り返りません。幻想として、フィナーレに参加するほうがよっぽどすっきりするラストでした。


Be Italian by fergie


Cinema Italiano by Kate Hudson

この二人のシーンを見てしまったらもう見所が私的にはあまりない……