
広島城 中御門跡石垣
広島城 中御門跡の石垣は、原爆投下による火災で赤く変色し、ひび割れて所々剥落しています。

広島城 中御門跡石垣
何とも痛々しげな姿で、心が痛みます。
花崗岩は炎に当たると赤くなるんですね。

広島城 中御門跡
本丸の入り口にある中御門は、爆心地から北北東に約780mの場所に位置し、建物の大半が全焼・全壊した半径2kmの壊滅エリアにすっぽり収まります。
上の写真は右方向(南)が二の丸、赤く変色した石垣は爆心地とは反対方向(北)を向いています。
焼失前は石垣の上に門や櫓が建ち並んでいたそうで、本丸の玄関口だけあってとても立派な石組みです。
鏡石のような石も見えますね。

広島城 中御門跡 解説板
「中御門跡
1945年の原子爆弾の投下により、中御門は焼失しました。
門とともに櫓台の石も焼け、赤く変色しひび割れています。」
また、国宝に指定されていた旧広島城天守閣は、原爆の爆風で跡形もなく倒壊したそうです。

広島城 土橋
中御門跡から南方向に目をやると、土橋を渡った先の二の丸側には被爆樹木ユーカリ 、土橋の手前 本丸側には被爆樹木マルバヤナギが見えます。
丸焼けになりながら、よく息を吹き返してくれたものと思います。

岡山城 天守台・天守閣
さて、ここからは岡山城のお話しです。
岡山城天守台の上部も赤く変色しているのがお分かり頂けると思います。

赤く変色した岡山城天守台
国宝だった旧岡山城天守閣は、昭和20年6月の岡山大空襲で焼失し、石垣も焼けて赤く変色したとのこと。
空襲から81年経った今も赤味を留めたままです。

赤く変色した岡山城天守台
戦後再建された天守閣は、先年修復工事を終え烏城の名に相応しく威風堂々たる漆黒の姿を取り戻しましたが、石垣は火傷の痕のように痛々しげです。

岡山城天守台 解説板
「岡山大空襲による被災建築物説明板
岡山城天守台
岡山城の天守閣は慶長2年(1597年)に竣工、その外観から烏城または金烏城とも呼ばれ、
戦災前は国宝に指定されていました。
昭和20年(1945年)6月29日未明の岡山大空襲により市街地は焼け野原となり、天守閣は
焼失、天守台の石垣も焼けて赤く変色してしまいました。
その後、天守閣は再建され、石垣も一部が修復されたものの、今も焼けて変色したままであり、
空襲の激しさを伝えています。
平成9年3月 岡山市」
何が起こっても耐え忍び黙して語らぬ石垣ですが、赤い石垣の謂れを知ると、凄惨なる戦禍に思いを致さずにはいられません。
(写真)広島城中御門跡 広島市中区基町21-21 2023年6月3日撮影
岡山城天守閣 岡山市北区丸の内2丁目3-1 2024年12月28日撮影