三國屋物語 第32話
篠塚は先刻から台所の流し台に隣接した井戸屋にいて、まかないの手伝いをしていた。男のまかないの姿が見えないので思わず手を貸してしまったのだ。女にとって井戸水の汲み上げ、運搬、補給だけでも、かなりの重労働だ。昼食の用意だろう。男のまかないは台所にいて包丁をつかっていた。
篠塚をどう扱ってよいのか迷っているようだ。最初は少し離れたところで、ひそひそと耳打ちする女中たちであったが、篠塚が片肌ぬいだあたりで一人が声をかけてきた。
「用心棒の先生」
「ん?」
「先生は用心棒かね。それともお客かね」
「用心棒だ」
「でも、奥に寝泊りして食事も旦那さまと同じでしょう」
篠塚は手を止めると、手ぬぐいで額の汗をぬぐった。
「ここの若旦那とちょっとした知り合いでな。それで用心棒をたのまれた」
「どうりで扱いが殿様級なわけだわ」
女が周囲に同意を求める。
遠巻きに眺めていた女たちがぞろぞろと寄ってきた。
「先生、どこの人?」
「水戸だ」
「独り者でしょ」
「ああ」
女たちが顔をみあわせる。
汲みあげた水を桶(おけ)についでやると、一人が背中を叩いてきた。
「いい体してる」
「さっそくお滝さんの手入れがはじまった」
「気をつけなさいや、先生。いい顔すると夜這いかけられるよ」
「先生なら一度に三人ぐらい相手ができそうだわ」
「それじゃ、くじ引きで決めんと」
「なにいうの。年上からに決まっとるでしょ」
篠塚が焦ったように「おい」と声をかける。女たちの中から、どっと笑いがおこった。
どの顔も若い。おそらく十代後半から二十代前半だろう。言葉は大人ぶってはいるが、どこか幼さを残している。いや、大人ぶっているのではなく、すでに男を知っているのだろう。
水戸でも篠塚家が所有している畑の女たちが集まると、篠塚などは必ず鴨にされたものだ。だが篠塚は、この明るく、したたかな女たちが好きだった。男ももちろんいたのだが、農作業というのは男は単独作業が多く女は集団作業が多い。なので話し相手になってくれるとなると、どうしても女たちが中心になった。男とちがい女たちの話は風俗習慣が中心だ。しかもかなり淫猥(いんわい)な内容が多い。まだ女を知らない頃は畑の畦(あぜ)に腰をおろし顔を赤らめながら熱心に耳をかたむけたものだった。
懐かしいな……。
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