三國屋物語 第31話
瞬が瓦版を手に歩いていると前方に光るものがあった。なんだろうと視線をあげる。多賀美(たがみ)屋の頭だった。
たこ入道……。
相変わらず脇には厳(いかめ)しい面構えの用心棒が二人、周囲に視線をめぐらせている。多賀美屋と話しているのは、これまた人相の悪い口入(くちいれ)屋と、つぶし島田の女は高利貸しの女主人だ。揃いも揃ったりで、どの顔も悪評ではひけをとらない強者(つわもの)ばかりである。ふたたび視線を多賀美屋にもどす。すると多賀美屋もこちらを見ていた。
しまった……。
多賀美屋がしゃなりしゃなりと満面の笑みを浮かべ近づいてくる。こうなると逃げることもできない。せめて松吉を連れて出ればよかったと後悔する。松吉ならたとえ相手が多賀美屋であろうと、
「若旦(わかだん)さん、お店にもどりませんと」
などといって話の腰を折ってくれる。一人では逃げる理由もつくれないではないか。
蛇ににらまれた蛙(かえる)よろしく、その場に佇(たたず)んでいると、どういうわけか多賀美屋がいきなり踵(きびす)をかえした。残りの二人も逃げるようにして散っていく。妙なこともあるものだと目をしばたかせていると背後からきき慣れた声がした。
「三國屋、話の種(たね)は仕入れたか」
はっとして振り返る。土方のおだやかな眼差(まなざ)しが瞬を見下ろしていた。
「土方さま……。お世話さまでございます」
「さて、なんの世話をしたら良いか」
瞬が言葉につまる。
土方の背後から沖田の茶化(ちゃか)すような声がきこえてきた。
「ああ、駄目ですよ、三國屋さん。土方さんに世話をしてもらうと、ろくな事にはならない。なんたって作るより壊すほうが専門だ。薬を売るために怪我人(けがにん)をだすような人だから」
「だまれ、総司(そうじ)」
土方が口をへの字に曲げる。沖田が腰を折るようにして吹きだした。
本当にいつも仲がいい……。
瞬にも兄の良蔵がいるが、これほど親しくはない。篠塚に傾倒(けいとう)してしまうのも、篠塚に理想の兄を求めているのかもしれない。
「ところで三國屋」
「なんでございましょう」
「今日は他でもない、篠塚さんに会いにきたのだが」
「篠塚さんに……」
瞬は心のなかで胸を撫でおろした。ここで昨夜のことを訊かれたら隠し通す自信がなかった。ふだんは気の置けない土方と沖田であるが、まぎれもなく新選組副長であり一番組長なのだ。
土方と沖田を伴い店にもどる。早朝から集まった野次馬(やじうま)もふくめ店はたいそうな賑(にぎ)わいをみせていた。
二人を客間に通し、米(よね)に茶をだすよう声をかけ奥へとむかう。篠塚はひょっとして寝ているかもしれない。
瞬や誠衛門などの部屋は離れにあり、店の者はそれをさして「奥」と呼ぶ。篠塚の部屋もおなじ離れにあった。たんなる用心棒であれば間違ってもこのような待遇はしない。篠塚は誠衛門がいったとおり「表向きの用心棒」であり、実際のところは上客扱いであった。
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