活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~ -32ページ目

三國屋物語 第34話

 瞬がそわつく胸をなだめながら表で客をあしらっていると松吉が手代の桂三(けいぞう)となにやら話しているのがみえた。桂三が瞬に気づき、こくりと頭をさげてくる。
「桂三、これから得意まわりかい」
「さようでございます」
「松吉はお供なんだね。しっかりおやりよ」
 いって松吉の襟元をなおしてやる。
 松吉は店にきてようやく一年がたとうとしていた。最初は言葉もしどろもどろで声も小さく大丈夫なのだろうかと心配したものだが、主(あるじ)である誠衛門にいわせると才気走った利発(りはつ)そうな子供より松吉のように一見鈍(にぶ)くみえる子供を育て上げるのが醍醐味(だいごみ)なのだという。よくわからない理論だが一年たってみると声は相変わらず小さいものの大店の丁稚らしい風格も見え隠れしてきた。
「桂三、ひとつ頼まれて欲しいんだよ」
「なんでございましょう」
「騒ぎになっている小間物(こまもの)屋の娘の話、知ってるかい」
「へえ。なんでも六条家に出入している小間物屋のひとり娘が自害したとか」
「その話、すこし突っ込んできいてきてもらいたいんだ」
「お安い御用です」
 得意まわり、いわゆる御用聞きの連中は情報が正確で早い。仲間どおしの横のつながりが密で、店の格とは関係なく縄張りや御用聞きなりの仁義(じんぎ)があるのだという。だがその情報はしごく貴重で、内容は得意先の収入、家族構成、家族の生活状況から、夫婦喧嘩の種や旦那の妾(めかけ)のことにまで及ぶ。呉服屋は扱っている品物が高価なうえ盆暮の二度の支払いしかないので、嫌でも信用取引になってくる。御用聞きの査定(さてい)いかんによって顧客の扱いが大きく変わってくるのだ。
 帳場(ちょうば)にいる番頭の藤次郎が格子(こうし)の隙間(すきま)からこちらをうかがっている。瞬はさりげなく藤次郎に背をむけると、懐からとりだした財布(さいふ)から三匁(さんもん)を抜き桂三に手渡した。
「こりゃあ、どうも」
 桂三がさっそく懐にしまいこむ。浮かない顔の松吉に、
「あとで甘いものでも食べにいこう」
 と声をかける。松吉の顔がさっとほころんだ。
 寺の鐘が鳴っている。

 そろそろ昼時だ。瞬は表をちらとのぞくと、そのまま篠塚の部屋へとむかった。
 篠塚は、かいた胡坐(あぐら)のうえに脇息(きょうそく)をのせ抱え込むようにして庭を眺めていた。

 中庭の枯山水(かれさんすい)に紅(あか)い楓(かえで)の葉が彩(いろ)を添えている。奥で香(こう)を焚(た)いているのだろう。沈香(じんこう)を含んだ風が袖をゆらし通りすぎていった。
 篠塚の広い背中をぼんやりと見つめる。
 すがりたい……。
 この人恋しさはなんだろう。人肌の温もりを最後に感じたのは、いつだったか。人違いだったとはいえ昨夜の藤木の胸は温かかった。



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「三國屋物語」主な登場人物

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