三國屋物語 第36話
「わたくしもお供いたします」
篠塚が揶揄(やゆ)するように瞬の名を呼んできた。
「ひとりで行くのは危険でございます」
「俺を斬って、やつらになんの得がある」
「篠塚さんは新撰組を知らないのでございます。ことに水戸派は」
急き込むようにいって後の言葉をのみこむ。篠塚も同じ水戸の郷士であることを思いだしたのだ。
障子の向こうから、お米(よね)の間の抜けた声が響いた。
「篠塚さま。お食事の用意がととのいましてございます」
篠塚は返事をかえすと、瞬の肩をかるくたたいた。
「心配するな」
「………」
桂三が得意まわりから戻ってくると、瞬は待ち構えていたかのように桂三を母屋の外につれだした。
「なにか、わかったかい」
桂三は松吉に小箱車を戻しておくよう指図すると、抜からぬ表情で周囲をみわたした。
「それが、なにやら込み入った話でして」
桂三が集めてきた情報をまとめるとこうである。
昨日、小間物屋の静はお供の女中をつれ芝居見物にでかけた。ところがこの静には妙な癖があり、貸し座敷でお供の女中と着物を交換し女中になりすまして遊び歩くのが常であったという。その間、女中は静の着物をきて供をするわけだが、昨日、芝居をみたあと三条橋を過ぎたあたりで静の姿がふつりと消えた。供をしていた女中は必死になって探したがいっこうに見つからない。そこで店にもどり事の次第を説明したところ大変な騒ぎになった。奉行所にもとどけ店の者総出で探したが静の行方は杳(よう)として知れず、後からはいった情報によると、夕刻、はだけた襟元(えりもと)もそのままに着物の裾(すそ)をひきずるようにしてふらふらと歩いている女の姿を三条通りにある近江屋の手代と大津屋の番頭がみている。着物が女中のそれであるため二人とも静だとは気づかなかったそうで、これが生前の静をみたという最後の情報だった。そして翌朝、つまり今朝、園部屋敷近くの小さな神社で人目を忍ぶように大樹に寄り添い果てていたという。
「胸を一突きでございます。見事というか、女子(おなご)らしからぬというか」
「自害に間違いないのだね」
「そうきいております。どこぞの札付きに手篭(てご)めにでもされたのでしょうか。まだ十九だったそうです」
可愛そうに……。
もし強姦(ごうかん)のうえ自殺にみせかけ殺害したのだとしたら許されない非道だ。土方や沖田は、どうしてそのような男を庇(かば)うのだろう。新撰組は京の治安を守るための組織ではないのか。
「ありがとう。ご苦労だったね」
「へえ。……あの、若旦さん」
「なんだい」
「これは、手前の勘違いかも知れないんですが」
「いってごらん」
「得意まわりから帰ってくる時、店をうかがっているお侍がおりまして」
「お侍」
「へえ。いまもちらと見てきたんですが」
「いたのかい」
桂三がうなずく。
「……わかった。篠塚さんに相談してみるから。おまえはもう関わるんじゃないよ」
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