活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~ -26ページ目

三國屋物語 第39話

 その夜、約束の刻限になり新撰組だと名乗る男が二人、篠塚をむかえにきた。隊服と同じ、だんだら模様をあしらった提灯(ちょうちん)を手にさげている。ひとりは越後三郎、もうひとりは楠(くすのき)小十郎と名乗った。楠は女と見まごうばかりの若く美しい侍で、
「お連れいたします」
 といった声は、これもまた女のように細く優しげな声だった。新撰組にもこのような隊士がいるのかと驚く。
 篠塚は不安げに見送る瞬に、
「いってくる」
 と声をかけ、壬生(みぶ)へとむかった。
 滲(にじ)むような朧(おぼろ)月の明りが、たよりなげに足元をてらしている。
「芹沢先生は稽古に出られるのでござるか」
 篠塚が問いかけると、楠が、
「はい」
 とだけ答えてきた。それきり、越後も楠も口を開こうとはしなかった。
 道場は、昨日、芹沢と会った八木邸の母屋の東側にあった。文武(もんむ)館という札がさがっている。建てて間もないのだろう、道場に漂う木の香が好ましい。文武館は東西に三間半(約6.3メートル)、南北八間(約14.4メートル)ほどの道場だった。
 神前を背にしているのは芹沢だ。芹沢の近くにいて上手(かみて)に二人の男が膝を揃えている。おそらく局長の近藤勇と新見錦だろう。道場の中は薄暗い。四隅に明りがとられているが、よほど目を凝らさないと顔の判別をするのは難しい。下手(しもて)に土方らしき姿があった。正面にむかって整然と並んでいる隊士は三十名ほどか。最前列に沖田のものらしい背中もみえた。
 神前に一礼して道場に足を踏みいれる。
「差料(さしりょう)をおあずかりいたします」
 と、楠が声をかけてきた。腰にあった大小の刀を差しだす。楠は壁に設けられた刀掛けに篠塚の刀を丁寧に掛けた。
 水を打ったような静けさをやぶり、芹沢の野太い声があがった。
「篠塚くん。よくきてくれた」
 芹沢が手招いてくる。篠塚は隊士たちの脇を通り膝をつくと、膝行(しっこう)して芹沢の前までいき深々と一礼した。
「こたびはお招きにあずかり光栄にございます」
「堅苦しい挨拶はいい」
 芹沢はしごく満足げにいって篠塚を同門の水戸浪士であると一同に紹介した。近藤と新見らしき男をちらとみる。
 似ている……。
 上手側、芹沢に最も近くにいる男が藤木の描いた人相書の男に酷似していた。もうひとりの四角張った顔の男が近藤であろう。推測するまでもなく、すぐと芹沢が左右に居並ぶ幹部たち一人一人を篠塚に紹介しだした。それぞれに会釈をかえし、ふと沖田に視線をうつす。緊張感のない親しげな笑みが返ってきた。
「おおそうだ。永倉くん」
 芹沢がいうと、沖田の横にいた男が膝をすすめた。芹沢が上機嫌で永倉の紹介をはじめる。酒の臭いが鼻につく。芹沢はすでに酒がはいっているようだ。
「篠塚くん、彼が永倉新八だ。岡田十松先生、岡田助右衛門先生のもとで修行し十八で本目録。新撰組では二番隊組長、撃剣師範についてもらっておる。隊士の中で一、二を争う腕の持ち主だ」
 永倉が、
「永倉新八(ながくら しんぱち)でござる。以後、お見知りおきを」
 といって、会釈してくる。
「拙者、水戸郷士にて篠塚雅人と申す。水戸の志晴(しせい)館、間宮新右衛門、門下にござる」
「篠塚くんは免許の腕前だ」
 芹沢が言葉を添える。免許ときいて、永倉が興味深げに見返してきた。
 近藤が沖田にうなずく。

 沖田の掛け声があがり全員が一斉に立ちあがった。
「それぞれ得物(えもの)をもて」
 沖田もみずから壁の刀掛けまで歩いていき、手にした二振りのうち一振りを篠塚にさしだしてきた。
「ごめん」
 といって、鯉口(こいくち)を切る。刀をあらため篠塚は目を見張った。
「刃引き……?」




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「三國屋物語」主な登場人物

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