三國屋物語 第41話
これまでの修行など児戯(じぎ)に等しい。そんな無言の圧力を感じる。死に物狂いで切りむすぶ死闘を篠塚はまだ知らない。
「そこまで」
沖田がくりかえし声を張りあげる。四隅の蝋燭(ろうそく)に火が灯され、ようやく隊士たちの動きが止まった。
汗の臭いと荒い息遣いが道場を満たしていた。怪我を負った隊士は外に運びだされたようだ。苦しげな呻(うめ)き声が徐々に遠のきつつあった。大きく息を吐きだし乾いた目をまばたく。気がつくと拳が汗を握っていた。
正面をみると芹沢は近藤となにやら話しこんでいる。沖田は近藤の合図をまっている風だ。土方の姿をさがすが見当たらない。怪我人を運んでいったのだろうか。
新見もいない……。
道場の武者窓から外をうかがう。五つほどの影がみえた。一人は土方だろうか。
「篠塚さん、防具はそちらです」
永倉が道場の隅にある竹胴や籠手(こて)を指さした。いわれるまま防具をつけだす。なにかが引っかかっていた。見えているはずのものが見えないもどかしさ。
冷静になれ……。
今見たばかりの流血騒ぎに心が動揺している。考えがまとまらない。とてつもなく大切な何かを忘れている気がした。
道場の中ほどへとむかう。先刻、流れた血が床を汚したのだろう、防具をつけていない数人の隊士が床を拭いていた。
ほどなくして蝋燭の炎が消され、ふたたび沖田の声があがった。
「はじめ」
いきなり背中にぶつかってきた男がいた。小さな弧を描きながら入身をして剣を振り下ろす。道場の広さに対し人数がおおすぎる。面が打てないとなると、つねに八双に構え袈裟(けさ)と逆袈裟で乗り切るしかないようだ。火花が散るたび周囲の光景が浮かびあがる。血走ったいくつもの双眸が残像となり暗闇からこちらを見ていた。
落ち着け……。
甲高い樋(ひ)鳴りが耳元をかすっていく。じりじりと移動しながら気を研(と)ぎ澄ます。暗闇でもはっきり見えるものがある。人間の白目だ。見え隠れするその光沢を捉えながら剣を振り下ろし移動する。これを繰りかえすしかない。背後で床を蹴(け)る音がした。ふりむきざま袈裟(けさ)掛けに振り下ろす。手ごたえがあった。間をおかず下段から掬(すく)いあげる。相手の足にあたったようだ、悲鳴をあげながら影が崩れ落ちた。
先刻から胸をざわつかせる、この妙な焦りはなんだろう。土方、新見、道場の外にあった五つの影。
まさか……。
気合をあげ囲っては斬り、斬っては囲いをくりかえし道場の隅へと移動する。そこへ大上段から斬りかかってきた隊士がいた。すばやく剣をすりあげ足を大きく払う。相手はもんどりうって派手に後方へと倒れこんだ。刀掛けから自分の刀をひっつかみ外へと踊りでる。そこですばやく防具を外すと、篠塚は刀を手挟(たば)みながら猛然と駆けだした。
瞬……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
BACK
| もくじ
| NEXT
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ブログ村・ランキングです。ポチいただけると嬉しいです(^▽^)
ネット小説ランキング「黄昏はいつも優しくて」に→投票
日本ブログ村・ランキングに→投票
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・